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第一章 黎明を喚ぶもの

第三十五話 『理想郷よ花と散れ』

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「ちょこまかしてるのはどっちだよ……っ」

 すぐさま、自身も後を追おうとするアレン。しかし先とは違い、次にポータルに飛び込むことは読まれている。マグナは態度こそ悪いが、つい数秒前にされたことを忘れる鳥頭とは違う。
 しかし、ポータルは棄却されていない。
 これはどういうことか。アレンの中にある『鷹の眼』は、目の前にある渦を罠だと結論していた。
 ポータルのすぐ前でエイムを置かれている。飛び込めば頭蓋を撃ち抜かれて死ぬ。

(どうするか……素直に飛び込むのは自殺行為。だが、みすみす距離を開けられることを許すのも緩慢な自殺と同じだ)

 一秒だけ、思考を巡らせる。
 解答は過去の中にあった。『鷹の眼』が記憶の鍵を開け、思考をそこへ導いてくれる。
 今のアレンはただの元プロゲーマーではない。このいびつなゲーム世界で、多くの死地を経験してきた。
 罠を踏み越えてこそプレイヤーキラーキラー。インベントリを操作して一つのアイテムを取り出し、それをポータルへと投げつけながら、自身もポータルへ飛び込む。

「これは——なんだ!? 布……!?」
「スカートだ。あんたのことだから、ポータルの前で出待ちしてると思ったよ」
「スカート? チィッ、女装癖まであるのかテメェは!」
「それは誤解だ」

 投げつけたのは広げたスカートだ。この世界に転移した時に穿いていたミモレ丈のそれを、マグナが銃を構えているであろう正面へ投げ込んだ。
 賭けではあったが、分は悪くない。アレンがポータルに飛び込んだタイミングからして、マグナもそう離れてはいないだろうし、エイムを置くなら真正面だ。下手にポータルに対して横から射線を通せば、勢いよくポータルから敵が飛び出してきた時、側面への視点移動が大きくなるため当てづらくなる。正面へ向かってくる敵の方が撃ちやすいのは当然の話だ。
 ポータルから現れたアレンに、マグナはスカートの引っかかって見えなくなった照準器から目を離し、感覚で発砲する。それで狙いが定まるわけもなく、弾丸はアレンの金の髪をかすめるだけに留まる。

「捉えたぞ、マグナ!!」

 壁はアレンの側だが、床にもポータルを展開できるかもしれない。ユニークスキルを行使してまた逃れられる前にキングスレイヤーの銃口を跳ね上げる。
 この距離であれば外さない。アレンにはヘッドショットを決められる確信がある。
 勝利を予感し、引き金を絞る直前——マグナはただ一歩、その大きな股で前へ歩いた。

(——。しまった)

 死中に活という言葉がある。
 まず外さない距離——だからこそ。さらにその距離を縮めたことで、逆にマグナは安全を得たのだと理解する。
 幼女になったことで身軽さや当たり判定ヒットボックスの小ささを得たのはいい。しかし、その小さな背丈によって生じた身長差が、ここでは悪い方向へ働いた。
 アレンの背丈でマグナの頭を撃つには、腕を斜めに上げねばならない。二人の背はまさに女子小学生と大男だ。ゆえに、マグナが一歩近づくだけで、頭を撃ち抜くはずの射線は単なる胴撃ちへと変貌する。

「————ッ」

 鋭い銃声とともに、キングスレイヤーが弾丸を吐き出す。
 頭を穿つはずの一発は、厚い胸板に着弾した。マグナは痛みのにじむくぐもったうめき声を上げるも、それだけだ。
 ひるみもせず重い銃を持ち上げ、長い銃身をまるで槍かなにかのように伸ばす。
 冷たい銃口が、息が触れるほどすぐ近くで、アレンの眼前に突きつけられた。
 接射。取り回しの悪く近距離で使うことを想定していないスナイパーライフルであろうとも、これなら外れることはない。的の方が大きければ。

「あばよ、戦友」

 ダメージブーストの自傷によってアレンのHPは残り四割。さっき、胴撃ちの命中でアレンのHPは六割減った。となれば、胴体でも耐えられないダメージをヘッドショットで耐える道理などあるはずがない。
 回避も絶対的に不可能。ユニークスキルの爆弾を出すよりも、彼がトリガーを引くほうが早い。
 確実に死ぬ。
 突きつけられる銃口の暗い穴に絶望する。

(どうすれば……どうすればいい?)

 手はないかと刹那を引き伸ばして思考するアレンだったが、この状況は完全に詰んでいた。『どうにもならない』という結論ばかりが鷹の眼によって出力され、そうであっても諦めきれないと再度考え、考え、考え、やがて無慈悲な弾丸が銃身から長い螺旋を通ってアレンの額に撃ち放たれた。

「がッ——」

 額をハンマーで殴り飛ばされたような衝撃とともに、意識が消えかかる。
 HPバーが減少を始める。きっと、ゼロになるまで止まりはしないだろう。
 痛みがやってくるより先にこの目を閉じれば、痛い思いをしないで済むだろうか?
 誘惑が袖を引く。敗北の悔恨も忘れて気を失ってしまえばいい。そうすれば、なにも感じずにこのまま終われる。どうせ死んでしまうのだから、消えてしまうのだから、最期まで苦しい思いで終わるのは嫌だ。

——あの高慢ちきな気取り屋をぶっ倒したら、すぐに助けに戻る。それまで待っててくれ。
——ふふ……はい、待ってますね。約束ですよ。

 目を閉じたいのはやまやまだったが、そういえば約束を交わしたのだった。
 ミカンを待たせていると、今さらのようにアレンは思い出す。このまま死ねば約束を守れなくなってしまう。
 それは駄目だ。
 左手の指先で、なにかが弾けた。

「————マグナああああァァァッッ!!」
「なに……ッ!? 耐えた!? バカなッ、そんなはずが——!」

 両足に活を入れ、倒れそうな体を強引に踏みとどまらせる。
 閉じかけた目を、確かな意志で強く見開く。
 頭蓋を木端微塵に砕く激痛。脳が熱い。反面、首から下は冷えている。凍えるような悪寒は、この意識は錯覚で、自分は本当は死の静寂の中に沈んでしまっているのではないかと思わせる。
 しかし。視界の端に、アレンの生存の証明はなされていた。
 HPバーがわずかに……よくよく見なければ気づかないほど、1割にも満たないごくわずかな分だけ残っている。
 なにが起こったのか、アレンにはわからない。ゲームシステムに奇跡など起こり得ない。だから、自分が生き残ったのにはなにか理由があるはずだったが、それを考えるのは後にした。

 実際のところ、アレンを救ったのはミカンから譲り受けた指輪だった。
 カズラのユニークスキルによって付与された特殊効果——
 自身の最大HPを超える、即死級の攻撃を一度だけ肩代わりする。ヘッドショットのダメージを肩代わりした翠緑の指輪は、耐久値の限界によって砕け散った。
 胴体への射撃であれば発動はしなかったはずだ。残存HPを超過するダメージでアレンは死ぬが、HPの上限を超えるほどのダメージ量ではない。マグナがわざわざ額に接射をしたことが、その特殊効果のトリガーを引いてしまったと言える。
 だが——アレンがモンスター相手に頭を撃って苦戦していたように。可能な限りヘッドショットを狙うのは多くの熟達したFPSプレイヤーにとって当然のことだ。
 それを思えば、1%でも勝率が上がればとミカンが渡した指輪が功を奏したのは、ある種の必然なのかもしれない。

「チィッ——幕切れか」

 王殺しキングスレイヤーの銃口がマグナに向く。
 野望を打ち砕く一発が、鋭い銃声とともに放たれる。
 自らの頭を撃ち抜き、残ったHPのすべてを刈り取る弾丸を、マグナは悔しげな笑みで迎え入れた。
 背中から地面に倒れ込む。その体の末端から、徐々に輝く粒子が立ち昇り始める。
 ゲームオーバー。<エカルラート>の首魁はここに、プレイヤーキラーキラー・アレンによって倒された。ギルドマスターを失ったことで、<エカルラート>は自動的に解散となる。
 転移者プレイヤーたちを脅かす組織の崩壊だ。多くの人々が胸をなでおろす、喜ばしい出来事。そのはずなのに——

「ハッ、泣きそうな顔すんなよ。アレンとやり合うのは楽しかったぜ」
「そんな顔、してない」
「強がるな。まァ、悔いはあるがな……この理想郷を支配する夢はここで終わり……いや、これも今思えば代替の野望だったのかもなァ」

 代替の野望。そんなこと、アレンにはとっくにわかっていた。
 なぜなら、<Determiデタミネnationーション>のメンバーは全員、同じ願いを抱いていたはずなのだ。

「クソッ、ジークのやつに悪態ついたツケか? この死ぬまでの猶予をオレが味わうことになるとは」
「……マグナ……さん」

 意志を持った人間も、死体になれば意識のない、腐敗へ向かう単なる物体だ。
 だからこのキメラにおいても、ゲームオーバーになった転移者プレイヤーは、耐久値の限界を迎えたアイテムと同様の消え方をするのかもしれない。少しずつその輪郭を崩し、光となって、空気に溶けるようにして消えていく。

「ま、そうだな。大したこたァ言えねえが、伝えるべきことがあるとすれば……そうだ。地下で見た時にオレも驚いたんだが、お前のその見た目、オレは以前——」
「……?」

 なにかを言いかけ、思い直したかのように言葉を区切る。

「——いや。時間もねェんだ、どうせなら助言をするべきか。オレに勝って、なおかつオレと同じにはならねェって啖呵切ったテメェに。一つだけ、年長者からアドバイスだ」
「アドバイス? 家族への遺言とかあるなら、聞いておくけど……」
「いいよそういうのは。好き勝手やったんだ、大人しく消えるのがお似合いだ。いいかアレン、お前、このキメラの最終目標は覚えてるか?」
「最終……あ、白い部屋から広場に転移した時、初めに出たメッセージ」

——ゲームクリア条件:転移者プレイヤー一名の1000000SP到達。
 その途方もなさから、意識の外にあった目標だ。

「要するに、これはバトロワだ。多くSPを保有する主要な転移者プレイヤーの中で殺し合って、誰が生き残るか……そういう場所なんだよキメラは」
「バトルロイヤル、ってことか? 唐突になにを」
「唐突じゃねェさ、ランキング機能もそのためだ。おそらく、視認でのID表示もな」

 ランキングによって誰がSPを多く持っているかを把握し、奪い取る。前提として、PKを想定した造りになっている——
 言われてみれば、プレイヤーキラーキラーであるアレンにはひどく納得感があった。

「アレン、お前が勝て」
「え?」
「ほかの転移者プレイヤーを倒して、ドン勝つゆうしょうしろ。なにも捨てられない半端なお前が選べるのは、これ以外にない——」

 プレイヤーキラーキラー。自身の証明のためと嘯きながらも、悪に堕ちたプレイヤーキラーのみ狩る、どっち付かずの殺人者。振り切れない半端者。
 そのあり方を是とするのなら。過渡期を終えつつあり、多くのギルドが合併や吸収を果たしていくキメラで、個人のプレイヤーキラーキラーとして動くのが難しくなっていくであろうこれからのアレンは——
 さらなる実力の証明のために。そしてミカンが信じた、殺人をも厭わぬプレイヤーキラーたちから、罪のない転移者プレイヤーたちを守る善性のために。

「——だが、お前はその半端を貫け。それがオレとは違う、お前の道だ」

 このキメラを、エンディングに導くべきなのかもしれない。
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