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日、月、暇なし

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「……その話、俺が考えたんだ。小学六年の時に卒業記念で作った絵本のキャラクターなんだよ」
「へえ」
「丁度その頃に武虎が産まれて……0歳の時から毎晩、自作の絵本を読んでやってたんだ。そしたらすっかり気に入ったらしくて、今でも大人気」
 画用紙で作った絵本は流石にボロボロになっていて、今は俺の机の引き出しの奥で眠っている。たまに武虎が寝る前になって「ロンメルの話して」とせがんでくることはあるが、何しろ自分で考えた話なのだ。わざわざページを捲らなくても、始めから最後までそらで話してやれる。
「どんな話なんだ?」
「簡単に言えば迷子のトラが、家族を見つける話。自分では凄い大冒険のつもりだったけど、今思うとかなり単純でありがちな物語だな。多分、当時見てたアニメの影響とかも入ってるんだろうけど」
「ふうん。今度俺にも見せろよ。簡単な話なら、英訳して授業で使うから」
「ぜ、絶対やだ」
 喋りながらも作業を続けていると、始めてから二時間が経つ頃には教室中がハロウィンのそれっぽい雰囲気に包まれていた。
   入口にもガーランドを取り付けたし、ランタンも飾った。壁中にお化けやコウモリの切り絵を貼り、生徒達の絵もいっぱいに貼った。どこから見てもハロウィンだ。胸を張って生徒を迎えられる。
「生徒が来るの楽しみだな。早く武虎にも見せたい」
「ああ、助かったよ翼くん。ありがとうな」
 脚立を肩に担いだ蒼汰が片手で俺の頭を撫で回す。咄嗟にその手を跳ね除けたが、普段褒められ慣れていないからか、腹が立つのと同じくらい気恥ずかしくもあった。
「何だよ。手伝ってくれたご褒美だろ」
「そんなの要らな、……あっ」
 唇を押し付けられた頬が瞬時にして赤くなる。
   たったそれだけのことで体が動かなくなり、一切の言葉も出なくなった。
「中学生みたいな反応だな」
 呆けた俺の目の前で、蒼汰が肩を揺らしてくすくすと笑っている。
「ふ、ふざけんなよ本当に……!」
「そういう反応されると逆にもっと悪戯したくなるんだって。学べよ、お前は」
 にじり寄ってくる蒼汰を必死に両手で押し退けながら、俺は壁の時計に目をやった。午後二時。もうそろそろ帰らないと、俺も蒼汰もこの後の予定がある。
「子供達が勉強する場所で……こういうこと、するなって」
「背徳的で堪らねえか」
「そんなこと言ってないっ、……」
 蒼汰が俺の後頭部に片手を添え、引き寄せた。
「あ、う……」
 唇が塞がれるよりも先に舌が触れる。有無を言わさず絡めとられた俺の舌が、蒼汰の唇によって激しく吸われる。背中を反らせて逃げようとすれば、蒼汰が上体を曲げて俺を追う。
   駄目だと頭で分かっているのに。体の力が抜けて、拒むことができなかった。
「ん、……ん、ぅ」
 そうしているうちに、蒼汰の膝が俺の脚の間へと入ってきた。軽く刺激されて声が洩れ、腰の一点がむずむずして震えてしまう。
「や、あ……。やめろ、あっ、……」
 ぐいぐいと押し付けられる膝頭。あの夜はもっと際どいことをされたのに、ここが教室だと思うと恥ずかしさに体中が熱くなった。その熱が期待なのか不安なのか分からない。ただもう何も考えられなくなって、本能を揺さぶる刺激に涙を滲ませるだけだ。
「……はぁ」
 俺の口から舌を抜いた蒼汰が、俺の頭を胸に抱いて溜息をつく。
「流石にこれ以上は時間的に無理か。失敗した」
「………」
「また秘密が増えたな」
   何だか翻弄されている気分だった。繰り返し緊張と緩和が与えられているような感覚に、気持ちが追い付いていかない。
   俺は俯き、脚立を奥の事務室へ運ぼうとしている蒼汰の背中に質問した。
「……何であんたは、俺に拘るんだ?」
「翼に興味があるから」
「………」
 脚立を戻した蒼汰が戻ってきて、下を向いたままの俺の肩に手を置いた。
「お前みたいな奴、今まで一人も周りにいなかったからな。純粋に知りたいんだ、翼がどんな奴なのかって」
 何と反応したら良いのか分からないが、肩に置かれた蒼汰の手はどっしりと重い。まるで体が地面に埋まってしまいそうだ。
「翼も俺を見定めてる最中だろ。でも完全に俺を拒まないってことは、少なくとも悪い感情は持ってねえ訳だ。俺ら互いに探ってる状態で、そこから何かが始まるってこと」
 何を根拠に言っているのだろう。どうしてそんなに自信があるんだろう。俺は狭い脳内に疑問符をまき散らしながら、不敵な笑みを浮かべる蒼汰の顔をただ茫然と見つめ続けた。
「そう固く考えずに。気楽に付き合って行こうぜ、翼くん。それから今日のバイト代な、武虎にお菓子でも買ってやれ」
 俺の手のひらに、五百円硬貨が落とされた。グッズを買った時の釣り銭だ。
「そうだ。翼くんも金曜日の教室に参加しないか。武虎がお菓子作るの上手いって言ってたから、子供らに何か作ってきてほしいんだけど。これ、一応当日のスケジュール。生徒の人数とかも書いてあるから」
 棚の上にあったプリント用紙を差し出す蒼汰は、友達に軽い頼み事をするような笑顔を浮かべている。自信に満ちた笑顔だ。こちらが断るなんて微塵も想像していない顔だ。
   やるしかないんだろな、と思う。決意というよりは、諦めに近い。
 蒼汰の頭上、天井からぶらさがったカボチャもまた笑っていた。
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