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#7 体育祭バーニング
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「炎樽……」
タオルの下から顔を出したマカロが、不安げに俺を見上げている。
「穴掘る代わりに、食うの手伝ってやろうか」
「聞いてる? 炎樽くん」
「………」
こういう輩は徹底的に無視するしかない。下手に突っかかっても結局勝てはしない。
「無視すんなって。俺ら、今日はお前をヤろうと思ってねえしさ」
「あっ」
声をあげたのはマカロだ。五人のうち真ん中に立っていたリーダー格の岡島清吾が、その場にしゃがんで弁当箱からおにぎりを掴み、齧り出す。その凶悪面と逆立った金髪を、こんなに間近で見るのは初めてだった。
「お前、よく見たら可愛いツラしてんだな。いつもはなんも考えねえでヤることしか頭になかったけど」
「………」
二口、三口とおにぎりを齧って頬を膨らませた岡島が、舌打ちと共に立ち上がる。
「あくまでシカト決めるつもりか、つまんねえの。行くぞ」
そうして岡島が、残った食べかけのおにぎりを床に放った。
「ご馳走様」
「っ……」
「ほ、ほたるに……」
「マカ……?」
──タオルの下から飛び出したマカロが、岡島に向かって叫んだ。
「炎樽に、意地悪すんなあぁ──ッ!」
瞬間、体育館中が轟音に包まれた。観客席やアリーナでは突然の地響きに教師達が慌てふためいているのが見える。救護室から慌てて出てきたのはサバラだ。生徒達は騒ぎながらも教師の指示通り床に伏せていた。
「マカ、……やめっ、やめろ!」
「な、何だてめぇっ……!」
ピンクの髪を逆立たせ、肩で息をするマカロの目は真っ赤だった。泣いていた訳ではない。普段のマカロからは想像できない、恐ろしいまでの狂気を宿した……それは例えるなら「悪魔の目」だった。
「お前なんか、俺の地獄に落としてやる!」
「だ、だめ! マカ、やめろっ……!」
──Welcome to …
俺の耳の奥でいつか聞いた「あの言葉」が渦を巻く。今まさに、マカロが作り出す悪夢の扉が開かれようとしている。
「マカ──!」
「何やってんだ、てめえは?」
しかし今しも開きそうだったマカロの扉は、いともあっさりと、パタンと音を立てて閉じた。……天和の手によって。
「天和っ!」
突然現れた天和に翼を摘ままれ暴れるマカロが、「はなせー!」と声を上げている。ぽんと放り投げられたマカロをキャッチした俺は、祈る思いで天和の背中を見つめた。
「あいつがそんなにキレるってことは、こいつらが相応のことをしたんだろうが」
「き、鬼堂……!」
「てめえ、まだ懲りてねえのかよ」
動揺する岡島の前まで歩み寄って行った天和が低い声で囁いた。以前、体育倉庫で天和の圧倒的な強さの前に倒れた岡島だ。俺に見せていた強気な態度は見る影もなく、完全に怯えきっている。
「炎樽は俺のモンだ。手出しすんなって言ったよな」
地響きが収まり、生徒達が安堵した様子で床から体を上げていた。生徒も教師も、誰も俺達のことに気付いていない。
結局岡島達は、すごすごとその場から立ち去って行った。
「たかともーっ!」
俺の手からマカロが飛んで行き、涙と鼻水に濡れた顔を天和の体育着に押し付けて泣き始めた。
「お、おれが、ほたるのこと、守れなくって、ごめん……!」
「……よく分かんねえんだけど、守ろうとしたんだろ。無事だったみてえだし」
「うわああぁん! ごめんなさい! ほたる、たかとも、ごめんなさい!」
慌てて俺も駆け寄り、マカロの口にイチゴ牛乳のストローを咥えさせる。体は小さくてもマカロの声はデカ過ぎるのだ。
「ちょっとヒヤヒヤしたけど、俺のために怒ってくれたじゃん。マカ、カッコ良かったぞ。あいつらに見られたけど……多分大丈夫だと思うし……」
天和が床に視線を落とし、岡島が齧ったおにぎりを拾い上げる。
「た、天和……!」
そうして何の躊躇もなくおにぎりを頬張った天和が、「腹減ってんだけど、俺の分もあるんだろうな」と床に座り込んだ。
「俺、逃げてばっかりいないで、もう少しやり返せるようになった方がいいのかな」
「必要ねえ。下手に立ち向かって危険な目に遭うよりは逃げた方がましだ」
俺の分がなくなる勢いで、天和とマカロがおにぎりを平らげて行く。唐揚げもリンゴもあっという間にはけてしまい、俺は残った昆布のおにぎりを齧りながら膝を抱えた。
「でも、守ってもらってばっかりで……。天和やマカがいなかったら、俺、何もできない」
「おれはずっといるから大丈夫だぞ、ほたる!」
「辛気臭せぇ顔すんな。あいつらは二度とお前に近寄らせねえよ、安心しろ」
「………」
マカロが嫌がるから塩は振っていないのに、おにぎりがしょっぱい。
「炎樽……」
涙が止まらなくて。二人の前で泣きたくなんかないのに、どうしても涙が止まらなくて。
自分の弱さが許せないのと同時に、こんな俺を大事に思ってくれている二人の気持ちが嬉しくて、俺は抱えた膝に顔を伏せて泣いた。
「ほたる、泣かないで……」
おろおろしながらマカロが俺の頭に乗り、その小さな手で必死に俺の頭を撫でる。
「ご、ごめんマカ、大丈夫だ、ありがとう。ごめんな」
「炎樽」
すると今度は天和の手が伸びてきて、俺の顎に触れた。
「っ、……」
上を向かされ、唇が触れる。
「………」
「……お前は俺が惚れた男だ」
軽いキスの後で、天和が笑った。
「そのままのお前でいてくれればいい」
「天和、……」
「生活指導の先生~。ここで隠れてチューしてる生徒がいますよ~」
「うわっ!」
突然頭上から降ってきた声に驚いて顔をあげると、そこには満面の笑みで俺達を見ているサバラがいた。
「ていうのは嘘! そこまで空気読めない男じゃないからね俺は」
「サバラ、……し、仕事はっ?」
「ひと段落ついたとこ。さっきはマカロが暴走モード入ってたみたいだから、大丈夫かなと思って様子見にきたんだけど」
サッと俺の髪に潜り込んだマカロだが、それよりも早くサバラに見つかったらしい。
「おいで。いきなりあんなに力使って、へろへろだろ。放っておいたらしばらく元の姿に戻れなくなるぞ」
「うう……。でおおれ、ほたる達といたい……」
「大丈夫だよ、マカのお陰で元気出たし。サバラの所で休ませてもらって、回復したら帰りにケーキ買ってやるから」
渋っていたマカロだが、やがて小さく頷いてサバラの肩へと移動した。
「それじゃ、後は若い二人でごゆっくり」
「何だこのジジイ」
「なっ、何だとは何だ! 俺は気を利かせて――」
「砂原先生ー、一年の子が具合悪いって」
生徒の声がして、サバラが天和を恨めし気に睨んでから踵を返した。
「具合悪いって、どんな? 一年生か、可愛い子?」
「さ、さあ……?」
サバラがアリーナの方へ戻った後で、俺と天和は少しだけ見つめ合い……お互い、照れ臭くなって笑った。
タオルの下から顔を出したマカロが、不安げに俺を見上げている。
「穴掘る代わりに、食うの手伝ってやろうか」
「聞いてる? 炎樽くん」
「………」
こういう輩は徹底的に無視するしかない。下手に突っかかっても結局勝てはしない。
「無視すんなって。俺ら、今日はお前をヤろうと思ってねえしさ」
「あっ」
声をあげたのはマカロだ。五人のうち真ん中に立っていたリーダー格の岡島清吾が、その場にしゃがんで弁当箱からおにぎりを掴み、齧り出す。その凶悪面と逆立った金髪を、こんなに間近で見るのは初めてだった。
「お前、よく見たら可愛いツラしてんだな。いつもはなんも考えねえでヤることしか頭になかったけど」
「………」
二口、三口とおにぎりを齧って頬を膨らませた岡島が、舌打ちと共に立ち上がる。
「あくまでシカト決めるつもりか、つまんねえの。行くぞ」
そうして岡島が、残った食べかけのおにぎりを床に放った。
「ご馳走様」
「っ……」
「ほ、ほたるに……」
「マカ……?」
──タオルの下から飛び出したマカロが、岡島に向かって叫んだ。
「炎樽に、意地悪すんなあぁ──ッ!」
瞬間、体育館中が轟音に包まれた。観客席やアリーナでは突然の地響きに教師達が慌てふためいているのが見える。救護室から慌てて出てきたのはサバラだ。生徒達は騒ぎながらも教師の指示通り床に伏せていた。
「マカ、……やめっ、やめろ!」
「な、何だてめぇっ……!」
ピンクの髪を逆立たせ、肩で息をするマカロの目は真っ赤だった。泣いていた訳ではない。普段のマカロからは想像できない、恐ろしいまでの狂気を宿した……それは例えるなら「悪魔の目」だった。
「お前なんか、俺の地獄に落としてやる!」
「だ、だめ! マカ、やめろっ……!」
──Welcome to …
俺の耳の奥でいつか聞いた「あの言葉」が渦を巻く。今まさに、マカロが作り出す悪夢の扉が開かれようとしている。
「マカ──!」
「何やってんだ、てめえは?」
しかし今しも開きそうだったマカロの扉は、いともあっさりと、パタンと音を立てて閉じた。……天和の手によって。
「天和っ!」
突然現れた天和に翼を摘ままれ暴れるマカロが、「はなせー!」と声を上げている。ぽんと放り投げられたマカロをキャッチした俺は、祈る思いで天和の背中を見つめた。
「あいつがそんなにキレるってことは、こいつらが相応のことをしたんだろうが」
「き、鬼堂……!」
「てめえ、まだ懲りてねえのかよ」
動揺する岡島の前まで歩み寄って行った天和が低い声で囁いた。以前、体育倉庫で天和の圧倒的な強さの前に倒れた岡島だ。俺に見せていた強気な態度は見る影もなく、完全に怯えきっている。
「炎樽は俺のモンだ。手出しすんなって言ったよな」
地響きが収まり、生徒達が安堵した様子で床から体を上げていた。生徒も教師も、誰も俺達のことに気付いていない。
結局岡島達は、すごすごとその場から立ち去って行った。
「たかともーっ!」
俺の手からマカロが飛んで行き、涙と鼻水に濡れた顔を天和の体育着に押し付けて泣き始めた。
「お、おれが、ほたるのこと、守れなくって、ごめん……!」
「……よく分かんねえんだけど、守ろうとしたんだろ。無事だったみてえだし」
「うわああぁん! ごめんなさい! ほたる、たかとも、ごめんなさい!」
慌てて俺も駆け寄り、マカロの口にイチゴ牛乳のストローを咥えさせる。体は小さくてもマカロの声はデカ過ぎるのだ。
「ちょっとヒヤヒヤしたけど、俺のために怒ってくれたじゃん。マカ、カッコ良かったぞ。あいつらに見られたけど……多分大丈夫だと思うし……」
天和が床に視線を落とし、岡島が齧ったおにぎりを拾い上げる。
「た、天和……!」
そうして何の躊躇もなくおにぎりを頬張った天和が、「腹減ってんだけど、俺の分もあるんだろうな」と床に座り込んだ。
「俺、逃げてばっかりいないで、もう少しやり返せるようになった方がいいのかな」
「必要ねえ。下手に立ち向かって危険な目に遭うよりは逃げた方がましだ」
俺の分がなくなる勢いで、天和とマカロがおにぎりを平らげて行く。唐揚げもリンゴもあっという間にはけてしまい、俺は残った昆布のおにぎりを齧りながら膝を抱えた。
「でも、守ってもらってばっかりで……。天和やマカがいなかったら、俺、何もできない」
「おれはずっといるから大丈夫だぞ、ほたる!」
「辛気臭せぇ顔すんな。あいつらは二度とお前に近寄らせねえよ、安心しろ」
「………」
マカロが嫌がるから塩は振っていないのに、おにぎりがしょっぱい。
「炎樽……」
涙が止まらなくて。二人の前で泣きたくなんかないのに、どうしても涙が止まらなくて。
自分の弱さが許せないのと同時に、こんな俺を大事に思ってくれている二人の気持ちが嬉しくて、俺は抱えた膝に顔を伏せて泣いた。
「ほたる、泣かないで……」
おろおろしながらマカロが俺の頭に乗り、その小さな手で必死に俺の頭を撫でる。
「ご、ごめんマカ、大丈夫だ、ありがとう。ごめんな」
「炎樽」
すると今度は天和の手が伸びてきて、俺の顎に触れた。
「っ、……」
上を向かされ、唇が触れる。
「………」
「……お前は俺が惚れた男だ」
軽いキスの後で、天和が笑った。
「そのままのお前でいてくれればいい」
「天和、……」
「生活指導の先生~。ここで隠れてチューしてる生徒がいますよ~」
「うわっ!」
突然頭上から降ってきた声に驚いて顔をあげると、そこには満面の笑みで俺達を見ているサバラがいた。
「ていうのは嘘! そこまで空気読めない男じゃないからね俺は」
「サバラ、……し、仕事はっ?」
「ひと段落ついたとこ。さっきはマカロが暴走モード入ってたみたいだから、大丈夫かなと思って様子見にきたんだけど」
サッと俺の髪に潜り込んだマカロだが、それよりも早くサバラに見つかったらしい。
「おいで。いきなりあんなに力使って、へろへろだろ。放っておいたらしばらく元の姿に戻れなくなるぞ」
「うう……。でおおれ、ほたる達といたい……」
「大丈夫だよ、マカのお陰で元気出たし。サバラの所で休ませてもらって、回復したら帰りにケーキ買ってやるから」
渋っていたマカロだが、やがて小さく頷いてサバラの肩へと移動した。
「それじゃ、後は若い二人でごゆっくり」
「何だこのジジイ」
「なっ、何だとは何だ! 俺は気を利かせて――」
「砂原先生ー、一年の子が具合悪いって」
生徒の声がして、サバラが天和を恨めし気に睨んでから踵を返した。
「具合悪いって、どんな? 一年生か、可愛い子?」
「さ、さあ……?」
サバラがアリーナの方へ戻った後で、俺と天和は少しだけ見つめ合い……お互い、照れ臭くなって笑った。
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