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第6話 静かな青の世界へと

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「そんじゃね! ヘルちゃんと仲良くね!」
「おう……」

 ナハトがいなくなっただけで部屋の中が妙に静かになったように感じた。ヘルムートの寝息を聞きながら朝食用のパンを焼き、湯を沸かしてインスタントコーヒーの準備をする。テレビを点ければ天気予報がやっていて、今日も三十度越えのカンカン照りになるそうだ。

「はあ……クソナハトのせいで朝から調子悪りぃ……」
「……ん。千代晴……?」
「あ、悪い。起こしちまったか」
「おはようございます……わ、パン焼いてくれましたか。お腹ぺこぺこです」
「歯を磨いてからだ」
 慌ててヘルムートがソファから降り、リビングを出て洗面所へ駆けて行く。こうして少し手を焼きながらも穏やかな時間を一緒に過ごせるなら、家庭を作っても良いという気持ちになるのに。

「歯、磨きました!」
「早いな。ちゃんと磨いたか?」
「顔も洗いました!」
 剥きタマゴのように艶々と光る肌をタオルで拭きながら、ヘルムートが俺の隣に座り込んだ。甘い香りがふわりと鼻先をくすぐり、ほんの一瞬──ムラッと性欲が沸き上がってくる。

「千代晴?」
「な、何だよ」
「へへ。新婚さんみたいでしあわせです」
 焼いたトーストを齧るヘルムート。俺は間抜けにも頬を熱くさせながら、「まぁな」と小さく呟いた。

「今日はお休みですか?」
「ああ、少し早めの盆休みだ。この時期は暇だし休みも多少多く貰える」
「じゃあずっと千代晴と二人きりです!」
「……ナハトが来なければな」
 休みは今日から五日間。
 俺は理性を保ち続けられるのだろうか。

「どっか行くか。行きたい場所あるか?」
「おれ、千代晴とならどこにいてもいいですよ」
「……うーん」
 今までは相手の行きたい場所に合わせていたから、こうして全てを任されると途端に悩んでしまう。
 海もプールも人混みの嵐だし、水場が綺麗なクーヘンから来たヘルムートに都会の海を見せたところで何の感動もないだろう。

 花火に夏祭り。海外のリゾート……はパスポートが必要だから駄目か。夏のイベントなんて腐るほどあると思っていたのに、いざとなると難しいモンだ。

「行きたい場所って言われても、何があるかなんて分からないもんな」
「駅ビルは覚えました。後は衛さんのケーキ屋さんと、コンビニ」
「せっかく地球に来たのに、なかなか良い所連れてってやれなくて済まねえ……」
「千代晴がいる場所が『いい所』です!」
「………」
 どうしてコイツは俺に惚れているんだろう。俺なんかより見た目も中身も良い奴が地球には溢れ返っているというのに。
 俺はあの日、ケーキを一つ奢ってやっただけだ。それがこんなに愛されて良い理由になるんだろうか。

「千代晴、少し元気ないです。……悩み事してますか?」
「いいや、そんなこともねえけど──」
 瞬間、ヘルムートの唇が俺の頬に押し付けられた。
「な、……なっ?」
「キスしたら元気出ます」
「………」
 まるで子供同士のおまじないのようなキス。ほんの少し触れた唇の感触がどれほど今の俺を煽っているか、コイツは少しも分かっていない。

 あんな夢を見たせいで、ナハトとあんな話をしたせいで、今にも爆発しそうになっているというのに。

「あ……ありがとうよ、元気出たぜ」
「千代晴、出掛けましょう!」
「え?」
「出掛ければもっと元気出ます! 千代晴の行きたいとこ、おれも行きたいです!」
 俺の腕を引っ張って立ち上がるヘルムート。その嬉しそうな顔を見ているだけで、俺にも健全なやる気がみなぎってくる。

「よし、行くか!」
「行きます! どこ行きますか?」
「まだ秘密だ」
「……?」
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