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第2章 鮮烈なるイモータル
第15話 不死殺しと不死憑き
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その集落に着いたのは、平野を吹く風が徐々に昼間のぽかぽかとした陽気を孕み、暖かさを通り越して暑さを覚え始めた頃だった。
シスター・オルファの凶行により、流浪の旅人であったウラシマが殺されて三年。当初ウラシマに同行するつもりだった旅を、イドラは一人で行ってきた。彼女の真意を探るため——あの日躊躇した後悔を取り戻すかのように、イモータルを狩りながら。
そんな中、プレベ山のそばの集落に、一年ほど前にイモータルが現れたと偶然にも情報を聞きつけた。
山を越えて少し歩けば、生まれ育った村がある。三年前、失意に背を押されて出立したあの日から、一度も顔を見せていないあの村が。
明確な行き先があるわけでもない旅だ。イドラのいたメドイン村は大陸の南端だが、正反対の大陸北部にまで足を運んだこともある。なので、意図せず往復するような形で地元のそばにまでやってきたが、しかしイドラに帰郷のつもりはない。
まだ帰れない。ここであの家に帰れば、きっともう遠くに出ようだなどとは思えなくなる。
(……それのなにが、いけないんだろう)
帰りたい、とさえ思う気持ちもある。
外の世界を見たいという憧憬は叶った。それとも裏切られた、と言うべきかもしれない。イドラが思うほど村の外は色鮮やかではなく、どこへ行っても孤独感に満ちていた。綺麗なものなどひとつもなかった。
その原因は外ではなく、自身の内の方にあるのだとわかってはいたが、どうしようもない。
ウラシマのことを尊敬していた。心の底から憧れていた。ひょっとすると、抱いた感情の中には拙い恋心さえあったかもしれない。
そのすべてが、色づく機会を失った。
だったらもう、こんな意味のない旅はやめてしまえばいい——
そう頭の中で自分の声が響く。
(なにを、今さら。こんなところでやめていいはずがない。たとえ、この旅で得るものがなにもなくたって)
ウラシマの目的を読み解けず、雲の上に行けと記したあのメッセージの意図もわからずじまいだとしても。イモータルを狩り続けることをやめていいはずがない。
それがマイナスナイフ——世界で唯一、イモータルを殺すことのできるギフトを持つ者の責務のはずだ。
「そうとも……イモータルを殺す。それがこのギフトを授かり、そして先生を守れなかった僕の務めだ」
イモータルを殺す。あの災害を、白と金の怪物を仕留めなければならない。
背負う刀と、手首のブレスレット。二つの形見に改めて誓い、知らずプレベ山に向いていた視線を戻す。山嶺に雪はなかった。
前を向き直すと、視界には広がる平野と、そこに点々と建てられた家々があった。それからその奥には、急峻な岩壁を向ける小高い山。
どこを見ても視界に山が映るような有り様だが、このランスポ大陸は大陸の中心から広がるようにいくつも山が連なっており、どこもかしこも山がちだ。今となっては特別驚くことでもない。旅をする上でも、何度も苦労させられた。
「旅人さん? こんななんにもない場所に珍しいねえ」
と、どこから当たったものかと考えていたイドラは、不意に横合いから声を掛けられて振り向く。
そこにはにこにことした、人当たりのいい笑顔を浮かべた老婆が立っていた。腰は曲がり背も低く、イドラのことを細い目で見上げている。
ちょうどいい、こちらから民家を訪ねたりする手間が省けた。早速訊いてみよう、とイドラは向き直るとぺこりと頭を下げて挨拶する。
「初めまして。はい、旅の途中、気になる噂を耳にして立ち寄った次第です」
「あら、ご丁寧にどうもお。……噂?」
「たまたま聞いた話なのですが。なんでも、一年ほど前にここでイモータルが出没したとか——」
「あ、ああ。そういうのは、よそでしてもらえる?」
「えっ」
イモータルの語を出した瞬間、老婆はさっと顔を伏せる。早々に質問の腰を折られ面食らうイドラをよそに、そそくさとそのまま立ち去っていってしまった。
「……どういうことだ?」
あまりに釈然としない。
イドラは気を取り直し、周囲を見渡すと、農作業をしに行く途中と思しい鍬を担いだ中年の男性を見つけて呼び止めた。
「あのう、すみません。一年前にここでイモータルが現れたという話を聞いたのですが」
「あ……!? なんだお前、いきなり。どこかへ行け!」
「待ってください。お話だけでも」
「うるさいっ。俺は今から畑に行くんだ、見てわかんねえのか!」
男性はひどい剣幕で怒鳴ると、早足に歩いていく。その背をまた無理に呼び止めようものなら、担いだ鍬で殴られでもしそうな雰囲気だ。イドラは、またしても釈然としないものを抱えつつ閉口した。
結論から述べると、イモータルの話題はこの村では禁句らしかった。
イドラはその後も何人に話しかけてみたものの、まともに取り合ってくれた者は誰一人としていなかった。
——よく知らない。ほかを当たってくれ。
——やめろ。その話はしたくない。
返ってくるのはそんな拒絶や、はぐらかす答えばかり。露骨に暴力的な態度を取って、話題を無理やり終わらせようとする者もいた。
明らかになにかある。なにも裏がないのなら、そんな隠すような言動はしなくていいはずだ。ここに住む人たちはなにかを隠している。そう確信したイドラは、両手の指の本数ほどと問答をしたあと、大きな声で周囲に呼びかけた。
「これじゃあ埒が明かない。村長のところに案内してくれ!」
「うちにそういうのはいない。この集落は全員が対等で、平等の場所だ」
「なんだって? それなら……」
「だいたいあなた、なんなのよ! いきなりやってきて色々嗅ぎまわって、怪しいったらありゃしない!」
軒下から甲高い声で叫ぶ婦人。イドラは、それもそうかもしれないな、と謙虚に受け止めた。
確かに、自己紹介くらいは先にするべきだったかもしれない。
「僕はイドラ。旅をしながらイモータルを狩っている者だ。言った通り、ここにも一年ほど前にイモータルが現れたっていうから、葬送できてるなら処理するし、できてないなら付近を探ってみようと思って来た」
「イドラ……」
「もしかしてあの、不死殺しの——」
「本当にいたのか!」
どうやらこんな場所にもイドラの名は届いているらしい。まばらな人だかりに、波のようなざわめきが伝播する。
知られているのは驚きだったが、三年もこんなことをしていればそれも当然かもしれない。協会の行う葬送ではなく、本当の意味でイモータルを殺し、消滅させられるのはイドラのマイナスナイフをおいてほかにないのだから。
「そうだ。イモータルがいるなら、案内してほしい」
「イモータルがいれば、殺してくれるんだな? 不死殺しのイドラ」
「もちろん、それが僕の責務だ。もっとも、急を要する状態でなければ、雨を待ったり準備を整えてからになることもあるけれど」
「不死殺しが来たならいいじゃない、殺してもらいましょうよ!」
「そうだな。すぐ来てくれ、こっちだ」
「——? あ、ちょっと」
ついてこい、と目配せをして、男が歩き出す。置いて行かれないよう、慌ててイドラも後に続くと、そのやや後ろからほかの住人もつかず離れずで追ってきた。まるで監視されてるみたいだ、と心中でぼやきながらイドラは案内されるままに進むと、やがて集落の奥にあった山の岩壁が近づいてくる。
灰色の壁。ごつごつとした岩肌が、昼の陽光を受けて白く輝く。そのふもとには、一見してわかりづらかったが、石の戸が取り付けられていた。
(これは……岩壁をくりぬいて、洞窟を掘ったって感じか? それか天然のものを利用したのか)
重い音を響かせ、男は岩屋の戸を横に押し開く。中はそう広くないらしく、差し込む光はすぐに壁面を照らし出した。
ここにイモータルが? イドラは目を凝らす。
せいぜい三畳ほどの、石に囲まれ圧迫感に満ちた空間。奥の壁に、なにかが——
「————。なんだ、これは?」
その『なにか』の正体を見咎めた瞬間、胃の奥に氷の塊を落とし込まれたような冷たさが広がる。見紛うほどの暗さではない。
人だ。壁のそばには、まだ十代の前半くらいの小さな少女がいて、その四肢を鎖につながれている。
「『不死憑き』。見ればわかるだろう、この髪。イモータルに憑かれてるんだよ、この娘は!」
「どうしたものか困ってたけど、不死殺しさまが来てくれたのなら安心だ。なんせイモータルを殺し続けてきた人なんだからな」
「イモー……タル?」
少女を見つめる。そうして真っ先に目に飛び込んできたのは、雪のように鮮烈な白だった。
腰辺りまである長い髪は、多少光が入ろうが薄暗い暗闇の中でもわかるほど、不自然なほどに真っ白い。あの不死の怪物どもと同じ色。
不死憑きと呼ばれたその少女は、薄い簡素な服を着て、手と足を壁から伸びる鎖に繋がれながらも、首をわずかに動かしてイドラたちの方を見た。
目が合う。橙色の、ひどく虚ろな瞳だった。その乾いた目の表面にわずかな感情がよぎり、少女は小さく体を震わせた。
怯えている。不死殺しと呼ばれたイドラに。
「この子は、どうして」
「一年前いきなりいなくなって、ふらりと戻ってきたと思えばこれだ。どこかで『憑かれた』んだよ。今はまだ落ち着いてるが、夜になると叫んで騒ぎ出す。たまに様子を見に来るとわけのわからないことをぶつぶつ呟いてる日だってある。……もうまともじゃないんだよ」
だから、殺せと。男は横目に、言外の意味を含ませながら不死殺しへと視線を投げかける。
「イモータルをわざわざ探して、殺しにきてくれたんでしょ? 助かるわ」
「元はここの子だもの。こっちで手にかけるっていうのも、ねぇ?」
「そうねえ。よかったわ、不死殺しさまが来てくださって」
さっきまでの態度はどこへやら、背後の者らは、イドラのことを敬うような声色で囁きあう。
不死憑きと呼ばれた少女は、微動だにしない。浮かんだ怯えも消え、ただ虚ろで、莫大な絶望を受け入れたかのごとき無表情があるだけだ。
集落の者らがイドラに求める役割は明らかだ。不死に憑かれたという少女と、不死殺し。考えるまでもない。
だからこそ理解に苦しんだ。
「お前たちは……」
本当に、心の底からイドラには疑問だった。
自由と尊厳を奪う、手足の錠につながれた鎖。衰弱が明らかな細い体。乱れた髪。虚ろな表情。目。
どうやってもそれは、幼い少女を劣悪な環境に監禁し、苛烈な仕打ちを与え続けているようにしか見えない。必要以上の苦痛を押し付けているようにしか捉えられない。一体どれだけの理由があったとしても、道理があったとしても、許されるべきことではない。その、はずだ。
そこまでしたうえで、さらに、イドラに強いる。明確な言葉にせずとも、彼女に対する最大の暴力を。
「お前たちは、この子が、イモータルに見えるのか?」
後ろの全員を睨みつけながら、イドラは問う。すると集落の者たちは、どこかきまりが悪そうに、目をそらしたり軽くうつむく。
はっきりした。この許されざる暴行はすべて、緩やかな総意によって成り立っている。
イモータルに似た髪色の少女。なにがあったのか、それを許容できず、さりとて殺すこともできず、ひたすらにこの岩屋に閉じ込めた。蓋をして、見えないようにして、生活の中から隔離した。
集団からあぶれた存在を『いないもの』とする。それが、個々人がもっとも責任を負わなくてよくなる、明言なくして定められた全体の意思だった。
ある意味で悪意よりもおぞましい、主体性を喪失した排斥。それを一年も続け、都合よくあぶれ者を殺してくれそうな人間が来たので、責任や罪悪感を背負う部分だけ押し付けようとしている。
「なんだよ……早くやれよ! もたもたするな!」
「そうよ、イモータルを殺しに来たんでしょ! とっととやりなさいよ不死殺し!」
「その背中の剣はお飾りか!」
身を凍らせるようなおぞましさは、癇声を浴びるうち、次第に怒りへと変化していった。
「ふざけるなッ! この子のどこがイモータルなんだよッ!!」
口々と急かしてくる周囲に、イドラも感情のまま怒鳴り返す。すると者どもは途端に声を失う。
確かに少女の髪は白い。肌も、通常よりも白いように見える。
だがそれだけだ。言動は知らないが、ともかく——大前提として、イモータルは人の形をしていない。
「小さな子を、こんな狭い場所に……手足までつないで! お前たちはそれでも人間か!」
イモータルとは怪物の名だ。殺しても死なず、人間を襲う白と金の災害。
断じて、少女ではない。あの日イドラが殺すことをためらい、それから何十も殺してきた化け物は、今こうして鎖につながれた少女とは絶対に違う。三年の経験のすべてが、目の前の不死を否定している。
「……だったら、お前がなんとかすればいいだろ」
誰かがぽつりと漏らす。
「ああ、言われなくともそうしてやる。これ以上こんな仕打ちをさせるくらいなら、僕が連れていく。安全な村や町まで」
イドラがそう言い放つと、集落の者らは当惑した顔でそれぞれ顔を見合わせ、どうしたものかと押し黙る。その遅々とした反応に舌打ちしたくなるのを抑えながら、イドラは重ねて言い捨てた。
「早く鎖を外せ。こんな集落、今すぐ出てってやる」
シスター・オルファの凶行により、流浪の旅人であったウラシマが殺されて三年。当初ウラシマに同行するつもりだった旅を、イドラは一人で行ってきた。彼女の真意を探るため——あの日躊躇した後悔を取り戻すかのように、イモータルを狩りながら。
そんな中、プレベ山のそばの集落に、一年ほど前にイモータルが現れたと偶然にも情報を聞きつけた。
山を越えて少し歩けば、生まれ育った村がある。三年前、失意に背を押されて出立したあの日から、一度も顔を見せていないあの村が。
明確な行き先があるわけでもない旅だ。イドラのいたメドイン村は大陸の南端だが、正反対の大陸北部にまで足を運んだこともある。なので、意図せず往復するような形で地元のそばにまでやってきたが、しかしイドラに帰郷のつもりはない。
まだ帰れない。ここであの家に帰れば、きっともう遠くに出ようだなどとは思えなくなる。
(……それのなにが、いけないんだろう)
帰りたい、とさえ思う気持ちもある。
外の世界を見たいという憧憬は叶った。それとも裏切られた、と言うべきかもしれない。イドラが思うほど村の外は色鮮やかではなく、どこへ行っても孤独感に満ちていた。綺麗なものなどひとつもなかった。
その原因は外ではなく、自身の内の方にあるのだとわかってはいたが、どうしようもない。
ウラシマのことを尊敬していた。心の底から憧れていた。ひょっとすると、抱いた感情の中には拙い恋心さえあったかもしれない。
そのすべてが、色づく機会を失った。
だったらもう、こんな意味のない旅はやめてしまえばいい——
そう頭の中で自分の声が響く。
(なにを、今さら。こんなところでやめていいはずがない。たとえ、この旅で得るものがなにもなくたって)
ウラシマの目的を読み解けず、雲の上に行けと記したあのメッセージの意図もわからずじまいだとしても。イモータルを狩り続けることをやめていいはずがない。
それがマイナスナイフ——世界で唯一、イモータルを殺すことのできるギフトを持つ者の責務のはずだ。
「そうとも……イモータルを殺す。それがこのギフトを授かり、そして先生を守れなかった僕の務めだ」
イモータルを殺す。あの災害を、白と金の怪物を仕留めなければならない。
背負う刀と、手首のブレスレット。二つの形見に改めて誓い、知らずプレベ山に向いていた視線を戻す。山嶺に雪はなかった。
前を向き直すと、視界には広がる平野と、そこに点々と建てられた家々があった。それからその奥には、急峻な岩壁を向ける小高い山。
どこを見ても視界に山が映るような有り様だが、このランスポ大陸は大陸の中心から広がるようにいくつも山が連なっており、どこもかしこも山がちだ。今となっては特別驚くことでもない。旅をする上でも、何度も苦労させられた。
「旅人さん? こんななんにもない場所に珍しいねえ」
と、どこから当たったものかと考えていたイドラは、不意に横合いから声を掛けられて振り向く。
そこにはにこにことした、人当たりのいい笑顔を浮かべた老婆が立っていた。腰は曲がり背も低く、イドラのことを細い目で見上げている。
ちょうどいい、こちらから民家を訪ねたりする手間が省けた。早速訊いてみよう、とイドラは向き直るとぺこりと頭を下げて挨拶する。
「初めまして。はい、旅の途中、気になる噂を耳にして立ち寄った次第です」
「あら、ご丁寧にどうもお。……噂?」
「たまたま聞いた話なのですが。なんでも、一年ほど前にここでイモータルが出没したとか——」
「あ、ああ。そういうのは、よそでしてもらえる?」
「えっ」
イモータルの語を出した瞬間、老婆はさっと顔を伏せる。早々に質問の腰を折られ面食らうイドラをよそに、そそくさとそのまま立ち去っていってしまった。
「……どういうことだ?」
あまりに釈然としない。
イドラは気を取り直し、周囲を見渡すと、農作業をしに行く途中と思しい鍬を担いだ中年の男性を見つけて呼び止めた。
「あのう、すみません。一年前にここでイモータルが現れたという話を聞いたのですが」
「あ……!? なんだお前、いきなり。どこかへ行け!」
「待ってください。お話だけでも」
「うるさいっ。俺は今から畑に行くんだ、見てわかんねえのか!」
男性はひどい剣幕で怒鳴ると、早足に歩いていく。その背をまた無理に呼び止めようものなら、担いだ鍬で殴られでもしそうな雰囲気だ。イドラは、またしても釈然としないものを抱えつつ閉口した。
結論から述べると、イモータルの話題はこの村では禁句らしかった。
イドラはその後も何人に話しかけてみたものの、まともに取り合ってくれた者は誰一人としていなかった。
——よく知らない。ほかを当たってくれ。
——やめろ。その話はしたくない。
返ってくるのはそんな拒絶や、はぐらかす答えばかり。露骨に暴力的な態度を取って、話題を無理やり終わらせようとする者もいた。
明らかになにかある。なにも裏がないのなら、そんな隠すような言動はしなくていいはずだ。ここに住む人たちはなにかを隠している。そう確信したイドラは、両手の指の本数ほどと問答をしたあと、大きな声で周囲に呼びかけた。
「これじゃあ埒が明かない。村長のところに案内してくれ!」
「うちにそういうのはいない。この集落は全員が対等で、平等の場所だ」
「なんだって? それなら……」
「だいたいあなた、なんなのよ! いきなりやってきて色々嗅ぎまわって、怪しいったらありゃしない!」
軒下から甲高い声で叫ぶ婦人。イドラは、それもそうかもしれないな、と謙虚に受け止めた。
確かに、自己紹介くらいは先にするべきだったかもしれない。
「僕はイドラ。旅をしながらイモータルを狩っている者だ。言った通り、ここにも一年ほど前にイモータルが現れたっていうから、葬送できてるなら処理するし、できてないなら付近を探ってみようと思って来た」
「イドラ……」
「もしかしてあの、不死殺しの——」
「本当にいたのか!」
どうやらこんな場所にもイドラの名は届いているらしい。まばらな人だかりに、波のようなざわめきが伝播する。
知られているのは驚きだったが、三年もこんなことをしていればそれも当然かもしれない。協会の行う葬送ではなく、本当の意味でイモータルを殺し、消滅させられるのはイドラのマイナスナイフをおいてほかにないのだから。
「そうだ。イモータルがいるなら、案内してほしい」
「イモータルがいれば、殺してくれるんだな? 不死殺しのイドラ」
「もちろん、それが僕の責務だ。もっとも、急を要する状態でなければ、雨を待ったり準備を整えてからになることもあるけれど」
「不死殺しが来たならいいじゃない、殺してもらいましょうよ!」
「そうだな。すぐ来てくれ、こっちだ」
「——? あ、ちょっと」
ついてこい、と目配せをして、男が歩き出す。置いて行かれないよう、慌ててイドラも後に続くと、そのやや後ろからほかの住人もつかず離れずで追ってきた。まるで監視されてるみたいだ、と心中でぼやきながらイドラは案内されるままに進むと、やがて集落の奥にあった山の岩壁が近づいてくる。
灰色の壁。ごつごつとした岩肌が、昼の陽光を受けて白く輝く。そのふもとには、一見してわかりづらかったが、石の戸が取り付けられていた。
(これは……岩壁をくりぬいて、洞窟を掘ったって感じか? それか天然のものを利用したのか)
重い音を響かせ、男は岩屋の戸を横に押し開く。中はそう広くないらしく、差し込む光はすぐに壁面を照らし出した。
ここにイモータルが? イドラは目を凝らす。
せいぜい三畳ほどの、石に囲まれ圧迫感に満ちた空間。奥の壁に、なにかが——
「————。なんだ、これは?」
その『なにか』の正体を見咎めた瞬間、胃の奥に氷の塊を落とし込まれたような冷たさが広がる。見紛うほどの暗さではない。
人だ。壁のそばには、まだ十代の前半くらいの小さな少女がいて、その四肢を鎖につながれている。
「『不死憑き』。見ればわかるだろう、この髪。イモータルに憑かれてるんだよ、この娘は!」
「どうしたものか困ってたけど、不死殺しさまが来てくれたのなら安心だ。なんせイモータルを殺し続けてきた人なんだからな」
「イモー……タル?」
少女を見つめる。そうして真っ先に目に飛び込んできたのは、雪のように鮮烈な白だった。
腰辺りまである長い髪は、多少光が入ろうが薄暗い暗闇の中でもわかるほど、不自然なほどに真っ白い。あの不死の怪物どもと同じ色。
不死憑きと呼ばれたその少女は、薄い簡素な服を着て、手と足を壁から伸びる鎖に繋がれながらも、首をわずかに動かしてイドラたちの方を見た。
目が合う。橙色の、ひどく虚ろな瞳だった。その乾いた目の表面にわずかな感情がよぎり、少女は小さく体を震わせた。
怯えている。不死殺しと呼ばれたイドラに。
「この子は、どうして」
「一年前いきなりいなくなって、ふらりと戻ってきたと思えばこれだ。どこかで『憑かれた』んだよ。今はまだ落ち着いてるが、夜になると叫んで騒ぎ出す。たまに様子を見に来るとわけのわからないことをぶつぶつ呟いてる日だってある。……もうまともじゃないんだよ」
だから、殺せと。男は横目に、言外の意味を含ませながら不死殺しへと視線を投げかける。
「イモータルをわざわざ探して、殺しにきてくれたんでしょ? 助かるわ」
「元はここの子だもの。こっちで手にかけるっていうのも、ねぇ?」
「そうねえ。よかったわ、不死殺しさまが来てくださって」
さっきまでの態度はどこへやら、背後の者らは、イドラのことを敬うような声色で囁きあう。
不死憑きと呼ばれた少女は、微動だにしない。浮かんだ怯えも消え、ただ虚ろで、莫大な絶望を受け入れたかのごとき無表情があるだけだ。
集落の者らがイドラに求める役割は明らかだ。不死に憑かれたという少女と、不死殺し。考えるまでもない。
だからこそ理解に苦しんだ。
「お前たちは……」
本当に、心の底からイドラには疑問だった。
自由と尊厳を奪う、手足の錠につながれた鎖。衰弱が明らかな細い体。乱れた髪。虚ろな表情。目。
どうやってもそれは、幼い少女を劣悪な環境に監禁し、苛烈な仕打ちを与え続けているようにしか見えない。必要以上の苦痛を押し付けているようにしか捉えられない。一体どれだけの理由があったとしても、道理があったとしても、許されるべきことではない。その、はずだ。
そこまでしたうえで、さらに、イドラに強いる。明確な言葉にせずとも、彼女に対する最大の暴力を。
「お前たちは、この子が、イモータルに見えるのか?」
後ろの全員を睨みつけながら、イドラは問う。すると集落の者たちは、どこかきまりが悪そうに、目をそらしたり軽くうつむく。
はっきりした。この許されざる暴行はすべて、緩やかな総意によって成り立っている。
イモータルに似た髪色の少女。なにがあったのか、それを許容できず、さりとて殺すこともできず、ひたすらにこの岩屋に閉じ込めた。蓋をして、見えないようにして、生活の中から隔離した。
集団からあぶれた存在を『いないもの』とする。それが、個々人がもっとも責任を負わなくてよくなる、明言なくして定められた全体の意思だった。
ある意味で悪意よりもおぞましい、主体性を喪失した排斥。それを一年も続け、都合よくあぶれ者を殺してくれそうな人間が来たので、責任や罪悪感を背負う部分だけ押し付けようとしている。
「なんだよ……早くやれよ! もたもたするな!」
「そうよ、イモータルを殺しに来たんでしょ! とっととやりなさいよ不死殺し!」
「その背中の剣はお飾りか!」
身を凍らせるようなおぞましさは、癇声を浴びるうち、次第に怒りへと変化していった。
「ふざけるなッ! この子のどこがイモータルなんだよッ!!」
口々と急かしてくる周囲に、イドラも感情のまま怒鳴り返す。すると者どもは途端に声を失う。
確かに少女の髪は白い。肌も、通常よりも白いように見える。
だがそれだけだ。言動は知らないが、ともかく——大前提として、イモータルは人の形をしていない。
「小さな子を、こんな狭い場所に……手足までつないで! お前たちはそれでも人間か!」
イモータルとは怪物の名だ。殺しても死なず、人間を襲う白と金の災害。
断じて、少女ではない。あの日イドラが殺すことをためらい、それから何十も殺してきた化け物は、今こうして鎖につながれた少女とは絶対に違う。三年の経験のすべてが、目の前の不死を否定している。
「……だったら、お前がなんとかすればいいだろ」
誰かがぽつりと漏らす。
「ああ、言われなくともそうしてやる。これ以上こんな仕打ちをさせるくらいなら、僕が連れていく。安全な村や町まで」
イドラがそう言い放つと、集落の者らは当惑した顔でそれぞれ顔を見合わせ、どうしたものかと押し黙る。その遅々とした反応に舌打ちしたくなるのを抑えながら、イドラは重ねて言い捨てた。
「早く鎖を外せ。こんな集落、今すぐ出てってやる」
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その側妃の1人だったウェルシェスは追放の刑に処された。
理由は隣国レブレス王国の怒りを買ってしまった事。
しかし、レブレス王国の使者を怒らせたのはカーティスの愛人ライラ。
ライラは平民でただ寵愛を受けるだけ。王妃は追い出すことが出来たけれど側妃にカーティスを取られるのでは?と疑心暗鬼になり3人の側妃を敵視していた。
ライラの失態の責任は、その場にいたウェルシェスが責任を取らされてしまった。
「あの人にも幸せになる権利はあるわ」
ライラの一言でライラに傾倒しているカーティスから王都追放を命じられてしまった。
レブレス王国とは逆にある隣国ハネース王国の伯爵家に嫁いだ叔母の元に身を寄せようと馬車に揺られていたウェルシェスだったが、辺鄙な田舎の村で馬車の車軸が折れてしまった。
直すにも技師もおらず途方に暮れていると声を掛けてくれた男性がいた。
タビュレン子爵家の当主で、丁度唯一の農産物が収穫時期で出向いて来ていたベールジアン・タビュレンだった。
馬車を修理してもらう間、領地の屋敷に招かれたウェルシェスはベールジアンから相談を受ける。
「収穫量が思ったように伸びなくて」
もしかしたら力になれるかも知れないと恩返しのつもりで領地の収穫量倍増計画を立てるのだが、気が付けばベールジアンからの熱い視線が…。
★↑例の如く恐ろしく、それはもう省略しまくってます。
★11月9日投稿開始、完結は11月11日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
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※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
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