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第18話 会長と頼寿と覚悟の夜
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午後八時、車が止まったのは入り組んだ路地の中にある雑居ビルの前だった。
一階は美容院、二階はショットバー。美容院は閉店間際の雰囲気だが……これからバーで頼寿と飲むのだろうか。
「おいで、玉雪」
会長にエスコートされて車を降りた俺は、よく分からないままそのビルへと歩いて行った。
「飲みに行くんですか? 良さそうなバーですね」
「いや、それはまた次の機会に。今夜はこっちだよ」
エントランスに入った会長が、美容院──には入らず、美容院の入口横にある階段を降りて行く。外観からは分からなかったが、地下にもテナントが入っているらしい。
「あの……どこ行くんですか?」
「新しいクラブだ。まだ開店前だがね」
「な、なんだクラブか……。それならそんな秘密にしなくてもいいじゃないですか。地下にあるなんて、サルベージみたいですね」
「ふふ」
会長は嬉しそうだ。
恐らくは次に仕事をするクラブなのだろう。オーナーへの挨拶やステージの具合など下見をするために、頼寿は一足先に行ったのかもしれない。新しいクラブということは、俺達にとっては「新しい仕事」。気合いを入れて頑張らないと。
「あ、あれ……?」
しかし階段を降りて目の前に現れた扉を開けても、その先──つまりフロアには、何にもなかった。ソファもテーブルも、豪華な照明も。ついでに言えば壁も床もコンクリート剥き出しで、だだっ広いフロア内にあるのは中央の長四角のステージらしきもの、何も乗っていないバーカウンターらしきもの、それから奥の壁にはめ込まれた超巨大モニターだけだ。
ちなみに、従業員の姿もない。
「……開店前って、まだオープンもしてないってことですか?」
会長に訊ねると、「そうさ」という返事と共に信じられないことを言われた。
「ここが頼寿と玉雪のクラブだ。なかなか良い物件だろう」
「えっ……!」
思わずその場で飛び上がってしまう。
頼寿と俺のクラブ。そんなの、初めてきいた。
「そ、それは、どど、どういう……」
しどろもどろになって更に会長に訊ねようとしたその時、バーカウンターの奥の扉が開いて頼寿が出てきた。
「早かったな、タマ」
「よ、頼寿っ? これどういうことだっ? 俺達の店なんて全然聞いてないけど──」
フロアまで出てきた頼寿が、両手に持っていたグラスの片方を会長に渡す。グラスには黄金色のウイスキーらしきものが入っていた。
「座れませんけど、少しの間辛抱して下さい」
「ありがとう、頂くよ」
「お前はこっちだ」
俺もグラスを受け取り、色味からしてオレンジジュースと思われるそれを一口飲んでから再度頼寿に言った。
「あの、どういうことなんだってば」
「俺達のクラブだ。十月一日にオープン予定だ」
「十月一日って、あと一ヶ月と少ししかないじゃん。聞いてないってば」
「急遽決まったことだったからな。内装の手配も、従業員の募集も終わっている。お前に何も言わなかったのは……迷っていたからだ」
「迷うって?」
頼寿が珍しく照れ隠しにそっぽを向き、腰に手を当てて言った。
「ここは元々将来のために俺が個人的に開く予定だったクラブで、お前にややこしいことをさせるつもりはなかった。……だがお前の覚悟を聞いて、迷うのはやめたんだ。『俺となら何でもできる』と言ってくれたお前と、共同経営ってのも悪くねえなと思ってよ」
「………」
共同経営。頼寿と、俺の、将来のために。
突然過ぎて混乱しているけれど、何かとてつもなくデカいことが始まるというのだけは分かった。
「いよいよ始まったよ、玉雪」
「あ……」
そうだ、これは始まり。
俺と頼寿の初めの一歩──未来の始まりだ。
つづく!
一階は美容院、二階はショットバー。美容院は閉店間際の雰囲気だが……これからバーで頼寿と飲むのだろうか。
「おいで、玉雪」
会長にエスコートされて車を降りた俺は、よく分からないままそのビルへと歩いて行った。
「飲みに行くんですか? 良さそうなバーですね」
「いや、それはまた次の機会に。今夜はこっちだよ」
エントランスに入った会長が、美容院──には入らず、美容院の入口横にある階段を降りて行く。外観からは分からなかったが、地下にもテナントが入っているらしい。
「あの……どこ行くんですか?」
「新しいクラブだ。まだ開店前だがね」
「な、なんだクラブか……。それならそんな秘密にしなくてもいいじゃないですか。地下にあるなんて、サルベージみたいですね」
「ふふ」
会長は嬉しそうだ。
恐らくは次に仕事をするクラブなのだろう。オーナーへの挨拶やステージの具合など下見をするために、頼寿は一足先に行ったのかもしれない。新しいクラブということは、俺達にとっては「新しい仕事」。気合いを入れて頑張らないと。
「あ、あれ……?」
しかし階段を降りて目の前に現れた扉を開けても、その先──つまりフロアには、何にもなかった。ソファもテーブルも、豪華な照明も。ついでに言えば壁も床もコンクリート剥き出しで、だだっ広いフロア内にあるのは中央の長四角のステージらしきもの、何も乗っていないバーカウンターらしきもの、それから奥の壁にはめ込まれた超巨大モニターだけだ。
ちなみに、従業員の姿もない。
「……開店前って、まだオープンもしてないってことですか?」
会長に訊ねると、「そうさ」という返事と共に信じられないことを言われた。
「ここが頼寿と玉雪のクラブだ。なかなか良い物件だろう」
「えっ……!」
思わずその場で飛び上がってしまう。
頼寿と俺のクラブ。そんなの、初めてきいた。
「そ、それは、どど、どういう……」
しどろもどろになって更に会長に訊ねようとしたその時、バーカウンターの奥の扉が開いて頼寿が出てきた。
「早かったな、タマ」
「よ、頼寿っ? これどういうことだっ? 俺達の店なんて全然聞いてないけど──」
フロアまで出てきた頼寿が、両手に持っていたグラスの片方を会長に渡す。グラスには黄金色のウイスキーらしきものが入っていた。
「座れませんけど、少しの間辛抱して下さい」
「ありがとう、頂くよ」
「お前はこっちだ」
俺もグラスを受け取り、色味からしてオレンジジュースと思われるそれを一口飲んでから再度頼寿に言った。
「あの、どういうことなんだってば」
「俺達のクラブだ。十月一日にオープン予定だ」
「十月一日って、あと一ヶ月と少ししかないじゃん。聞いてないってば」
「急遽決まったことだったからな。内装の手配も、従業員の募集も終わっている。お前に何も言わなかったのは……迷っていたからだ」
「迷うって?」
頼寿が珍しく照れ隠しにそっぽを向き、腰に手を当てて言った。
「ここは元々将来のために俺が個人的に開く予定だったクラブで、お前にややこしいことをさせるつもりはなかった。……だがお前の覚悟を聞いて、迷うのはやめたんだ。『俺となら何でもできる』と言ってくれたお前と、共同経営ってのも悪くねえなと思ってよ」
「………」
共同経営。頼寿と、俺の、将来のために。
突然過ぎて混乱しているけれど、何かとてつもなくデカいことが始まるというのだけは分かった。
「いよいよ始まったよ、玉雪」
「あ……」
そうだ、これは始まり。
俺と頼寿の初めの一歩──未来の始まりだ。
つづく!
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