6 / 6
6.
しおりを挟む
ーーーどこかでお会いしませんでしたか?
これがナンパでないのなら、やはりこの間会ったのはコイツだ。
さて、どうする?と迷いもせずに、私の気持ちは一択だ。
「まさか。私は一般人のド素人ですよ?璃人さんにお会いすることなんて、あるわけがないです」
それはもちろん、営業スマイルでシラを切る一択。当然です。
「それを言われると、そうか……。でも……」
「璃人、斉藤さんはないって言ってるじゃない。それとも何?身内の前で口説いてるの?」
「くどっ……!んなわなけないだろ!」
納得しきれずに食い下がろうとしたヤツを、池澤様が止めてくれた。助かった。それにコイツも、おばあちゃんの言葉にちょっと慌てるなんてかわいい所もあるじゃん。この間のマイナス査定から加算してあげてもいいわ。ちょびっとだけどね!
「では、私は一旦下がりますね。何かありましたらお呼びください。ご家族の方がお帰りになる時は、つけて頂いている入館証をエントランスでお返しください」
「分かりました」
「では、失礼致します」
私はドアをそっと閉めて退出する。
良かった、気づかれないで。オタクがバレるのは別に全く気にしないのだが。あのやり取りを蒸し返されるのは面倒だもの。
「全否定したし、大丈夫よね」
私はこそっと一人言ちて、いつも通り、他の仕事へ向かう。
「人の顔、覚える方だと思うんだけどな……」
などと、璃人が一人言ちて、私の返事に納得していないなんて、思いもせずに。
それから数週間、変わらぬ日々が過ぎていく。
推し活も、仕事も滞りなくです!それと!嬉しいことに、地味にやっている私のオタク動画の再生回数がぐっと伸びてきたのだ。嬉しいな~。趣味を語る場であり、歌ってみたりとのんびり投稿させてもらっているのだが、同じ趣味の人たちとたくさん関わり合えるのは楽しい。
そして、ヤツもマメに池澤様に会いに来る。オタクに関しての認識は気に入らないが、悪い奴ではないのだろう。じいちゃんばあちゃん子に甘い私。
だから、ちょっと油断したのだ。
ある日の休憩時間のことじゃった。
私は翌日に控えたコンスタのイベントのために、せっせと推しキャラグッズを作成していた。
「お、野々日ちゃん、明日の休みもイベント行くの?」
「はい!プレミアムチケットが手に入ったんですよ~!すみません、邪魔ですよね?すぐ片付けます!」
「いいよ、いいよ~。最近シフト忙しかったもんね。スペース充分空いてるから、続けて続けて」
「ありがとうございます!じゃあ、お言葉に甘えて」
うちのスタッフは皆優しい。先輩も、テーブルに広げた工作たちを嫌な顔もせずに楽しそうに見てくれる。
「マメだねぇ、疲れない?」
「全く!推しへの愛が勝ちますので!むしろ元気になるというか……」
「それ、コンスタってやつ?」
先輩と楽しく会話している後ろから、いるはずのない人の声が聞こえた。
「きゃ、りひ……いえ、池澤様、どうかなさいましたか?」
「ああ、ちょっと祖母の事で確認したいことがあって、斉藤さんを探してたんだ。休憩時間のようだから迷惑かと思ったんだけど、ごめんね、俺も時間がなくて。食堂ここにいるって聞いたから」
振り返れない私を余所に、向かいに座る先輩が対応してくれる。
うちの施設はもちろん休憩部屋もあるが、利用者さんが使う時間でなければ食堂を使ってもいいのだ。頼んでおけば、お給料から天引きで利用者さんと同じメニューをいただけたりする。月にお高い利用料をいただくので、食事もこだわりメニューだ。そして今日は私の大好きなアジフライの日だったので、食堂で休憩を取っていた。
いつもだったら休憩時間中は気を使ってくれるスタッフも、忙しいであろう璃人には忖度したらしい。
「斉藤さん。これ、コンスタでしょ?すごいね、いろいろ作って」
「本当ですよね!今も疲れないのかって聞いたんですよ~!」
「そう思いますよね」
「それが、むしろ元気になるらしくて」
「へぇ……」
「リヒトさんにも、たくさんいらっしゃいますよね、きっと。斉藤さんのようなファンの方」
「そう、ですね。ありがたいです」
先輩と会話が盛り上がる璃人。これは気づいてる?いや、セーフか?……セーフだろう!世の中にコンスタファンは山ほどいるし!
「あの、池澤様?お急ぎのご用があったのでは?」
「あっ、そうだ」
ここは、会話のカットインに限る。さっさと用件を済まそう。工作したいし。
「まあ、用っていうか。個人的なことで申し訳ないんですけど、仕事でしばらくこちらに来れないので、改めてのお願いをと」
「そうなんですね。承知致しました。どのくらいの期間ですか?」
「2ヶ月ほど。ツアーがあるので」
「なるほど」
「あっ、私、私それ行きます!チケット買いました!」
「本当ですか?ありがとうございます」
本来はあまりよろしくないが、まあ、先輩が多少浮かれるのは目をつぶってあげよう。『ソル』は本当に人気なんだな。
「斉藤さんは?」
「はい?私?ですか?」
「リヒ……池澤様、彼女は三次元に興味ないんですよー」
「そうなんだ、残念」
いや。残念とか思ってないだろう、あの顔。これ、どう?バレてるの?大丈夫なの?
「まあ、それなら仕方ないな。休憩時間をあまり邪魔しても申し訳ないし、失礼しますね。祖母をよろしくお願いします」
「は、はい!」
私は食堂出口に向かう璃人を見送るために立ち上がり、横に並ぶ。
ふう、このまま見送れそう……と思ったのだけれど。
「……二次元は裏切らないもんね?」
璃人は今日イチの胡散臭い笑顔を浮かべて、ホームを去って行ったのであった。
………………そうか、バレたのか………………。
これがナンパでないのなら、やはりこの間会ったのはコイツだ。
さて、どうする?と迷いもせずに、私の気持ちは一択だ。
「まさか。私は一般人のド素人ですよ?璃人さんにお会いすることなんて、あるわけがないです」
それはもちろん、営業スマイルでシラを切る一択。当然です。
「それを言われると、そうか……。でも……」
「璃人、斉藤さんはないって言ってるじゃない。それとも何?身内の前で口説いてるの?」
「くどっ……!んなわなけないだろ!」
納得しきれずに食い下がろうとしたヤツを、池澤様が止めてくれた。助かった。それにコイツも、おばあちゃんの言葉にちょっと慌てるなんてかわいい所もあるじゃん。この間のマイナス査定から加算してあげてもいいわ。ちょびっとだけどね!
「では、私は一旦下がりますね。何かありましたらお呼びください。ご家族の方がお帰りになる時は、つけて頂いている入館証をエントランスでお返しください」
「分かりました」
「では、失礼致します」
私はドアをそっと閉めて退出する。
良かった、気づかれないで。オタクがバレるのは別に全く気にしないのだが。あのやり取りを蒸し返されるのは面倒だもの。
「全否定したし、大丈夫よね」
私はこそっと一人言ちて、いつも通り、他の仕事へ向かう。
「人の顔、覚える方だと思うんだけどな……」
などと、璃人が一人言ちて、私の返事に納得していないなんて、思いもせずに。
それから数週間、変わらぬ日々が過ぎていく。
推し活も、仕事も滞りなくです!それと!嬉しいことに、地味にやっている私のオタク動画の再生回数がぐっと伸びてきたのだ。嬉しいな~。趣味を語る場であり、歌ってみたりとのんびり投稿させてもらっているのだが、同じ趣味の人たちとたくさん関わり合えるのは楽しい。
そして、ヤツもマメに池澤様に会いに来る。オタクに関しての認識は気に入らないが、悪い奴ではないのだろう。じいちゃんばあちゃん子に甘い私。
だから、ちょっと油断したのだ。
ある日の休憩時間のことじゃった。
私は翌日に控えたコンスタのイベントのために、せっせと推しキャラグッズを作成していた。
「お、野々日ちゃん、明日の休みもイベント行くの?」
「はい!プレミアムチケットが手に入ったんですよ~!すみません、邪魔ですよね?すぐ片付けます!」
「いいよ、いいよ~。最近シフト忙しかったもんね。スペース充分空いてるから、続けて続けて」
「ありがとうございます!じゃあ、お言葉に甘えて」
うちのスタッフは皆優しい。先輩も、テーブルに広げた工作たちを嫌な顔もせずに楽しそうに見てくれる。
「マメだねぇ、疲れない?」
「全く!推しへの愛が勝ちますので!むしろ元気になるというか……」
「それ、コンスタってやつ?」
先輩と楽しく会話している後ろから、いるはずのない人の声が聞こえた。
「きゃ、りひ……いえ、池澤様、どうかなさいましたか?」
「ああ、ちょっと祖母の事で確認したいことがあって、斉藤さんを探してたんだ。休憩時間のようだから迷惑かと思ったんだけど、ごめんね、俺も時間がなくて。食堂ここにいるって聞いたから」
振り返れない私を余所に、向かいに座る先輩が対応してくれる。
うちの施設はもちろん休憩部屋もあるが、利用者さんが使う時間でなければ食堂を使ってもいいのだ。頼んでおけば、お給料から天引きで利用者さんと同じメニューをいただけたりする。月にお高い利用料をいただくので、食事もこだわりメニューだ。そして今日は私の大好きなアジフライの日だったので、食堂で休憩を取っていた。
いつもだったら休憩時間中は気を使ってくれるスタッフも、忙しいであろう璃人には忖度したらしい。
「斉藤さん。これ、コンスタでしょ?すごいね、いろいろ作って」
「本当ですよね!今も疲れないのかって聞いたんですよ~!」
「そう思いますよね」
「それが、むしろ元気になるらしくて」
「へぇ……」
「リヒトさんにも、たくさんいらっしゃいますよね、きっと。斉藤さんのようなファンの方」
「そう、ですね。ありがたいです」
先輩と会話が盛り上がる璃人。これは気づいてる?いや、セーフか?……セーフだろう!世の中にコンスタファンは山ほどいるし!
「あの、池澤様?お急ぎのご用があったのでは?」
「あっ、そうだ」
ここは、会話のカットインに限る。さっさと用件を済まそう。工作したいし。
「まあ、用っていうか。個人的なことで申し訳ないんですけど、仕事でしばらくこちらに来れないので、改めてのお願いをと」
「そうなんですね。承知致しました。どのくらいの期間ですか?」
「2ヶ月ほど。ツアーがあるので」
「なるほど」
「あっ、私、私それ行きます!チケット買いました!」
「本当ですか?ありがとうございます」
本来はあまりよろしくないが、まあ、先輩が多少浮かれるのは目をつぶってあげよう。『ソル』は本当に人気なんだな。
「斉藤さんは?」
「はい?私?ですか?」
「リヒ……池澤様、彼女は三次元に興味ないんですよー」
「そうなんだ、残念」
いや。残念とか思ってないだろう、あの顔。これ、どう?バレてるの?大丈夫なの?
「まあ、それなら仕方ないな。休憩時間をあまり邪魔しても申し訳ないし、失礼しますね。祖母をよろしくお願いします」
「は、はい!」
私は食堂出口に向かう璃人を見送るために立ち上がり、横に並ぶ。
ふう、このまま見送れそう……と思ったのだけれど。
「……二次元は裏切らないもんね?」
璃人は今日イチの胡散臭い笑顔を浮かべて、ホームを去って行ったのであった。
………………そうか、バレたのか………………。
0
お気に入りに追加
3
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
お兄ちゃんは今日からいもうと!
沼米 さくら
ライト文芸
大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。
親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。
トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。
身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。
果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。
強制女児女装万歳。
毎週木曜と日曜更新です。
みいちゃんといっしょ。
新道 梨果子
ライト文芸
お父さんとお母さんが離婚して半年。
お父さんが新しい恋人を家に連れて帰ってきた。
みいちゃんと呼んでね、というその派手な女の人は、あからさまにホステスだった。
そうして私、沙希と、みいちゃんとの生活が始まった。
――ねえ、お父さんがいなくなっても、みいちゃんと私は家族なの?
※ 「小説家になろう」(検索除外中)、「ノベマ!」にも掲載しています。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる