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ーーーどこかでお会いしませんでしたか?


これがナンパでないのなら、やはりこの間会ったのはコイツだ。


さて、どうする?と迷いもせずに、私の気持ちは一択だ。


「まさか。私は一般人のド素人ですよ?璃人さんにお会いすることなんて、あるわけがないです」


それはもちろん、営業スマイルでシラを切る一択。当然です。


「それを言われると、そうか……。でも……」

「璃人、斉藤さんはないって言ってるじゃない。それとも何?身内の前で口説いてるの?」

「くどっ……!んなわなけないだろ!」


納得しきれずに食い下がろうとしたヤツを、池澤様が止めてくれた。助かった。それにコイツも、おばあちゃんの言葉にちょっと慌てるなんてかわいい所もあるじゃん。この間のマイナス査定から加算してあげてもいいわ。ちょびっとだけどね!


「では、私は一旦下がりますね。何かありましたらお呼びください。ご家族の方がお帰りになる時は、つけて頂いている入館証をエントランスでお返しください」

「分かりました」

「では、失礼致します」


私はドアをそっと閉めて退出する。

良かった、気づかれないで。オタクがバレるのは別に全く気にしないのだが。あのやり取りを蒸し返されるのは面倒だもの。


「全否定したし、大丈夫よね」


私はこそっと一人言ちて、いつも通り、他の仕事へ向かう。


「人の顔、覚える方だと思うんだけどな……」


などと、璃人が一人言ちて、私の返事に納得していないなんて、思いもせずに。





それから数週間、変わらぬ日々が過ぎていく。


推し活も、仕事も滞りなくです!それと!嬉しいことに、地味にやっている私のオタク動画の再生回数がぐっと伸びてきたのだ。嬉しいな~。趣味を語る場であり、歌ってみたりとのんびり投稿させてもらっているのだが、同じ趣味の人たちとたくさん関わり合えるのは楽しい。


そして、ヤツもマメに池澤様に会いに来る。オタクに関しての認識は気に入らないが、悪い奴ではないのだろう。じいちゃんばあちゃん子に甘い私。


だから、ちょっと油断したのだ。


ある日の休憩時間のことじゃった。


私は翌日に控えたコンスタのイベントのために、せっせと推しキャラグッズを作成していた。


「お、野々日ちゃん、明日の休みもイベント行くの?」

「はい!プレミアムチケットが手に入ったんですよ~!すみません、邪魔ですよね?すぐ片付けます!」

「いいよ、いいよ~。最近シフト忙しかったもんね。スペース充分空いてるから、続けて続けて」

「ありがとうございます!じゃあ、お言葉に甘えて」


うちのスタッフは皆優しい。先輩も、テーブルに広げた工作たちを嫌な顔もせずに楽しそうに見てくれる。


「マメだねぇ、疲れない?」

「全く!推しへの愛が勝ちますので!むしろ元気になるというか……」

「それ、コンスタってやつ?」


先輩と楽しく会話している後ろから、いるはずのない人の声が聞こえた。


「きゃ、りひ……いえ、池澤様、どうかなさいましたか?」

「ああ、ちょっと祖母の事で確認したいことがあって、斉藤さんを探してたんだ。休憩時間のようだから迷惑かと思ったんだけど、ごめんね、俺も時間がなくて。食堂ここにいるって聞いたから」


振り返れない私を余所に、向かいに座る先輩が対応してくれる。


うちの施設はもちろん休憩部屋もあるが、利用者さんが使う時間でなければ食堂を使ってもいいのだ。頼んでおけば、お給料から天引きで利用者さんと同じメニューをいただけたりする。月にお高い利用料をいただくので、食事もこだわりメニューだ。そして今日は私の大好きなアジフライの日だったので、食堂で休憩を取っていた。


いつもだったら休憩時間中は気を使ってくれるスタッフも、忙しいであろう璃人には忖度したらしい。


「斉藤さん。これ、コンスタでしょ?すごいね、いろいろ作って」

「本当ですよね!今も疲れないのかって聞いたんですよ~!」

「そう思いますよね」

「それが、むしろ元気になるらしくて」

「へぇ……」

「リヒトさんにも、たくさんいらっしゃいますよね、きっと。斉藤さんのようなファンの方」

「そう、ですね。ありがたいです」


先輩と会話が盛り上がる璃人。これは気づいてる?いや、セーフか?……セーフだろう!世の中にコンスタファンは山ほどいるし!


「あの、池澤様?お急ぎのご用があったのでは?」

「あっ、そうだ」


ここは、会話のカットインに限る。さっさと用件を済まそう。工作したいし。


「まあ、用っていうか。個人的なことで申し訳ないんですけど、仕事でしばらくこちらに来れないので、改めてのお願いをと」

「そうなんですね。承知致しました。どのくらいの期間ですか?」

「2ヶ月ほど。ツアーがあるので」

「なるほど」

「あっ、私、私それ行きます!チケット買いました!」

「本当ですか?ありがとうございます」


本来はあまりよろしくないが、まあ、先輩が多少浮かれるのは目をつぶってあげよう。『ソル』は本当に人気なんだな。


「斉藤さんは?」

「はい?私?ですか?」

「リヒ……池澤様、彼女は三次元に興味ないんですよー」

「そうなんだ、残念」


いや。残念とか思ってないだろう、あの顔。これ、どう?バレてるの?大丈夫なの?


「まあ、それなら仕方ないな。休憩時間をあまり邪魔しても申し訳ないし、失礼しますね。祖母をよろしくお願いします」

「は、はい!」


私は食堂出口に向かう璃人を見送るために立ち上がり、横に並ぶ。

ふう、このまま見送れそう……と思ったのだけれど。


「……二次元は裏切らないもんね?」


璃人は今日イチの胡散臭い笑顔を浮かべて、ホームを去って行ったのであった。


………………そうか、バレたのか………………。

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