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題1話 宇宙人の王子様
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イチゴのショート、紅茶のシフォン、ガトーショコラ、モンブラン。
ガラスケースの中に並ぶ小さなケーキ達は、今日も誰かのティータイムに彩りを与えている。
大きなホールケーキやロールケーキは、今日も誰かの誕生日や記念日に華やかさを与えている。
なぜ子供はケーキが好きなんだろう。なぜ女子達は必死にケーキの写真を撮るのだろう。
そして甘い物は得意じゃないはずなのに、どうして俺はケーキ屋で働いているんだろう。
「……千代晴。俺はケーキ屋を開けば女性にモテると思っていたよ」
溜息混じりに俺の名前を呼ぶのは、この店の店長、衛さんだ。シワ一つ、汚れ一つない真っ白なコックコートが暇であることを物語っていて、逆に悲しい。
「そんな不純な動機でパティシエになったんですか、衛さん」
「それメインではないが、それも理由の一つだ」
「………」
販売系はどこも「二月・八月は極端に売上が下がる時期」と聞くが、ケーキ屋も例外ではないらしい。確かに俺が甘党だったとしても、この暑い中わざわざケーキを食べようなんて思わない。どうせ食べるなら冷たくて甘いアイスやフラペチーノの方がずっと魅力的だ。
「暇だな」
「暇ですね」
「せっかくイケメンがいるケーキ屋さんだって知らしめるために、千代晴を雇ったのにな」
「俺のイケメンパワーが及ばず申し訳ないっす」
俺があと二十歳若ければ……と腕組みをする店長兼パティシエ──佐島衛さん。彼は俺の父親の兄であり、俺から見れば血の繋がった叔父だ。
その筋肉隆々なガッチリ体系はおよそケーキ屋の店長とは思えないが、本場フランスで修業を積んだ正真正銘のパティシエだ。店に並んでいる華奢なケーキは全て衛さんが考え、作り、名前を付けている。
そんな衛さんが帰国してからこの海原町に開いた店、「Plaisirプレジール」。そこそこの評判も得ていてSNS等でもたまに画像が上がるが、やはり八月の魔力には勝てないらしい。昨日も数える程度しか売れなかったし、せっかくの洒落たケーキも売れなければ勿体ない結末を迎えることになる。
「衛さん、早く再婚して子供作った方がいいですよ。そしたらケーキ持って帰っても食べてくれる家族ができるじゃないですか」
「千代晴こそ彼女の二人や三人作れよ、俺のケーキのために。美少女なら常に割引してやるぞ」
「俺の恋愛対象が女じゃねえって、分かってんでしょ」
「……この際美少年でもいい」
不毛な言い合いをしていても客は来ないし、外は三〇度を超える暑さのままだ。セミが鳴けば鳴くほど客足は遠のき、また不毛な言い合いをする時間が増えるという悪循環。
「千代晴、お前幾つになったんだっけか」
「二十五っすよ。もう殆どアラサーですよ」
「誰か連れて来いよ、甘い物好きな女友達くらいはいるだろ」
「体育会系のゴリラ男子か、走り屋の元総長ならアテがありますけど」
「お前、昔は結構なヤンキーだったもんな……それが今じゃケーキ屋店員か、落ちぶれたモンだな」
「丸くなった、って言って欲しいっすね」
そのうちしりとりでも始まってしまいそうなほどの暇さ加減だ。去年のクリスマスに人手が足りないから助けてくれと言われ、そのまま年が明けてからも働くことになったが……まさか夏のケーキ屋がこんなに暇だったなんて。
俺は仕方なくホウキを取り、店頭の掃除をすることにした。
カウンターからこちら側はエアコンが効いていても、一歩外に出ればうんざりするほどの日差しが降り注いでいる。目の前の噴水広場を歩く人達も皆暑そうで、今この日本で元気なのは夏休み真っただ中の子供達だけらしい。
「もう我慢できん。……千代晴、俺は休憩がてら薄着の女子達を見学してくる。店番頼んだぞ」
「通報されないようにして下さいよ」
ついにこの暇さに根をあげた衛さんが店を出て行き、俺は溜息をついて空を見上げた。
ガラスケースの中に並ぶ小さなケーキ達は、今日も誰かのティータイムに彩りを与えている。
大きなホールケーキやロールケーキは、今日も誰かの誕生日や記念日に華やかさを与えている。
なぜ子供はケーキが好きなんだろう。なぜ女子達は必死にケーキの写真を撮るのだろう。
そして甘い物は得意じゃないはずなのに、どうして俺はケーキ屋で働いているんだろう。
「……千代晴。俺はケーキ屋を開けば女性にモテると思っていたよ」
溜息混じりに俺の名前を呼ぶのは、この店の店長、衛さんだ。シワ一つ、汚れ一つない真っ白なコックコートが暇であることを物語っていて、逆に悲しい。
「そんな不純な動機でパティシエになったんですか、衛さん」
「それメインではないが、それも理由の一つだ」
「………」
販売系はどこも「二月・八月は極端に売上が下がる時期」と聞くが、ケーキ屋も例外ではないらしい。確かに俺が甘党だったとしても、この暑い中わざわざケーキを食べようなんて思わない。どうせ食べるなら冷たくて甘いアイスやフラペチーノの方がずっと魅力的だ。
「暇だな」
「暇ですね」
「せっかくイケメンがいるケーキ屋さんだって知らしめるために、千代晴を雇ったのにな」
「俺のイケメンパワーが及ばず申し訳ないっす」
俺があと二十歳若ければ……と腕組みをする店長兼パティシエ──佐島衛さん。彼は俺の父親の兄であり、俺から見れば血の繋がった叔父だ。
その筋肉隆々なガッチリ体系はおよそケーキ屋の店長とは思えないが、本場フランスで修業を積んだ正真正銘のパティシエだ。店に並んでいる華奢なケーキは全て衛さんが考え、作り、名前を付けている。
そんな衛さんが帰国してからこの海原町に開いた店、「Plaisirプレジール」。そこそこの評判も得ていてSNS等でもたまに画像が上がるが、やはり八月の魔力には勝てないらしい。昨日も数える程度しか売れなかったし、せっかくの洒落たケーキも売れなければ勿体ない結末を迎えることになる。
「衛さん、早く再婚して子供作った方がいいですよ。そしたらケーキ持って帰っても食べてくれる家族ができるじゃないですか」
「千代晴こそ彼女の二人や三人作れよ、俺のケーキのために。美少女なら常に割引してやるぞ」
「俺の恋愛対象が女じゃねえって、分かってんでしょ」
「……この際美少年でもいい」
不毛な言い合いをしていても客は来ないし、外は三〇度を超える暑さのままだ。セミが鳴けば鳴くほど客足は遠のき、また不毛な言い合いをする時間が増えるという悪循環。
「千代晴、お前幾つになったんだっけか」
「二十五っすよ。もう殆どアラサーですよ」
「誰か連れて来いよ、甘い物好きな女友達くらいはいるだろ」
「体育会系のゴリラ男子か、走り屋の元総長ならアテがありますけど」
「お前、昔は結構なヤンキーだったもんな……それが今じゃケーキ屋店員か、落ちぶれたモンだな」
「丸くなった、って言って欲しいっすね」
そのうちしりとりでも始まってしまいそうなほどの暇さ加減だ。去年のクリスマスに人手が足りないから助けてくれと言われ、そのまま年が明けてからも働くことになったが……まさか夏のケーキ屋がこんなに暇だったなんて。
俺は仕方なくホウキを取り、店頭の掃除をすることにした。
カウンターからこちら側はエアコンが効いていても、一歩外に出ればうんざりするほどの日差しが降り注いでいる。目の前の噴水広場を歩く人達も皆暑そうで、今この日本で元気なのは夏休み真っただ中の子供達だけらしい。
「もう我慢できん。……千代晴、俺は休憩がてら薄着の女子達を見学してくる。店番頼んだぞ」
「通報されないようにして下さいよ」
ついにこの暇さに根をあげた衛さんが店を出て行き、俺は溜息をついて空を見上げた。
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