君色の空に微笑みを

狗嵜ネムリ

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君色の空に微笑みを・13

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「………」
「お帰り、飯島君。ますます顔色悪いけど、大丈夫?」
 一人テーブルに放置されていた大野さんの顔は真っ赤になっていた。元々ペースは速かったけど、俺が混一ホンイツとトイレでキスをしてる間にもだいぶワインを飲んだらしい。
 その混一の方へ目を向ける。彼もまた何事も無かったかのように、例の男と見つめ合って笑っていた。
「大野さんこそ、大丈夫ですか? 体がふらふらしてますよ、もう出ましょうか?」
「大丈夫、大丈夫。明日は休みだし、少しくらい酔ったって……」
「でも、帰れなくなったら困りますよ。俺は男だからいいけど、大野さんは危ないです」
「だったら一緒にいてよ、飯島君。……朝まで、私と一緒にいて」
「………」
 心臓に突き刺さったのは彼女が口にした際どい台詞じゃない。カウンター席から俺達に向けられている、混一の冷ややかな視線だ。
「いや、駄目ですって。何言ってるんですか……」
「だって私のこと心配してくれてるんでしょ?」
「そうですけど、でも……」
「だったら一緒にいて」
 目の前には大野さん。斜め後ろには混一。二人の視線でがっちりとその場に固定された俺は、膝の上で拳を握り締めて俯いた。
 ――なんだよ、クソ。いい齢して五個も年下の俺を大っぴらに誘うなよ。それだけ美人ならもっと相応しい大人の男が幾らでもいるだろ。俺なんかに構うなよ。
 ――混一も混一だ。わざわざ釘刺さなくたって、俺は浮気なんかしねえよ。仕事中ならそっちに専念しろ。……ただしそのオヤジには本気になるな。あくまでも「混一色ホンイーソー」として接してくれ。
 頭の中が混乱して、どうしていいのか分からなくなる。
「ねえ、飯島君……」
「取り敢えず出ましょう、大野さん。タクシー乗り場まで送りますから、それで……」
 結局、酔った彼女の肩を支えながら俺が支払いをする羽目になった。手持ちの金が殆ど飛んでしまった。
 店の外でも大野さんは駄々をこねて俺を困らせた。ホテルが嫌なら自宅に来てとまで言われ、俺はそのしつこさに辟易しながらタクシー乗り場に向かった。
「飯島君、冷たいよ」
「酔っ払ってて訳が分からなくなってるだけですって。すぐタクシー来ますから、今日は帰ってゆっくり寝た方がいいですよ」
「酔ってないもん! ……うう、吐きそう」
「……酔ってるじゃないですか」
「いいから家に来て。先輩命令だよ!」
「だから……」
 そうしている間に、あろうことか混一と例のオヤジが店の方からこちらに歩いて来るのが見えた。まさかと思いつつ横目で様子を伺う。
「今日はありがと、近藤さん。凄い楽しかったよ」
 嫌な予感が最悪の形で実現してしまった。二人が、俺達のすぐ後ろに並んで立ち止まったのだ。
「あ、さっきの」
 大野さんが小声で言った。混一を目にして一瞬だけ正気に戻ったらしい。
「混一色、また近い内に行くからな」
「うん、待ってる」
 何が近い内に、だ。破産してしまえ、お前など。
「何て言ったの?」
 大野さんが俺に囁いた。
「ホンイーソー、です」
「何それ」
「役の名前です」
「役? 役者なの、あの子……。やっぱり綺麗だもんね」
 まあ、ある意味では役者なのに間違いはないけれど。
「そんなことより、ほら。タクシー来ましたから乗って下さい」
「飯島君も乗って」
「乗りません。帰って寝ます」
「いいから」
「良くないですって……」
 二台目のタクシーが来て、後ろに並んでいた混一の客がそれに乗り込んだ。
「またね、近藤さん。気を付けてね」
「ああ、お前もね」
 軽く指先を触れ合わせる二人。頭の芯がカッと熱くなって、俺は無理矢理大野さんをタクシーに押し込もうとした。が、腕を掴まれてそのまま引きずり込まれそうになる。
「ちょ、大野さんいい加減にして下さいって」
「駄目、君も乗るの」
「乗らないってば……!」
 二台目のタクシーが走り去って行く。混一は少しの間その場で手を振り、車が角を折れて見えなくなったところで踵を返した。
 目が合った。
「………」
 ――決めるのは浩介さんだよ。でも、早くしないと行っちゃうからな。
 混一が見せた一瞬の笑みには、そんな想いが込められていた。
「……大野さん、離して下さい。怒りますよ」
「やだ!」
「子供じゃないんですから。俺が尊敬してるのは仕事中のかっこいい大野さんなんです。俺を失望させないで下さい……」
「……そんなに私が嫌いなんだ」
「そういうことを言ってるんじゃないですってば」
 ああ、もうただただ面倒臭い。こうしてる間にも混一が、この場から離れて行ってしまっているというのに。
「とにかく乗って。……運転手さん、早く出しちゃって下さい」
「もー、飯島君の馬鹿っ」
 半ば強引に大野さんをタクシーに詰め込み、ドアが閉まるのを待たずに俺は駆け出した。
 混一。どこ行った。
「っ……」
 クリスマスムードに浮かれる夜の街を、俺は全力で走った。人混みに紛れたって、探す相手が混一ならすぐに見つけられる。その辺の人間とは空気が違うんだ。決して見間違わないし、見失わない。
「混一っ……」
 少し先の方でその背中を見つけ、俺はもつれる足を何とか動かして彼を追いかけた。俺の気配には気付いているはずなのに、混一は振り向くこともなく歩いている。
 手を伸ばしても届かない距離で俺に背中を向けている混一。駆け引きなのか、本当に拗ねているのか。
 どちらにしろすぐに追いつく。負いついたら、もう絶対に放さない。
「混一っ!」
 背後から力任せに混一を抱きしめ、俺は大きく息をついた。
「……遅いよ、浩介」
「………」
「あの状況なら普通、俺が一人になった瞬間に来るでしょ……」
「ごめん……」
 抱きしめる俺の手に、混一が自分の手を重ねた。
 行き交う人々が楽しそうに笑っている。中には男同士でくっついている俺達に好奇の視線を向けてくる奴らもいた。
「見られてるよ、浩介」
「構わねえ」
「…………」
 普段の俺なら大っぴらにこんなことは絶対しないけど、今だけは人の目なんてどうでも良かった。今ここで混一を放したら、もう二度と会えない気がして……。
「浩介、苦しいよ。放して」
「嫌だ」
「逃げないから大丈夫だって。仕事終わったこと、和了さんに連絡しないと」
 渋々混一を解放すると、ポケットから携帯を取り出した混一がそれを耳にあてて話し出した。
「……お疲れです和了ホーラさん。近藤さんの分、今終わりました。……はい、じゃあ次出勤した時に。今日はこのまま直帰しますね」
 通話を切った混一に、俺は慌てて問いかける。
「なんだよ、帰るのか。これから店で指名しようと思ったのに」
「ふふ。だから、あがったんだけどな。これで時間を気にしないで浩介といられるでしょ」
「えっ、そ、それって……」
「どこに行こうか?」
「混一っ……」
 多分俺はこの時、とんでもなく情けないデレた顔をしていただろう。混一もくすくすと笑っている。
「浩介、どこに連れてってくれんの?」
 週末の夜を混一とデート。しかも混一は仕事で俺の相手をしている訳じゃない。俺も今夜だけは客じゃない。
 兄さんと混一色じゃない。飯島浩介と武田混一だ。
「そ、そうだな……どうしよう。舞い上がってて、あ、頭が回らない……」
「飯は食べたし、まだ時間もあるし、ゲーセンでも行く?」
「い、いいね。対戦するか」
「それで疲れたらアイス食べよう。喉乾いたらビールも飲んで、煙草吸って……。それから、カラオケでも行こうか?」
「うん、うん。いいね……」
 何度も頷く俺を見て、混一が呆れたように首を傾げる。
「本当に、だいぶ舞い上がってるみたいだね。さっきはあんなにかっこ良かったのに」
「そりゃそうだよ……不測の事態ってやつだ」
「ふふ……」
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