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#7 体育祭バーニング

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「ええっ! 炎樽、天和と敵同士なのか? 天和と戦うのか?」

 その日の夕食後。
 マカロが今にも泣きそうな顔で俺に言ったそれは、六月第一週目の土曜に行なわれる体育祭のチーム分けについてのことだ。

「大袈裟だな。これはお祭りみたいなもので、赤と青のどっちのチームが勝つか、お互い頑張ろうみたいなアレで楽しむやつなんだよ」
 大雑把な説明にはなってしまったが、マカロは喧嘩ではないと知りホッとした様子で胸を撫で下ろしている。

 帳が丘学園体育祭。あんまり俺の好きじゃない行事の一つだ。
 子供の頃から俺は走るのだけは得意だが、その他の競技には一ミリも自信がない。ただ走るだけならともかくそこに何かプラスアルファがあると、途端にテンパっていつもビリッケツになってしまう。

 障害物競走とか、大玉転がしとか、二人三脚競走とか、スプーンでピンポン玉を運んだりするアレとか。
 楽しければ良いんだろうけど、毎回ビリというのは本当に恥ずかしい。おまけに去年までは自慢だった脚力も、今年は「さすが、毎日三年から追い回されているだけあるわ」とか言われそうだし。

 と、いうか。体育祭という全学年が集まる行事で、俺の例の匂いは大丈夫なんだろうか。


「面白そうだな! 俺も付いて行こうっと!」
「うーん、……まぁ、匂い問題でマカの道具に頼ることになりそうだし。保健の先生ってことでサバラも活躍しそうだしな」
「あ、ああ。そうだな」
 サバラの名前を出すと若干マカロが妙な反応をしてみせたが、お弁当に沢山おにぎりを作ると言ったらいつもの嬉しそうな顔で笑った。

「マカもそろそろ学校で隠れなくてもいいんじゃないか? 制服着て羽と尻尾隠せばバレないだろうし、俺や天和の髪の中に隠れ続けるのも窮屈だろ」
「でも俺の頭は目立ち過ぎるって。それに、びっくりするとすぐチビになっちゃうから」
「そっか。俺としてはマカが普通に傍にいてくれると安心なんだけどなぁ……」
「大丈夫、俺は夢魔印の道具で炎樽をサポートするぞ!」

 心配なのは俺の匂い事情と、それからもう一つ。

 うちの学校の体育祭は、競技自体は他校のそれと変わらず滞りなく行なわれるのだが、その裏側はかなりダークなギャンブル会場となっているということ。特に個人競技では、誰が勝つかの賭けで教師も引くほど盛り上がる。

 勝敗によって「昼飯を奢る」「帰りの荷物持ちをする」なんて罰ゲームが執行されるのはまだまだ可愛い方で、「一発ヤらせる」「休憩中ずっと咥えさせる」とかのエロい罰もあれば、金持ち連中の間ではそれこそ本物のギャンブルのような額の金が動く。もちろん、教師達は知らない。

 去年の百メートル走で一位になった時、会場が大いに沸いたのを覚えている。知らない上級生達が俺に拍手と歓声を送ってくれて、それはそれは嬉しかった。……俺個人が勝ったことを称えてくれていた訳ではなく、自分が賭けた生徒が勝ったことを喜んでいたとも知らずに。
「去年の実績があるから、今年の俺は本命扱いだよ。万が一負けたら袋叩きにされる……」

 今から憂鬱だ。

 
 *


「俺が出るのは騎馬戦とリレーと、ビーチフラッグだってよ」
「俺は百メートル走と、リレーと、……仮装レース」

 翌日の放課後、寄り道したファミレスで俺は天和と互いの出場種目を照らし合わせて何とも重い気持ちになっていた。他にも全員参加の競技もあるが、個人出場の種目だけを見ると俺も天和も、出るのは見事に「賭け種目」の対象だ。

「そんなモン好きにやらせとけ。負けたからってお前に因縁つけるような奴がいたら、逆に俺がシメてやる」
「……天和の権力で、このギャンブルシステムを廃止にできないのか?」
「言えば止めるだろうが、俺にバレねえように隠れて続けるだろうよ」
「俺、小学校の時担任に言われたよ。スポーツを賭けの対象にしたら駄目だってさ。『フリースローで負けた方がジュース奢る』ってだけで怒られてたもん」
「線引きが難しいな。競艇やサッカーのくじはいいのかよって話だし」
「それはプロだから許されてるんじゃない? 分かんないけどさ」

 この際、賭けだの何だのの問題は置いておくとしても。

「俺はこの、仮装レースってのだけが本当に嫌なんだよ。絶対晒し者になる訳じゃん。皆でよってたかって笑い者にして、こっちの方が問題だって思うんだけど」

 うちの学校の体育祭実行委員が、まともな仮装を用意する訳がない。間違いなく女装も含まれているだろうし、猫耳だのバニーだの、……絶対にやりたくない。

「じゃんけんで負けたから出ることになっちゃったけど、もうマジで嫌だ。天和は騎馬戦か。……どうせ大将だろ、カッコ良くていいなぁ」

 全学年が参加する対抗リレーよりも、イケメン軍団の派手な応援合戦よりも、三年の騎馬戦は全種目の中で最大の盛り上がりを魅せる競技となっている。ボルテージが上がり過ぎて酷い野次が飛ぶこともあるが、これがないと体育祭じゃないってぐらいに全生徒が楽しみにしているのだ。

 特に大将戦は野次と歓声と一年組の黄色い声でまさに会場全体がカオス状態となる。今年は絶対に天和が大将になると予想されていたから、天和ファンの生徒が興奮し過ぎて失神した時のために救護室にも多くの人員を割くのだとか。

「アイドルのライブかよ!」
 ともあれ、これで騎馬戦に関しては俺の赤組は負け確定だ。こっちの大将が誰か分からないけど、誰であっても天和には敵わないだろう。むしろ赤組の奴らも天和を応援するだろうし。

「でも、そんなに期待されるとプレッシャーだろ。赤組の大将は誰なんだ? 知ってる奴?」

 ソーダのストローを咥えながら問うと、天和が視線を宙に向けて「あいつだ」と呟いた。

「名前忘れたけど、……あのC組の。去年の生徒会長だった」
「も、もしかして彰良先輩っ?」
「そうだ、渋谷彰良。勉強しかできねえ奴だと思ってたら、意外に空手とか習ってるんだってよ」
「う、うわ……。彰良先輩の大将姿なんて、絶対カッコ良いじゃん……」

 撮影して録画して保存しないと。ていうか俺も失神しないようにしないと。いっそのこと手作りうちわとか作ってしまおうか。一年生と一緒になってワーキャー言ってしまいそうな自分が怖い。

「………」
「どうしよう、めちゃくちゃ楽しみになってきた! 差し入れとか持っていったら引かれるかな? はあぁ……楽しみ……。あ、天和も頑張れよ」
「……ぜってぇぶっ潰す」
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