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第22話 SIESTA
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壁の向こうから聞こえる音楽が変わりボリュームが上がったことで、ミチル達のステージが始まったのだと分かる。確認せずとも、湧き上がる歓声から二人が上手くやっているということも伝わってくる。
「……ここまで来たって感じ、まだふわふわしてる」
スタイリストのリョウさんにヘアメイクをしてもらいながら汗ばんだ手のひらを見つめて呟くと、隣に立っていた頼寿が鏡越しに俺を見てフッと笑った。
「俺も同じだ。現実感はあるが、不思議な気分だな」
肩に手を置かれれば、鼓動がリンクするようだ。
そんな俺達を見てクスクス笑っていたリョウさんが仕上げにスプレーを振ってから、俺の顔を覗き込んで言った。
「頑張ってね、玉雪くん。僕も楽しみにしてるよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
控え室の奥のドアから秘密の通路に出て、ステージの裏側へと続くドアを開ける。壁際のステージ袖から中央ステージを覗くと、ヒロヤがミチルを抱き上げてラストポーズを決めているのが見えた。
喝采の中で二人がキスをし、ヒロヤから降りたミチルが妖艶な笑みを浮かべたまま中央のサークルステージ──通称「盆」から、花道を通って俺達がいる壁ステージの方へと歩いてきた。隣を歩くヒロヤはへろへろの恍惚顔だ。存分にミチルに翻弄されたのだろう。
「お疲れ様、ミチル、ヒロヤ!」
「ありがとう玉ちゃん店長、すっごく楽しかった!」
汗で乱れた髪の毛をかきあげながら、ミチルが泣きそうな顔で笑う。プロでも感極まることってあるんだなと思いながら、俺は改めて二人を労い、自身に気合いを入れる。
──みんな頑張ってくれた。俺もやるんだ。
顔が熱くて、まだ何もしていないのに少しだけ息が上がっている。大きく深呼吸をすれば隣で頼寿がバキバキと指を鳴らし、スタッフから飛んできた「五分前です」のインカムに珍しく大声で応えた。
俺も頼寿も、全ての流れは頭に入っている。
〈三分前です!〉
「は、はいっ──うわっ!」
瞬間、頼寿が俺を抱き上げた。お姫様抱っこで登場予定だから間違ってはいないけれど、三分前からスタンバイしなくてもいいのに。
「早いよ頼寿、疲れるからまだいいって!」
「玉雪」
メインイベントを待つ観客のざわめき、ブレイク中のまったりした音楽、俺の鼓動……その全てをかき消すような、頼寿の低い囁き。
「愛してるぞ。……お前と出会えて良かった」
それが、はっきりと耳に届いた。
「は、う、ぅ……」
泣きそうになるのを堪えて酷い顔になった俺の額に、頼寿が軽く口付ける。
何か言いたい。俺だって大好きだって、愛してるって、出会えて良かったって伝えたい。
「よ、……」
〈十秒前です! 8、7、6……!〉
照明が落とされ、一際大きくなったざわめきが響く暗闇の中を、頼寿が壁のステージへ移動する。
〈3、2、1……!〉
「っ──!」
強烈なスポットと耳をつんざくエレクトロ・ハウスがスピーカーから流れ始める。シエスタで初めての俺達のステージは、少し近未来テイストな舞台設定だ。
俺達の──というか頼寿の登場に、クラブ中が今夜一番の熱に包まれる。俺は頼寿の首にしがみつく恰好で目を伏せ、中央ステージに向かう頼寿の歩数を頭の中で数えた。
「やるぞ、玉雪」
「うん……!」
「……ここまで来たって感じ、まだふわふわしてる」
スタイリストのリョウさんにヘアメイクをしてもらいながら汗ばんだ手のひらを見つめて呟くと、隣に立っていた頼寿が鏡越しに俺を見てフッと笑った。
「俺も同じだ。現実感はあるが、不思議な気分だな」
肩に手を置かれれば、鼓動がリンクするようだ。
そんな俺達を見てクスクス笑っていたリョウさんが仕上げにスプレーを振ってから、俺の顔を覗き込んで言った。
「頑張ってね、玉雪くん。僕も楽しみにしてるよ」
「は、はい! ありがとうございます!」
控え室の奥のドアから秘密の通路に出て、ステージの裏側へと続くドアを開ける。壁際のステージ袖から中央ステージを覗くと、ヒロヤがミチルを抱き上げてラストポーズを決めているのが見えた。
喝采の中で二人がキスをし、ヒロヤから降りたミチルが妖艶な笑みを浮かべたまま中央のサークルステージ──通称「盆」から、花道を通って俺達がいる壁ステージの方へと歩いてきた。隣を歩くヒロヤはへろへろの恍惚顔だ。存分にミチルに翻弄されたのだろう。
「お疲れ様、ミチル、ヒロヤ!」
「ありがとう玉ちゃん店長、すっごく楽しかった!」
汗で乱れた髪の毛をかきあげながら、ミチルが泣きそうな顔で笑う。プロでも感極まることってあるんだなと思いながら、俺は改めて二人を労い、自身に気合いを入れる。
──みんな頑張ってくれた。俺もやるんだ。
顔が熱くて、まだ何もしていないのに少しだけ息が上がっている。大きく深呼吸をすれば隣で頼寿がバキバキと指を鳴らし、スタッフから飛んできた「五分前です」のインカムに珍しく大声で応えた。
俺も頼寿も、全ての流れは頭に入っている。
〈三分前です!〉
「は、はいっ──うわっ!」
瞬間、頼寿が俺を抱き上げた。お姫様抱っこで登場予定だから間違ってはいないけれど、三分前からスタンバイしなくてもいいのに。
「早いよ頼寿、疲れるからまだいいって!」
「玉雪」
メインイベントを待つ観客のざわめき、ブレイク中のまったりした音楽、俺の鼓動……その全てをかき消すような、頼寿の低い囁き。
「愛してるぞ。……お前と出会えて良かった」
それが、はっきりと耳に届いた。
「は、う、ぅ……」
泣きそうになるのを堪えて酷い顔になった俺の額に、頼寿が軽く口付ける。
何か言いたい。俺だって大好きだって、愛してるって、出会えて良かったって伝えたい。
「よ、……」
〈十秒前です! 8、7、6……!〉
照明が落とされ、一際大きくなったざわめきが響く暗闇の中を、頼寿が壁のステージへ移動する。
〈3、2、1……!〉
「っ──!」
強烈なスポットと耳をつんざくエレクトロ・ハウスがスピーカーから流れ始める。シエスタで初めての俺達のステージは、少し近未来テイストな舞台設定だ。
俺達の──というか頼寿の登場に、クラブ中が今夜一番の熱に包まれる。俺は頼寿の首にしがみつく恰好で目を伏せ、中央ステージに向かう頼寿の歩数を頭の中で数えた。
「やるぞ、玉雪」
「うん……!」
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