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大いなる奇跡から派生したもの

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若い武士たちが、どうしても巴御前殿に稽古をつけてほしいというので、藤原国衡は困った。

木刀で稽古したとしても、腕を折られるくらいならましな方で、頭部を割られたら命を落とす恐れがある。
いや、胴を打たれたとしても、肋骨を折られて致命傷を負ったり、折れた骨が内臓に刺さったりして命が危ない。

それで国衡は巴にお願いして、弓を的で射てもらうことにした。
その様子を見せることで、諦めさせようという腹である。

若い武士たちは固唾を飲んで見守った。
巴がきりりと弓を引き絞り矢を放つと、遠い所に置かれていた分厚い板の的は真っ二つに割れた。

「これでよろしいのでしょうか?」
と、涼しい顔をしている巴に、若い武士たちは恐怖さえ感じた。

「皆の者、もう終わりにしなさい。この国衡でも到底かなわぬ。皆、首の骨を折られるぞ。」
と、国衡は若い武士たちを脅した。
そして国衡は、心の中で呟いた。
『若者を死なすわけにはいかぬ。』

しかし藤原氏の武士達も、戦場での経験が無いとはいえ屈強な若者であるのに、なぜ筋肉も細く体も小さい巴の方の強さが歴然としているのであろうか。
国衡は、これは一種の奇跡ではないかと感じるようになった。
巴の体には、生まれつきに宿している奇跡の力があるのではないかと思うようになってきた。

ところで、巴はまた、三日間の断食をするよう指示された。

その間に秀衡と国衡は巴に、死後蘇ったという西方の男の、奇跡についての話をした。
「水を酒に変えたり、わずかな食物で何千人もの腹を満たしたり、これらは幻術ではないでしょう。幻術では何千人もの人を惑わすことはできません。それでは、無いものをどうやって出すのかということですが、そもそも万物は、少ないものから色々組み合わせて、様々なものを造り上げられたのです。その少ないものから何かを造り上げたという事象を突然垣間見たときに、奇跡と映るのです。無論常人ではできぬことですが。」
と、国衡は熱弁を振るった。

「それでは、死人を生き返らせることも...」
と、巴は真剣に問うた。
「死者を生き返らせることは、奇跡の中でも最も高度な業で、神にしかできないとされています。ところで、霊が離れてしまった肉体は、本来ならもうお終いです。肉体が朽ちて行くばかりですから、復活することはできません。しかし命が続いていれば、人でも病を癒すことができます。なぜなら霊が肉体に宿っていますから。肉体に復活する力があるのです。」
「されば、神でないと、死人を生き返らせることができないのですか。」
「左様です。」
巴は、人は死者を生き返らせることはできないことに、少し気落ちした。
「しかしながら、瞬時に肉体を更新させた時、つまり瞬時に病を治した時、それを奇跡と呼びます。」
と、国衡がまた熱く語ったので、巴は期待を感じた。
「国平殿はその奇跡をご覧になったのですか。それとも、どなたか奇跡を起こしたことがおありなのですか。」
しかし、国衡の答えはいささか拍子抜けであった。
「いや実は、病を治す奇跡はまだ...」

ここで秀衡が代って話し始めた。
「我が父基衡と、祖父清衡のミイラが、金色堂に納められています。これらは、我らが祈祷と断食の力によりミイラとなったものです。遠く西方では、ミイラは遺体の内臓と血を取り出し薬漬けにして腐らないようにしているとのことですが、我らが祖先は、そのようなことをせず、自然のままでミイラになっておりますのじゃ。」
『ほう。』と、巴は驚いた顔を見せた。ミイラのことは初めて聞くものだった。
「ですから我らが祖先のミイラも、一種の奇跡でありますのじゃ。朽ち果てるものを朽ちないようにする。それは病に冒された肉体を更新して、完全な形に戻すことに通ずるものがありますのじゃ。」
と、秀衡は語った。

今度は、国衡が語り始めた。
「これからの話が本筋なのですが、我ら一族も百年近く、そのクリストの奇跡を探求し続けたのです。大陸との交易を通じて様々な情報を得ました。そして西方の学者たちがクリストの奇跡とは、完全な形を創ることであると究明したことを知りました。嵐を静めたり、湖の上を歩いたり、病を癒したり、悪霊を追い出したり、これらは全て、完全な形を創る過程で生じた現象なのです。」
国衡は続けた。
「クリストという男は、金銭を欲しがるのは卑しいことだとして、全く金目のものを創り出す奇跡を行なわなかったと言われてますが、彼の死後、西方の学者たちは権力者の要求もあってか、金目のものを創り出す奇跡の実現に精力を注ぎました。例えば、鉄はたくさん見つかる金属なのですが、これを奇跡によって、貴重な金や銀に変えようとしたのです。それを完成させれば、莫大な富を手にいれることができます。」
『え、もしや。』
と、巴は気が付いた。
「お察しの通りです。我が奥州には豊富な金が産出されることをご存じと思います。これが奥州の力の源です。クリストから見れば、我らは卑しい者ということになるのですが...されど、この金のおかげで我が奥州は民も豊かになり、その金を朝廷に寄進することで、独立した地位を保てているのです。いえ、今までは保てて来たのですが...」
と、話す国衡の顔は曇った。

秀衡が、話を繋いだ。
「そうなのです。奥州の金の多くは、金山で採られたものではありませぬ。大半はここ平泉の中で造られたものですのじゃ。この術は錬金の術と呼ばれております。」
と、秀衡は衝撃的な事実を打ち明けた。

それで藤原氏は、頼朝が金山の秘密を探ろうと躍起になって間者を使わしても、それを捨て置いていたのかと、巴は合点がいった。
どんなに金山の秘密を見つけようとしても、そこには何も無かったのである。

巴は、秀衡に問い掛けた。
「藤原氏の子孫の方々が、錬金の術を会得されているのでしょうか。」
「皆ではありませぬ。それにこの術は、血筋とは関係ないのですじゃ。散々試した結果、霊性と武術に長けたものが術に成功しておりまする。藤原氏以外にも三名の若者が会得しております。」
「それは心強いこと。でもなぜ、武術が必要なのでしょう。」
「分かりませぬ。色々試したところ、霊性と武術と言う二つの特質が必要条件と分かりましたので。」

奥州藤原氏が西方の奇跡を百年近く研究し続けて成し得た業は、金の錬成であると言うことが分かった。
それはクリストから見れば、卑しいものであったが、西方の国々は錬金術に莫大な時間とエネルギーをかけて、その完成に心血を注いだ。
奥州藤原氏は大陸との交易を通じて知識を得、錬金術を修得したのであった。

「されど、わらわにそのような術が使えるとは思えませぬ。」
と、巴は流石にためらった。
「信じることです。我らは巴殿を心底信じております。巴殿も我らのことを信じてください。そして祈ることです。誠心誠意心を込めて、熱心に祈ることです。今より、巴殿と私と父秀衡とで、朝、昼、晩一緒に祈りたいと思います。」
「どなたに対して祈ればよろしいのでしょうか。」
「我らは天照大神に祈っております。」
『あ、仏様に祈るのではないのだ。』
と、巴は意外に思った。
巴は幼少より、朝日に向かって拝んでいたし、いつも山の神に祈っていたので、やや安心した。

三日後の晩、巴は断食を済ました後、ある場所へ向かった。
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