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#4 ナイトメア・トラップ
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「凄い反響だなぁ。男でも美人だとチヤホヤされるのがウチの学校っぽいよな」
幸之助が閉まったドアを見て、感心したように溜息をつく。
「幸之助も診てもらえば? 可愛いより綺麗な人がいいっていつも言ってるじゃん」
「確かに綺麗だけど、そもそもの性別がなぁ……」
俺の数少ない友人である高田幸之助。剣道部で青春していて見た目も中身も爽やかなのに、何故か彼女いない歴が年齢と同じという謎の奴だ。親しくなれたのは教室での席が隣だからというのもあるけれど、幸之助自身が定期的にスポーツで色々と発散しているため、三年の連中よりも性欲が抑えられているという理由もある。
「ここが女子校だったらハーレム作れそうなのに、勿体ないな。何でウチに来たんだろ」
「男子校なら問題起こしてクビになることもないからじゃねえの? 俺だってもう少し頭良かったら、将来女子校の先生を目指してたのにさぁ……」
「幸之助は体育会系だもんな。あ、でも女子校の体育の先生ならなれそうじゃん」
「一番嫌われるポジションじゃんか」
笑いながら保健室の前を通り過ぎ、校舎を出て英語の授業が行われる第一学習室を目指す。英語は学年で成績がランク付けされていて、それに応じて授業を受ける場所が変わる。俺や幸之助のような「中の下の成績」である「Cクラス」は、元々の教室から離れた旧校舎へと追いやられるのだ。
中庭を通り抜け、来年取り壊される予定の旧校舎へ入ろうとしたその時。
「炎樽」
「た、天和……」
丁度旧校舎から出てきた天和が、俺を見つけて手を挙げた。昨日俺が殴ったせいで顔に痣ができている。痛そうで申し訳ないと思ったが、……俺だって相応のことをされたのだ。
天和が俺の名前を呼んだことにぎょっとしたらしく、幸之助が「すげえな。お前、あの人知り合いなの?」と俺に耳打ちする。恥ずかしさから天和を無視して通り過ぎようとしたその時、
「待てよ。あいつから聞いてねえか」
天和に腕を掴まれ、俺はビクリと体を震わせた。
「な、何を……?」
「新任の保健教諭のことだよ。マカが何か言ってなかったか」
「別に聞いてない……と思うけど……」
俺と天和が話し始めたのに気を遣ってか、幸之助が笑いながら「先に行ってるぞー」と校舎の中へ入って行った。
天和に腕を掴まれたまま廊下の隅に連れてこられ、改めて問われる。
「マジで何も聞いてねえのか」
「………」
俺は丸めた英語のノートで自分の頬をぽんぽん叩きながら考えた。
確かに朝礼中、慌てた様子で飛んできたマカロが俺に何やら言っていたけれど……。
「そういえば、マカは? 天和の所に戻ってきてる?」
「いや。お前の所にいると思ってたが」
「え。ど、どこ行っちゃったんだあいつ……」
頭の上を探しても学ランの中を探っても、マカロの姿はどこにもない。学校内では他に行き場所なんてないし、ふらふら飛んでいて誰かに捕まったら大騒ぎになる。
「はぐれちゃったとして、大人しく俺の教室にいてくれればいいけど……」
「そのマカが言うには、今日来たあの保健教諭はあいつの知り合いらしいぞ」
「え?」
天和が横に視線を滑らせ、廊下を歩く他の生徒に聞こえないよう小声で言った。
「サバラとかいう夢魔で、マカはあいつに怯えてた。どういう目的でこの学校に来たかは知らねえが、向こうは少なくとも俺とマカが一緒にいる所を見ている」
「………」
「……まだお前のことは知られてねえかもしれないが、一応気を付けておけ」
「わ、分かったけど……」
同じ夢魔に対して怯えるなんて、一体どういうことなんだろう。
そしてもし本当に砂原先生が夢魔なら、彼に群がっている生徒達は──。
「……天和。俺、保健室行ってくる」
「は? いま気を付けろって言ったばかりだろうが。軽率に行動すんな」
「もしかしたらマカもそこにいるかもしれないし。それにあの先生が夢魔なら、知らずに保健室で休んでる生徒達が危ないかもしれないじゃん!」
言いながら廊下を走り出した俺に舌打ちして、天和もすぐに後を追ってきた。
来た道を戻り中庭を抜け、二年校舎一階の保健室を目指す。「手洗い・うがいをしましょう」──例のポスターが目に入ったその時、一瞬、俺の視界が歪んだ気がした。
「っ……?」
「炎樽っ、大丈夫か」
春の手洗い・うがい運動。
春は気温の高低差が激しく、体調を崩しやすい季節でもあります。外から帰って来た時は、必ず手洗い・うがいをしましょう!
「あ、……」
ポスターに描かれているポップなイラスト。二人の少年が笑顔で手を洗っている。ニコニコ顔の少年の目が薄く開いているように見えるのは、俺の錯覚だろうか。
外から帰って来た時は、必ず手洗い・うがいをしましょう!
「炎樽!」
「………」
ポスターの中の少年の目がカッと見開かれ、俺と視線がぶつかった。
……ドアの前にかけられたプレートの文字が小刻みに揺れ出し、段々とアルファベットが変化してゆく。
──Welcome to My Hell.
「っ……!」
低い声が脳内で響き、瞬間、視界が真っ赤になった。
炎樽、……! ほた、る……!
天和の声が遠くに聞こえる。まるで水の中にいるように息苦しくて、俺はとにかく空気を求め、目の前に現れた赤い扉を勢い良く開け放った。
「あっ、……!」
扉の中へと飛び込んだ瞬間、嘘のように息苦しさが俺の中から消え去った。視界を覆っていた赤いモヤも晴れ、目の前にはこれまでに何度か訪れたことのある保健室の見慣れた風景が広がっている。
「さあ、一列に並んで。これより身体測定を始めます」
「砂原先生……」
明るい茶色の髪と優しそうな笑顔。スーツの上から白衣を着た、美しく若い、保健の先生──。
「あ、あれ……。身体測定? どういうことだ……?」
幸之助が閉まったドアを見て、感心したように溜息をつく。
「幸之助も診てもらえば? 可愛いより綺麗な人がいいっていつも言ってるじゃん」
「確かに綺麗だけど、そもそもの性別がなぁ……」
俺の数少ない友人である高田幸之助。剣道部で青春していて見た目も中身も爽やかなのに、何故か彼女いない歴が年齢と同じという謎の奴だ。親しくなれたのは教室での席が隣だからというのもあるけれど、幸之助自身が定期的にスポーツで色々と発散しているため、三年の連中よりも性欲が抑えられているという理由もある。
「ここが女子校だったらハーレム作れそうなのに、勿体ないな。何でウチに来たんだろ」
「男子校なら問題起こしてクビになることもないからじゃねえの? 俺だってもう少し頭良かったら、将来女子校の先生を目指してたのにさぁ……」
「幸之助は体育会系だもんな。あ、でも女子校の体育の先生ならなれそうじゃん」
「一番嫌われるポジションじゃんか」
笑いながら保健室の前を通り過ぎ、校舎を出て英語の授業が行われる第一学習室を目指す。英語は学年で成績がランク付けされていて、それに応じて授業を受ける場所が変わる。俺や幸之助のような「中の下の成績」である「Cクラス」は、元々の教室から離れた旧校舎へと追いやられるのだ。
中庭を通り抜け、来年取り壊される予定の旧校舎へ入ろうとしたその時。
「炎樽」
「た、天和……」
丁度旧校舎から出てきた天和が、俺を見つけて手を挙げた。昨日俺が殴ったせいで顔に痣ができている。痛そうで申し訳ないと思ったが、……俺だって相応のことをされたのだ。
天和が俺の名前を呼んだことにぎょっとしたらしく、幸之助が「すげえな。お前、あの人知り合いなの?」と俺に耳打ちする。恥ずかしさから天和を無視して通り過ぎようとしたその時、
「待てよ。あいつから聞いてねえか」
天和に腕を掴まれ、俺はビクリと体を震わせた。
「な、何を……?」
「新任の保健教諭のことだよ。マカが何か言ってなかったか」
「別に聞いてない……と思うけど……」
俺と天和が話し始めたのに気を遣ってか、幸之助が笑いながら「先に行ってるぞー」と校舎の中へ入って行った。
天和に腕を掴まれたまま廊下の隅に連れてこられ、改めて問われる。
「マジで何も聞いてねえのか」
「………」
俺は丸めた英語のノートで自分の頬をぽんぽん叩きながら考えた。
確かに朝礼中、慌てた様子で飛んできたマカロが俺に何やら言っていたけれど……。
「そういえば、マカは? 天和の所に戻ってきてる?」
「いや。お前の所にいると思ってたが」
「え。ど、どこ行っちゃったんだあいつ……」
頭の上を探しても学ランの中を探っても、マカロの姿はどこにもない。学校内では他に行き場所なんてないし、ふらふら飛んでいて誰かに捕まったら大騒ぎになる。
「はぐれちゃったとして、大人しく俺の教室にいてくれればいいけど……」
「そのマカが言うには、今日来たあの保健教諭はあいつの知り合いらしいぞ」
「え?」
天和が横に視線を滑らせ、廊下を歩く他の生徒に聞こえないよう小声で言った。
「サバラとかいう夢魔で、マカはあいつに怯えてた。どういう目的でこの学校に来たかは知らねえが、向こうは少なくとも俺とマカが一緒にいる所を見ている」
「………」
「……まだお前のことは知られてねえかもしれないが、一応気を付けておけ」
「わ、分かったけど……」
同じ夢魔に対して怯えるなんて、一体どういうことなんだろう。
そしてもし本当に砂原先生が夢魔なら、彼に群がっている生徒達は──。
「……天和。俺、保健室行ってくる」
「は? いま気を付けろって言ったばかりだろうが。軽率に行動すんな」
「もしかしたらマカもそこにいるかもしれないし。それにあの先生が夢魔なら、知らずに保健室で休んでる生徒達が危ないかもしれないじゃん!」
言いながら廊下を走り出した俺に舌打ちして、天和もすぐに後を追ってきた。
来た道を戻り中庭を抜け、二年校舎一階の保健室を目指す。「手洗い・うがいをしましょう」──例のポスターが目に入ったその時、一瞬、俺の視界が歪んだ気がした。
「っ……?」
「炎樽っ、大丈夫か」
春の手洗い・うがい運動。
春は気温の高低差が激しく、体調を崩しやすい季節でもあります。外から帰って来た時は、必ず手洗い・うがいをしましょう!
「あ、……」
ポスターに描かれているポップなイラスト。二人の少年が笑顔で手を洗っている。ニコニコ顔の少年の目が薄く開いているように見えるのは、俺の錯覚だろうか。
外から帰って来た時は、必ず手洗い・うがいをしましょう!
「炎樽!」
「………」
ポスターの中の少年の目がカッと見開かれ、俺と視線がぶつかった。
……ドアの前にかけられたプレートの文字が小刻みに揺れ出し、段々とアルファベットが変化してゆく。
──Welcome to My Hell.
「っ……!」
低い声が脳内で響き、瞬間、視界が真っ赤になった。
炎樽、……! ほた、る……!
天和の声が遠くに聞こえる。まるで水の中にいるように息苦しくて、俺はとにかく空気を求め、目の前に現れた赤い扉を勢い良く開け放った。
「あっ、……!」
扉の中へと飛び込んだ瞬間、嘘のように息苦しさが俺の中から消え去った。視界を覆っていた赤いモヤも晴れ、目の前にはこれまでに何度か訪れたことのある保健室の見慣れた風景が広がっている。
「さあ、一列に並んで。これより身体測定を始めます」
「砂原先生……」
明るい茶色の髪と優しそうな笑顔。スーツの上から白衣を着た、美しく若い、保健の先生──。
「あ、あれ……。身体測定? どういうことだ……?」
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