不死殺しのイドラ

彗星無視

文字の大きさ
上 下
107 / 163
第2部1章 躍る大王たち

第104話 『補えぬもの』

しおりを挟む
「そのギフトはもう、使っちゃだめです……!」
「そんなこと言ってる場合か! 早くしないと、トウヤが!」
「これ以上使ったら、本当にイドラさんが死んじゃいます! 今度こそ、イドラさんが起きなくなったら、わたし……」
「そんなのわからないだろ! まだ助かるかもしれないのに……!」

 イドラの言葉に、悲痛に表情を歪ませる。
 ソニアとて助けられるのなら助けたい。けれど——

「お願いです、やめてください……っ。次にあの能力を使って、イドラさんが死なない保証はありません!」
「——っ、でも……!」

 目に涙を浮かべて懇願するソニア。イドラはその手を振りほどこうとするのに、どうしても抵抗感が湧き出てしまう。
 しかし、コンペンセイターを使えるのはイドラだけだ。
 自分がやらねばならない。断固たるその意思で、縋りつく細い手を振りほどこうとする。

「イドラ」

 その刹那、肩に手を置かれ、イドラは振り向く。

「もういい」
「カナヒト……」

 カナヒトは、戦いの直前に見せたのと同じような、悲しげな眼差しでイドラを見つめていた。
 深く傷つき、悲しみに揺れる——それでいてどこか優しい眼差し。

「カナヒトまで僕を止めるのか。僕なら大丈夫だ、死ぬと決まったわけじゃない! また昏睡で済むかもしれないだろ……!」
「だから、もういいんだよ」
「なんでだ! リスクがあるのはわかってる、でも、トウヤは今処置しないと——」
「手遅れだからだ」

 端的で、しかし重みを伴った一言。
 思わずイドラは言葉を止め、今一度、倒れるトウヤの方を見た。
 ……そばで泣きじゃくるセリカ。トウヤの流血は止まり、その胸の穴からは向こう側がわずかに透けている。

「あいつは……灯也はもう、死んだ」

 それはもうトウヤではなく、一個の死体だった。
 心臓を貫かれ、完全に破壊されている。蘇生のすべなく、『補整』の余地なく、即死だったろう。

「死を覆すギフトなんざありはしない。むしろ、半端にお前のギフトが通じる方がヤバい。コストだけ支払わされてみろ、それこそ最悪以下の最悪だ。言ってることがわかるな?」
「それ、は……」

 コストだけ——つまり、代償だけ。
 死とは、ある意味で生命の完結だ。世に産まれ、生という過程を経てたどり着く終着点。
 そこに補整する欠落などありはしない。死とは無欠であり、完全なのだ。
 だというのに補整を試みれば、死を覆せぬまま、相応の『代償』だけ払わされるということも考えられる。
 イドラは手の中の赤い短剣が、どくんと拍動するような錯覚を覚える。
 単に不発に終わればまだいい。だが蘇生を試みる代償として、死と釣り合うだけのものを払わされれば——
 まず間違いなく、死体が二つになる。
『片月』のリーダーとして、カナヒトが許可を出すわけがなかった。

「……こんなのって、ないだろ」

 イドラは脱力し、その場に立ち尽くす。コンペンセイターを使おうとしなくなり、ソニアも縋りつくのをやめた。
 イドラとトウヤは打ち解けかけていた。
『ネガティヴ☆ナタデココ』という共通の話題もあったし、性格的にも合うところがあった。
 正式にチーム『片月』に入り、イドラは、これからカナヒトやセリカ、トウヤとも親密になっていくと——そう、思っていた。
 思っていたのに。

「続きのディスク、渡してくれるんじゃなかったのか……!」

 やるせなさが押し寄せる。思い出したかのように、疲労が肩にのしかかる。
 つぶれるように膝をついてしまいたかった。そうしないのは、再び立ち上がる気力が残っていないとわかっているからだった。
——クイーンをもっと早くに片付けていれば。
——後方の二人にも気を配れていれば。
 どれだけイドラが悔やんでも、取り返しがつくことなどない。
 ここは現実。万彩灯也という人間は、もうなにをしても戻らない。
 ふとイドラは、周囲のチームも戦闘を終えていることに気が付いた。音が止んでいる。
 アンゴルモアの大規模な群れは、すべてが一掃されたようだ。

「——」

 しかし窪地のふちから辺りを見渡してみると、勝利の喜びに沸き立つ者など皆無だった。
 誰もが、天か地へと顔を向けていた。
 悔やむように下を見るか、天を仰ぐように上を見るか。
 セリカのように座り込んで泣きじゃくる者もちらほらといる。

「ぅ……ぁ、っ……」

 チーム鳴箭めいせんの、あのイドラたちをからかってきた茶髪の少女も、誰かの杖を抱いて、どこか呆然としながらはらはらと涙を流している。
——よくて、八割ってとこか。
 戦闘前のカナヒトの言葉が、イドラの耳奥で反響する。
 カナヒトの見立て通り、全体でおおよそ二割の人員が死亡した。
 あれだけの数のアンゴルモアとぶつかれば、犠牲が出るのは避けられないとカナヒトにはわかっていたのだろう。むしろ、もっと大勢が戦死する可能性も十分あった。

「こちら奏人。灯也が戦死KIA。あぁ、コピーギフトは回収する」

 カナヒトはコミュニケーターに片手を当て、通信をしつつ、トウヤの死体のそばにあるコピーギフト——単色天弓を拾い上げた。
 その様子を見て、イドラは思わずといった風に訊く。

「遺体は……」
「持ち帰れん。ここに埋めていく」
「そんな——」

——遺体よりも、コピーギフトの方を優先するのか。
 イドラの顔には、そんな問いがありありと浮かんでいたのだろう。
 カナヒトはイドラの表情を見て、重く、重くうなずく。

「これが、俺たちの仕事なんだよ」

 優先するのだ。物言わぬ亡骸よりも、終末の使者を退けるわずかな希望を。
 カナヒトは北の方角を振り返りながら、続けた。

「北壁まであと少し。作戦は続行中。だったら生存者は、先へ進む義務がある」

 前を向く態度と発せられる言葉には、鋼じみた屈強な決意のみが表れる。
 もっともその瞳にだけは、また別の感情が浮かんでいるようでもあった。しかし彼はそれをチームの仲間には見せなかった。

「芹香、そろそろ立て。埋葬を終えて、すぐ出発だ」
「リーダー……」

 カナヒトに声をかけられ、セリカは憔悴した顔を向ける。目は真っ赤で、涙はまだ止まっておらず頬を濡らし続けていた。

「待って……今っ……今、お別れするから」
「……少し待つ」

 セリカは小さな声で、トウヤの遺体に話しかけた。距離を取っていたので、イドラにその内容までは聞こえてこなかったが、震える肩と背中から、また泣いているのは見て取れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【R18】異世界なら彼女の母親とラブラブでもいいよね!

SoftCareer
ファンタジー
幼なじみの彼女の母親と二人っきりで、期せずして異世界に飛ばされてしまった主人公が、 帰還の方法を模索しながら、その母親や異世界の人達との絆を深めていくというストーリーです。 性的描写のガイドラインに抵触してカクヨムから、R-18のミッドナイトノベルズに引っ越して、 お陰様で好評をいただきましたので、こちらにもお世話になれればとやって参りました。 (こちらとミッドナイトノベルズでの同時掲載です)

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

処理中です...