日本国を支配しようとした者の末路

kudamonokozou

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奥州藤原氏に伝えられる秘術

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秀衡に『大事な話がありますので』と言われて、巴は藤原氏の男たちの中に座っていた。

「大陸と商いをしておりますと、なかなか面白い話が耳に入ってきましてな。」
と、秀衡は世間話っぽく切り出した。

「今から千年以上昔のことですが、はるか西の土地に不思議な男がおりまして、危篤の患者を治したり、らいの病を治したりしたそうです。」
巴は、医者の話かと思った。
「いやいや、医術で治すのではござらん。医術を使って時間をかけるのではなく、一瞬の内に治すのです。」
「まあ、そのようなことが...」
と、巴も驚いた。

「他にも、嵐を静めたり、湖の上を歩いたり、水を酒に変えたり、わずかな食物で何千人もの腹を満たしたりとか、色々な神業を起こしたそうです。」
「それは幻術でしょうか。」
と、巴は秀衡に聞いた。

「遠い西方のはるか昔の話ですから、定かなことは分かりません。しかしその男はさらには、人から悪霊を追い出したり、果ては死人を生き返らせたりしたそうですじゃ。」
これには、流石に巴も息を飲んだ。

「して、その男はどうなったのですか。」
と、巴はその男に興味を持った。

「何万人もの人が信者になりました。しかしその男は、寺も作らずお布施も取らず、ひたすら教えを説いて回ったそうです。けれども、この男を快く思わぬ在来の宗派の連中が、その男を磔にして殺してしまいました。」

ここで泰衡が口を挟んだ。
「磔の刑と言うのは、一思いに突き殺すのではなく、手の平と足首を五寸釘で板に打ち付けて、高い所に吊るすのだそうです。出血と傷の痛みと飢えと渇き、それに不自然な体勢による苦痛でじわじわと時間をかけて殺すのです。その男がとうとう死んだと思った後も、息を吹き返さないように、最後に脇の下を突き刺したそうです。」
巴は、意地悪で残酷な異国の処刑法に顔をしかめた。

「ところがですな、この男は処刑の三日後に蘇ったというのですよ。それからこの男は、天に帰ったと言うのです。つまりこの男は神だったのですな。その後、弟子たちがこの男の教えを広めまして、今では多くの国で国教になっているのです。」
と、秀衡が話の続きを喋ると、泰衡が追加した。
「私も大陸から来た多くの商人から、その手の話をたくさん聞きました。自分が信者だという男の話も聞きました。確かに大陸のはるか西の方では信者が増えているそうです。クリスト教と言う教えです。千年以上も続いていて多くの地域に広まっておりますので、軽んじることはできない存在です。」

ここで秀衡が、巴に問いかけた。
「さて、巴殿は千年以上昔にこの男が行なったと言い伝えられる奇跡を、真ことの話と思われますか。」

巴はこの問いの意味を測りかねた。
確かに、病を一瞬に治したり、無い所から食物を出したりできることは、どんなに良いことだろうかと思った。ましてや死人を生き返らせれば、これほどの幸せは無いと思った。
しかし、現実にそのようなことに出会ったことが無い。
巴は、答えに閉口した。

「奇跡を起こす鍵は、祈りと断食なのです。」
と、国衡がここで初めて口を挟んだ。国衡は奇跡を肯定しているようだ。

しかし祈りと断食なら、仏教や神道に携わる者なら誰でも行なったことがあるような修行である。
だが本当に奇跡を起こせるものは、まずいない。

「招かれる者は多けれども、選ばれし者は少なし。」
と、忠衡が突然言った。巴が忠衡の方を振り返ると、
「いえ、そのクリスト教の信者が言っていたのです。」
と、忠衡は付け加えた。

国衡はここでかしこまった。
「畏れながら、巴殿にはその素養がふんだんにあるとお見受けしました。」
と言われても巴は困った。巴が怪訝な顔つきでいると、国衡は畳みかけた。
「三日後の断食の後、祈祷の業をお伝えします。それまで我が藤原氏に伝わる術についてお話いたします。」
「そのようなことを、わらわのようなよそ者に話してよろしいのですか。」
と、巴は拒もうとしたが、
「済まぬが、我らはもう巴殿に加わっていただくように決めてしまったのです。あの頼朝を滅ぼすためには、巴殿のお力が必要なのです。」
と、秀衡は熱意を込めて、巴に頭を下げた。

『頼朝を滅ぼすために自分の力が必要?』
義仲の敵を討つ話なら巴の願うところである。しかし、奇跡の力で頼朝を滅ぼそうとでもいうのだろうか。
まさかクリスト教とやらの力を使おうというのであろうか。

巴は、平家との戦の最中に頼朝の幕屋に単身乗り込んで行って、頼朝と刺し違える機会を伺っていた。
しかし頼朝は、鎌倉に引きこもったままで、一向に戦場に出てこない。
どんなに源氏が優勢、勝勢となっても出てこない。源氏の総大将として、最後尾であろうとも戦場に出て、味方の士気を奮い立たせる行動すら全く取らなかったのである。
頼朝の行動は、戦の常識から大きく外れていた。
鎌倉をずっと監視していた巴も、当てが外れて時を空しくしてしまった。

そして平家が滅び、頼朋にひれ伏さない勢力が、奥州藤原氏だけとなったのを見て、平泉へと向かったのである。

さて、言われた通り巴は、三日間の断食を行なった。
三日間、水だけで済ます生活は昔から慣れたことなので、巴は苦も無く断食をやり遂げた。

その日の夜、祈祷は藤原氏の屋敷の地下の部屋で行われた。
灯火だけの灯りは、神秘的な雰囲気を醸し出した。
秀衡、国衡、泰衡、忠衡、高衡、通衡、頼衡と巴が、車座になった。
だが、泰衡だけ憂鬱な顔をしていた。

「この祈りを成し遂げる為には、皆の思いが一つになることが肝要である。心に乱れがあるものは、この場から外れていただきたい。」
と、秀衡が神妙な顔つきで述べた。
「わらわは、何を思えばよろしいのでしょうか。」
と、巴が聞いたので、
「巴殿には、奥州の平安を願っていただきたい。」
と、秀衡は答えた。
「それでは、始めますぞ。」

秀衡は、祈りの言葉を唱え始めた。祈りは大和言葉だったので、異国の言葉だったらどうしようと内心ハラハラしていた巴も安心した。

祈りの言葉を聞いているうちに、巴は幻想を見ているような気がし始めた。
今まで全く見たことも無い風景が、脳裏に展開されて行った。
自然と巴の眉間にしわが寄り、この見たことも無い風景の正体が何であるかを突き止めようと心を砕いた。

祈りが終わって、巴はずいぶん疲れた気がした。
他の者たちも、皆疲れ切った表情をしていた。

「巴殿、何を見られた?」
と、秀衡が聞いて来た。
「頼朝は、とてもちっぽけな存在でした。しかしその背後に、とても巨大で、何と申しましょうか、恐ろしく危険な者の形が見えました。その者はとても強く、およそ人間の力ではかなわない強さでした。この強い者、支配者は、自分の言いなりでしか生きられない束縛の人生を選ぶ人間を、増やそうとしておりました。」
と、巴は答えた。
「やはり間違いありません。祈りによって、三名が同じものを見たのです。何か邪で巨大な力が頼朝を操っております。」
と、国衡は思わず叫んだ。
「三名と申しますと?」
と、巴が不審に思うと、
「あ、父と、私と、巴殿です。」
と、国衡が答えた。
「私もぼんやりと何かが見えたのですが、巴殿のようにはっきりとは...」
と、忠衡が悔しそうにやや言葉を濁した。

泰衡が憂鬱そうにしていた理由が分かった。泰衡は次期当主でありながら、祈祷の成果が得られないのだ。

「日本の危機であるな...」
秀衡が、何かを覚悟したように天井の方を見上げた。
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