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失踪6日目
11話
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先程1階で感じた視線がなんだったのか、滝田の話を聞くとなんだかその正体が想像出来てしまいそうで、坂上は考えに蓋をした。
そして気持ちを切り替えようと部屋の中を移動して、入り口の対角にある掃き出し窓へと近付く。ベランダを通じて隣の部屋に繋がっているらしい。件のカーテンはレールから外れて床に落ちてしまっている。
部屋の空気を入れ替えようと、坂上が窓に近付いて外を見ると、そこに自分の通う高校の制服を着た女子を見付ける。背格好や髪型に見覚えがあるそれが誰か、可能性が思い付いた瞬間、名前が口を衝いて出ていた。
「奈々恵!?」
「なんだって!?」
「っ!そこ退いて!」
「きゃっ!」
窓を開けようとした坂上を押し除けて、加藤が前に出る。しかしその瞬間後ろから扉の閉まる大きな音が聞こえた。
「今度はなんだ!」
「襖が閉まった!?」
「ちょっと!どこに居んの!?」
「それどころじゃ!」
坂上に掴み掛かる加藤。滝田はすぐに襖へと向かい、取手に手を掛ける。
「開かないぞ!?」
それを聞いて坂上は目の前の窓の鍵を開ける。しかし鍵を開けても扉がスライドしない。
「こっちも開かない!」
「退いて!」
再び押し除けられる坂上。しかし加藤がやっても窓は開かない。
「くそ!どうする!?」
「ちょっと」
「こんな窓叩き割れば」
「ねえ」
「待て!それならこの襖の方が!」
「ちょっと静かにして!」
加藤と滝田は坂上が叫んだことで黙る。坂上は静かになった室内で耳を欹てた。
「これ、なんの音?」
坂上に言われて2人も集中する。するとどこからか小さな物音が聞こえる。ガリガリと、なにかを削るような音が。
「なんだこれ」
「隣の部屋から聞こえる?」
「おい、嘘だろ?」
滝田の目が見開く。ガリガリガリガリ、と。連続して聞こえるその音は、必死になにかを掻き毟るような。
全員が耳の神経に集中していたその時、突然全員のスマホから剣闘士の入場が流れる。
「ひゃっ!」
「なんだ!?」
「っ!」
極限の状態で1番聞きたくない曲が流れ、動けなくなる坂上。しかし他の2人はすぐにスマホを取り出してアプリを開く。
「ラッキーピエロ!?なんで今!?」
「おかしい、更新してない。時間も更新時間じゃない」
「どういうことだこりゃ」
すぐにアプリを閉じて音を止めた2人だが、坂上のスマホだけ音楽が鳴り続ける。
「ちょっと、あんたまたなの?」
「道化恐怖症なんだろ。そのぐらいの年で、この辺の子ならおかしくない」
加藤が坂上の鞄を勝手に開けて、中からスマホを取り出す。その頃になってようやく坂上は正気に戻り、加藤から渡されたスマホを開いて、薄目で操作しアプリを落とした。その時になると隣の部屋から聞こえていた嫌な音が消えていることに気付く。
「とりあえずここを出るぞ」
滝田はそう言うと、襖を蹴破って人が出られる程度の穴を作った。
「おい、なんだこれ」
そして外に出た滝田が廊下側から襖を見て言った。
「鍵?」
「新しいぞ」
襖には掛け金が付けられており、外から鍵が出来るようになっていた。よく見れば隣の部屋も同様に掛け金が付いている。中からならともかく、外から鍵が出来るようにしているとは、なかなかに穏やかじゃない。
「誰かを閉じ込める為?」
「ここに住んでた人は、息子が死んでからずっとひとりだ。自分しか居ない家の中になんで鍵がいるんだ?」
「確かにこれ、新しい」
ようやく復活したらしい坂上も部屋から出て来て、掛け金を見てそう言った。
「まあ良い、出られたし。それよりこっちだ」
滝田は隣の部屋の扉を開くと、真っ暗な室内に入っていく。さっきあんなことがあった直後に、どういう神経をしていればそんなことが出来るのか。坂上は半ば関心しながら、滝田が奥のカーテンをサッと開き、部屋がやや明るくなってから加藤の後ろに引っ付いて中へと入る。そして部屋の中を見た瞬間、今日何度目になるかわからない悲鳴を上げた。
「きゃあああ!」
「安心しろ。ってのも変だけど、これは元からだ」
走り出しそうになる坂上を横目に、滝田は肩を竦めてそう言った。さっきまで居た部屋とここを仕切る壁が、一面血で染まっている。それも良く見ればひとつずつ、縦に長い線の集合体だ。恐る恐るそれを見た坂上は、さっきの音の正体を想像して吐きそうになる。
「晩年、ここの婆さんは狂っちまってたようでな。カーテン締め切った暗い部屋の中で、ずっとこうやって壁を引っ掻いて暮らしてたみたいだ。爪が剥がれても、何度も何度も」
加藤もさっきの音の正体に気付き、顔を顰めている。しばらくその場で沈黙した3人だったが、これ以上なにが起こるでもない様子なので、部屋から出て階段を降りていく。
「結局さっきのはなんだったの?」
「婆さんの霊の仕業なんだろ?それか奈々恵ちゃんか?」
「ふざけないで!」
「怖えな、冗談だろ?」
睨む坂上をニヤニヤしながら見る滝田。先頭を歩いていた加藤は1人、振り返って坂上を見た。
「あんた、本当に足立見たの?」
「顔は見えなかったけど」
「見間違えじゃ無くて?」
誰かが居たのは間違いないが、顔を見ていない以上絶対とは言い切れない。答えない坂上を見て、加藤は苛立たし気に舌打ちし、玄関を開けて外へ出た。
「使えない」
そう言ってすぐに去って行く加藤。滝田はそれを追って行って呼び止めると、坂上の時と同じように名刺を渡していた。
門を出た坂上はどっと疲れたのを感じながら、その場で座り込みたい気持ちを抑えて歩き出す。とりあえず駅前にでも戻ろうかと、坂上は考えながら再度立ち止まって振り返ると、先程まで居た恐ろしい廃墟を見上げる。
言われれば所々破壊された後に、修繕したような部分がある。これらは全て嫌がらせの痕跡なのだろうか。殺人鬼が住んでいた家。迫害を受けた家族が生き続けた家。血で染まった壁。意味深な掛け金。1階で感じたあの視線は?そしてあれは本当に足立だったのか。
色々考えればキリがないが、1番気になるのはやはり、この家の前で足立奈々恵が笑って写真を撮っていた事実だ。
──あの怖がりの奈々恵が、なんで。
その時、坂上の視線が一点で止まる。
「な、んで?」
まだ近くで問答をしていた加藤と滝田が、その独り言を聞き取って振り返る。
「どうした?」
「あれ、おかしい」
滝田に問われ、坂上が2階の窓を指差す。ベランダの奥、外から見て右側の窓。あの血で染まった壁の部屋。その窓のカーテンがしっかりと閉まっていたのだ。
「カーテン、誰も閉めてない」
それはそうだ。閉めれば中が暗くなる。わざわざ閉めていく必要など無いし、実際3人とも閉めていない。
「やっぱりなんか居るんだな」
滝田はジーンズのポケットに手を入れて、煙草を取り出しながら笑う。加藤はしばらく2階を見つめた後、サッと背を向けて去って行った。煙草に火をつけた滝田が、手を振りながら歩き出したのを見て、坂上もようやく固まった足を動かしてその場を後にした。
そして気持ちを切り替えようと部屋の中を移動して、入り口の対角にある掃き出し窓へと近付く。ベランダを通じて隣の部屋に繋がっているらしい。件のカーテンはレールから外れて床に落ちてしまっている。
部屋の空気を入れ替えようと、坂上が窓に近付いて外を見ると、そこに自分の通う高校の制服を着た女子を見付ける。背格好や髪型に見覚えがあるそれが誰か、可能性が思い付いた瞬間、名前が口を衝いて出ていた。
「奈々恵!?」
「なんだって!?」
「っ!そこ退いて!」
「きゃっ!」
窓を開けようとした坂上を押し除けて、加藤が前に出る。しかしその瞬間後ろから扉の閉まる大きな音が聞こえた。
「今度はなんだ!」
「襖が閉まった!?」
「ちょっと!どこに居んの!?」
「それどころじゃ!」
坂上に掴み掛かる加藤。滝田はすぐに襖へと向かい、取手に手を掛ける。
「開かないぞ!?」
それを聞いて坂上は目の前の窓の鍵を開ける。しかし鍵を開けても扉がスライドしない。
「こっちも開かない!」
「退いて!」
再び押し除けられる坂上。しかし加藤がやっても窓は開かない。
「くそ!どうする!?」
「ちょっと」
「こんな窓叩き割れば」
「ねえ」
「待て!それならこの襖の方が!」
「ちょっと静かにして!」
加藤と滝田は坂上が叫んだことで黙る。坂上は静かになった室内で耳を欹てた。
「これ、なんの音?」
坂上に言われて2人も集中する。するとどこからか小さな物音が聞こえる。ガリガリと、なにかを削るような音が。
「なんだこれ」
「隣の部屋から聞こえる?」
「おい、嘘だろ?」
滝田の目が見開く。ガリガリガリガリ、と。連続して聞こえるその音は、必死になにかを掻き毟るような。
全員が耳の神経に集中していたその時、突然全員のスマホから剣闘士の入場が流れる。
「ひゃっ!」
「なんだ!?」
「っ!」
極限の状態で1番聞きたくない曲が流れ、動けなくなる坂上。しかし他の2人はすぐにスマホを取り出してアプリを開く。
「ラッキーピエロ!?なんで今!?」
「おかしい、更新してない。時間も更新時間じゃない」
「どういうことだこりゃ」
すぐにアプリを閉じて音を止めた2人だが、坂上のスマホだけ音楽が鳴り続ける。
「ちょっと、あんたまたなの?」
「道化恐怖症なんだろ。そのぐらいの年で、この辺の子ならおかしくない」
加藤が坂上の鞄を勝手に開けて、中からスマホを取り出す。その頃になってようやく坂上は正気に戻り、加藤から渡されたスマホを開いて、薄目で操作しアプリを落とした。その時になると隣の部屋から聞こえていた嫌な音が消えていることに気付く。
「とりあえずここを出るぞ」
滝田はそう言うと、襖を蹴破って人が出られる程度の穴を作った。
「おい、なんだこれ」
そして外に出た滝田が廊下側から襖を見て言った。
「鍵?」
「新しいぞ」
襖には掛け金が付けられており、外から鍵が出来るようになっていた。よく見れば隣の部屋も同様に掛け金が付いている。中からならともかく、外から鍵が出来るようにしているとは、なかなかに穏やかじゃない。
「誰かを閉じ込める為?」
「ここに住んでた人は、息子が死んでからずっとひとりだ。自分しか居ない家の中になんで鍵がいるんだ?」
「確かにこれ、新しい」
ようやく復活したらしい坂上も部屋から出て来て、掛け金を見てそう言った。
「まあ良い、出られたし。それよりこっちだ」
滝田は隣の部屋の扉を開くと、真っ暗な室内に入っていく。さっきあんなことがあった直後に、どういう神経をしていればそんなことが出来るのか。坂上は半ば関心しながら、滝田が奥のカーテンをサッと開き、部屋がやや明るくなってから加藤の後ろに引っ付いて中へと入る。そして部屋の中を見た瞬間、今日何度目になるかわからない悲鳴を上げた。
「きゃあああ!」
「安心しろ。ってのも変だけど、これは元からだ」
走り出しそうになる坂上を横目に、滝田は肩を竦めてそう言った。さっきまで居た部屋とここを仕切る壁が、一面血で染まっている。それも良く見ればひとつずつ、縦に長い線の集合体だ。恐る恐るそれを見た坂上は、さっきの音の正体を想像して吐きそうになる。
「晩年、ここの婆さんは狂っちまってたようでな。カーテン締め切った暗い部屋の中で、ずっとこうやって壁を引っ掻いて暮らしてたみたいだ。爪が剥がれても、何度も何度も」
加藤もさっきの音の正体に気付き、顔を顰めている。しばらくその場で沈黙した3人だったが、これ以上なにが起こるでもない様子なので、部屋から出て階段を降りていく。
「結局さっきのはなんだったの?」
「婆さんの霊の仕業なんだろ?それか奈々恵ちゃんか?」
「ふざけないで!」
「怖えな、冗談だろ?」
睨む坂上をニヤニヤしながら見る滝田。先頭を歩いていた加藤は1人、振り返って坂上を見た。
「あんた、本当に足立見たの?」
「顔は見えなかったけど」
「見間違えじゃ無くて?」
誰かが居たのは間違いないが、顔を見ていない以上絶対とは言い切れない。答えない坂上を見て、加藤は苛立たし気に舌打ちし、玄関を開けて外へ出た。
「使えない」
そう言ってすぐに去って行く加藤。滝田はそれを追って行って呼び止めると、坂上の時と同じように名刺を渡していた。
門を出た坂上はどっと疲れたのを感じながら、その場で座り込みたい気持ちを抑えて歩き出す。とりあえず駅前にでも戻ろうかと、坂上は考えながら再度立ち止まって振り返ると、先程まで居た恐ろしい廃墟を見上げる。
言われれば所々破壊された後に、修繕したような部分がある。これらは全て嫌がらせの痕跡なのだろうか。殺人鬼が住んでいた家。迫害を受けた家族が生き続けた家。血で染まった壁。意味深な掛け金。1階で感じたあの視線は?そしてあれは本当に足立だったのか。
色々考えればキリがないが、1番気になるのはやはり、この家の前で足立奈々恵が笑って写真を撮っていた事実だ。
──あの怖がりの奈々恵が、なんで。
その時、坂上の視線が一点で止まる。
「な、んで?」
まだ近くで問答をしていた加藤と滝田が、その独り言を聞き取って振り返る。
「どうした?」
「あれ、おかしい」
滝田に問われ、坂上が2階の窓を指差す。ベランダの奥、外から見て右側の窓。あの血で染まった壁の部屋。その窓のカーテンがしっかりと閉まっていたのだ。
「カーテン、誰も閉めてない」
それはそうだ。閉めれば中が暗くなる。わざわざ閉めていく必要など無いし、実際3人とも閉めていない。
「やっぱりなんか居るんだな」
滝田はジーンズのポケットに手を入れて、煙草を取り出しながら笑う。加藤はしばらく2階を見つめた後、サッと背を向けて去って行った。煙草に火をつけた滝田が、手を振りながら歩き出したのを見て、坂上もようやく固まった足を動かしてその場を後にした。
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