上 下
5 / 37
プロローグ

5.さすが私のお嬢様(アネシス視点)

しおりを挟む
私、アネシス=フォルテロと申します。

僭越ながら、アウダーシア公爵家ご令嬢のシャルリアお嬢様の専属侍女を務めております。

フォルテロ家は、祖父の代に隣国との最後の大きな戦で武功を挙げた一族で、いわゆる成り上がり男爵家でございます。

元々、一代限りの騎士爵を代々受け継いでいたような家系だったのですが、その戦で王弟殿下とシャルリアお嬢様のお祖父様をお助けしたらしく。共に辺境を守るようにと辺境伯様のお隣に小さな領地を預かり、男爵位を拝命したのでございます。

そのご縁で、なんちゃって貴族のフォルテロ家の後見を、アウダーシア公爵家が引き受けて下さったのです。私が10歳になり、公爵家にマナーを学ぶための行儀見習いに入ることができたのも、そのためです。

私は、お嬢様の侍女見習い兼、遊び相手係兼、ちょっとしたボディーガードとして、当時5歳のお嬢様に初めてお会いした訳ですが。会ってびっくり、そこにはお目々くりくりのマイスゥゥイィートエンジェルがそこにいらしたのです!


そう、会った瞬間に思い出しました。前世の全てを。





お嬢様は、私の大好きな親友でした。


私は幼い頃から家の道場で稽古をつけられており、その辺の男子より強くて。男子からも女子からも男友達扱いをされておりました。

それはそれで良かったのです。楽でしたし。

けれど私は、綺麗なものや可愛いものが大好きな、普通の女の子でもあったのです。

中学生になったある日。その前日に意味不明な因縁をふっかけてきた上級生(男子)を返り討ちにした翌日のことでした。その上級生が私の教室までに来て、私に絡み出したのです。友人らしき二人を連れてまで。

振り返れば、ただの負け惜しみなのですが、お前がこんなもの持っていても可愛くないだとか、男女だとか、私の好きな物を全否定して壊し始めたのです。

私も腕に覚えがあり、多少の男友達扱いには慣れていたとはいえ、好きな物を馬鹿にされ、壊されるのはさすがに思春期の女の子、ショックで動けなくなったのです。

クラスの子達は先輩相手に怖かったでしょう、みんな遠くで見てるしかありませんでした。仕方のないことです。けれど、彼女が。

『先輩、昨日金井さんに勝手に喧嘩売って負けた人ですよね?負け惜しみなんて、カッコ悪いです!金井さんは、キレイでカッコいい素敵な女の子です!可愛い物だって似合います!勝手に決めつけて、馬鹿にしないで下さい!』

と、私の机を倒そうとした彼らの前に立ちはだかったのです。

驚きました。そりゃあ、クラス中が。その先輩達さえも。だって、小さな可愛い女の子が、震えながらも両手を広げて私を守っているのですから。

そこでクラス中の視線を感じたのか、さすがにバツが悪くなったのか、先輩達はチッ、と去って行きました。

『金井さん、大丈夫?怖かったよね』

『だ、大丈夫……だって、私は、強いし』

『強くてカッコよくても女の子だよ!金井さん、すごくキレイだし!まったく!男子!あんたたちも先輩と同罪だからね?金井さんも!ハイ、自覚すること!分かった?』

クラス中が、はーい、とか、確かに悪かったよ……とかそんな雰囲気になって。私も『はい』と返事をさせられて。

『よし!じゃあ、私、先生に知らせて来るから』

そう言って教室を出た彼女を、『委員長は金井と違った意味で怖いな』とみんな感心して言っていたけれど、私はちゃんと見たのです。彼女の手が、足が震えていたのを。そしてそれを堪えていたのを。……怖かったのです、彼女だって。それでも私の為に声を上げてくれた。

けれど私は、その事実が何だか気恥ずかしくて。後で、学級委員だからって無理をしなくていいのに、と可愛くないことを言いましたら、『無理じゃなくて。私の憧れの金井さんを侮辱するからムカついちゃったんだよ!あんな奴等にさ~!』と、眩しい笑顔で委員長らしからぬことを返されて。私は完全に彼女に堕ちました。


お人好しで、大好きな私の親友。


多少のことからは私が守れると思っていたのに。


道場の跡継ぎと、好きな美容の仕事。両立を応援してくれた彼女。まさかその学校で、あんな奴と出会うなんて。


あの日、あの場所で、奴と会ったりしなければ。彼女の素晴らしさに奴の目が覚めたのかもなどと、変な期待をしなければ。


そう私は、ずっとずっと、後悔していたのです。


彼女の完璧な笑顔を失くさせた三年間を。







そしまさかの転生で、お嬢様との再会!私は誓ったのでした。今度こそ、お嬢様を守ると。

お祖父様、グッジョブでしたわ!!

守るとは、もちろんあのクズからです。他からももちろんですけれど。昔も合気道の師範の家に生まれた私、武道には自信があります。今生の騎士道と掛け合わせて、新たな武術も作り上げました。今生は後悔しないように、精神的にも強くならなければ。

そんな前世を跨いでまで、いつまでも後悔する?とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、あまりにも強い後悔は、何年、何十年経とうとも、昨日の様に悔しいものなのです。

なのに、やらかしました。あんな表面的なことで騙されるなんて。……お嬢様への執着は、私と同じようなものなのでしょうけれど。唯一違うとすれば、私はお嬢様が自分自身より一番。奴は自分の為のお嬢様。という所でしょうか?


「シス~!一緒にお茶にしましょう!今日はハーブティーがいいわ」

今日もお嬢様の笑顔が眩しい。可愛さと凛とした公爵令嬢としての気品が備わった、私の自慢のお嬢様。今日も尊いですわ。

「かしこまりました」

「うーん、本当にブレないわね、シス……」

「当然です」

最近は、前世のように砕けてお話しになることも増えていらしたので、少し心配なのですが。まあ?基本的にはなので、大目に見ております。

「アズさんとお考えになった新しいパンの売り上げも順調そうで、ようございましたね」

お嬢様のお好きなレモングラスベースのハーブティーを淹れて、お嬢様の前に置く。

「そうなの!嬉しいわよね。……本当、でも良かった。アズさん以外の方たちも皆さんでご一緒できて……」

しみじみとホッとした笑顔を浮かべて、お嬢様はハーブティーを口につけられる。

「お嬢様のご尽力の賜物ですわ」

他の皆さまにお声をかける姿は、正しく天使のようでした。さすが私のお嬢様。

今回は本当に皆さま素敵なお嬢様方で。アズさんがお話を進めてくれていたこともあり、どこのお家でもシャルリアお嬢様にご両親と共に平身低頭で謝られ、感謝されました。

クズの悪どさが際立ちましたよね。学習能力の使いどころが違うだろ!と、お嬢様がキレたのも納得です。結局、馬鹿なのでしょうね。

「ふふ、ありがとう、シス。でも私だけではなく、皆さんのお蔭よ。もちろん、シスもね!ロイエを軽々と抑えつけるのも、すっごくかっこよかったもの!」

「ありがとう存じます。でもやはり、お嬢様の公爵令嬢然としながらも凛とした溢れるお優しさが、皆さんのお心を打たれてファンクラブなるものが出来たのだと思います」

私の言葉に、ぐふっ、とお茶を詰まらせるお嬢様。吐き出さないのはさすがです。

「そ、それ止めない?恥ずかしいから……」

「お嬢様の頼みとは言え、それは聞き入れられません。私、名誉会長ですから」

「いつの間に!」

「先日、アズさんから正式に頼まれまして」

「正式にって……」

恥ずかしそうにジタバタしているお嬢様も、目が落ちるくらいの可愛さです。アズさんにお見せできないのが申し訳ないくらいの可愛さです。

アズさんは、、初めてお嬢様にお会いした時から、なんて素敵なお嬢様なんでしょう、と、シャルリア様に憧れていたらしく。あのクズの婚約者と知って愕然として大きなショックを受けたものの、あんな素敵な方に引導を渡されるのなら心して受けようと思っていたようです。

それが、あの日、思ってもいなかった慈悲を受け、凛としたお嬢様に勇気ももらい、この方に一生付いて行こうと決めたとおっしゃっていました。

瞳をキラキラさせながらお嬢様にお気持ちを伝えるアズさんに、お嬢様はずっと恥じらっておいででした。それがまたアズさんに火をつけ(分かる!)、他の皆さまにも広まったのでした。

「シャルリア様にはご迷惑をお掛けしましたし、私も……ショック、でしたけど、シャルリア様にお会いできるきっかけになったと思うと、今は彼に感謝の気持ちもあります」

なんておっしゃって。ええ。今回奴は見る目だけはありました。その能力を女性以外に使えないのですかね。まあもう関係のない奴ですけれど。

ちなみに、アズさんに突っ込まれた日本語は、「聞かれたくないことは古代語で話せるように勉強していたのよ」と、お嬢様が誤魔化しました。素直なアズさんは、「さすが公爵家ですね!」と感心していました。可愛いです。

「そういえば、お嬢様。今朝、旦那様から一応お伝えするように言われていたのですが。クズは学園を休学して領地へ帰っているようですよ。あの北の地の彼のお祖父様は確か武に秀でて厳しいお方ですから、鍛え直してこいということなのでしょう」

「あら、そうなの?学園でももう会ってないし、何でもいいのだけれど。ロイズ翁は確かに厳しくて素敵なお祖父様だけれど、あのクズはどうにかできるかしらねぇ?何であんなに女がいないとダメなんだろうね?アイツ。まあ、私には一生わからないだろうし、どうでもいいけれど。アズさん達が安心できそうなのは良かったわ」

興味が無くなると、エキセントリックに輪がかかるお嬢様も素敵です。

今回は平民の女性たちが被害者だったために、貴族の社交界では大きな醜聞にはなっておりませんが。

当家が口を閉じているとはいえ、「完璧な」シャルリアお嬢様との婚約破棄、学園の休学、領地送り……こんなことが重なれば、自然と奴のやらかしも広がることでしょう。貴族のお嬢様を持つお家は、警戒するでしょうね。果たして、貴族社会で生きていけるのか……って、私が気にすることではないですね。お嬢様が興味のないことは、私も興味がないので。

「ね、それよりも、シスが師範の道場も作るんでしょ?王都に!楽しみね!私も教わろうかしら」

「お嬢様は私がお守りしますから」

「それはそれで嬉しいけど……ちょっとだけ!ねっ?」

「……仕方ないですね。少しだけですよ?」

「本当?やったあ、楽しみ!」

そうなのです。噂が噂を呼んで、女性の為の護身術を教えて欲しいと街の女性から声が上がり、お嬢様の鶴の一声で道場を興すことになったのでした。アウダーシア公爵家が後見についてくれましたので、世間では、アウダーシア公爵家は女性の強い味方と認識されつつあります。さすが私のお嬢様。

「黒歴史も満載だけど……」

「お嬢様?」

「シスと昔話も含めていろいろと話せるのは、やっぱり楽しい!思い出せて良かったなと思えるようになってきたわ。これからも宜しくね、シス!」

「お嬢様……!もちろんでございます……!」


私は、今日も明日もこれからもずっと、お嬢様の専属侍女でございます。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】気づいたら異世界に転生。読んでいた小説の脇役令嬢に。原作通りの人生は歩まないと決めたら隣国の王子様に愛されました

hikari
恋愛
気がついたら自分は異世界に転生していた事に気づく。 そこは以前読んだことのある異世界小説の中だった……。転生をしたのは『山紫水明の中庭』の脇役令嬢のアレクサンドラ。アレクサンドラはしつこくつきまとってくる迷惑平民男、チャールズに根負けして結婚してしまう。 「そんな人生は嫌だ!」という事で、宿命を変えてしまう。アレクサンドラには物語上でも片思いしていた相手がいた。 王太子の浮気で婚約破棄。ここまでは原作通り。 ところが、アレクサンドラは本来の物語に無い登場人物から言い寄られる。しかも、その人物の正体は実は隣国の王子だった……。 チャールズと仕向けようとした、王太子を奪ったディアドラとヒロインとヒロインの恋人の3人が最後に仲違い。 きわめつけは王太子がギャンブルをやっている事が発覚し王太子は国外追放にあう。 ※ざまぁの回には★印があります。

断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう!

ありあんと
恋愛
ベアトリクスは突然自分が前世は日本人で、もうすぐ婚約破棄されて断罪される予定の悪役令嬢に生まれ変わっていることに気がついた。 気がついてしまったからには、自分の敵になる奴全部酷い目に合わせてやるしか無いでしょう。

完結 喪失の花嫁 見知らぬ家族に囲まれて

音爽(ネソウ)
恋愛
ある日、目を覚ますと見知らぬ部屋にいて見覚えがない家族がいた。彼らは「貴女は記憶を失った」と言う。 しかし、本人はしっかり己の事を把握していたし本当の家族のことも覚えていた。 一体どういうことかと彼女は震える……

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜

星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」 「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」  公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。 * エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。

婚約破棄されたのたが、兄上がチートでツラい。

藤宮
恋愛
「ローズ。貴様のティルナシア・カーターに対する数々の嫌がらせは既に明白。そのようなことをするものを国母と迎え入れるわけにはいかぬ。よってここにアロー皇国皇子イヴァン・カイ・アローとローザリア公爵家ローズ・ロレーヌ・ローザリアの婚約を破棄する。そして、私、アロー皇国第二皇子イヴァン・カイ・アローは真に王妃に相応しき、このカーター男爵家令嬢、ティルナシア・カーターとの婚約を宣言する」 婚約破棄モノ実験中。名前は使い回しで← うっかり2年ほど放置していた事実に、今驚愕。

理不尽な理由で婚約者から断罪されることを知ったので、ささやかな抵抗をしてみた結果……。

水上
恋愛
バーンズ学園に通う伯爵令嬢である私、マリア・マクベインはある日、とあるトラブルに巻き込まれた。 その際、婚約者である伯爵令息スティーヴ・バークが、理不尽な理由で私のことを断罪するつもりだということを知った。 そこで、ささやかな抵抗をすることにしたのだけれど、その結果……。

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...