5 / 6
5.
しおりを挟む
休日にせっせと推し活中の私も、普段はお仕事を頑張っている。
特に今日は、わたしが担当になる予定の新しい入居者様がいらっしゃる日だ。にこやかに行こう。
「斉藤さん、そろそろ。お出迎えに行こうか」
「もうですか?少し早いような」
「うん、池澤様についての最終確認もあるんだ」
「?はい、承知しました」
ホーム長に声をかけられ、お出迎えの為にエントランスへと向かう。ちなみに、池澤様というのが新ご入居者様だ。
「そういえば、池澤様は今日はお孫さんといらっしゃるのですよね?」
「ああ、まあ、うん、そうなんだけど。……斉藤さんはソルってアイドルグループは知ってるかい?」
「ああ、先日名前だけ知りました。詳しくはないです」
「さすが、二次元オタクの星だね!」
ホーム長のそれは、褒めているのかは怪しいが、私がオタクなのは隠していないのでスタッフ皆の共通認識になっている。私が三次元にあまり興味がないことと共に。
ホーム長まで知ってるってどうなのとも思わないこともないが、ちょっとしたコミュニケーションツールにもなっているので、ヨシとしている。
「彼らが何か?」
「そう、実はね。今日ご入居される池澤様は、そのソルのリヒト君という子のおばあ様なんだ」
「へぇ、そうなんですね」
「うんうん、想像した通り、興味がなさそうで良かったよ。今、人気急上昇で、うちのスタッフでも話しているのを聞いたことがあるからね。斉藤さんなら、冷静に対応してくれると思って」
「なるほど。理解しました」
他のスタッフも、もちろん仕事なので、誰もがそつなくこなすとは思うけど、ホーム長としてはちょっとでも浮わつくことがないに越したことはないのだろう。
しかし、「ソル」の「リヒト」か。
この前の失礼な奴が本当に彼だったとしたら、ちょっとやりづらいなあ。かなり塩対応したし。でもきっと、私にも気づかないわよね。少ししか話していないし、化粧も全然違うから、わからないはずだ。うん。
それにしても、付き添いが彼なんてイメージと違う……っても、やっぱりこの前会った奴は他人の空似だったのかもしれないな。悠里もチラッとしか見てなかったし。
そう、思っていたが。
「初めまして。池澤美智子の孫の池澤璃人です。祖母をよろしくお願いいたします」
黒ぶちメガネをかけて、深く帽子を被っているが……奴に似ている。すっごい爽やか笑顔だけど。
いや、でも態度は別人だし。
違うと思いたい。
「これからお世話になりますねぇ」
車椅子に乗った池澤様は、にこやかで小さくてかわいらしいおばあ様だ。
「こちらこそよろしくお願いいたします。こちらの斉藤が池澤様の担当になります」
「斉藤野々日です。よろしくお願いいたします」
ホーム長に紹介されて、二人に挨拶をする。
「まあまあ!かわいらしいお嬢さんね!よろしくね」
「はい。さっそくお部屋に参りましょう。お孫さんもご一緒にお願いいたします。車椅子は私が押しますね」
お孫さんが先日の奴と同一人物かどうかは少し気になるが、今は仕事中だ。集中しないとね。池澤様が安心できるように、丁寧に優しく、笑顔で答えて話を進める。
「では、私は一度失礼致します。後は斉藤がご案内しますので」
ここでホーム長とは別れて、私だけでお二人を案内する。
「まあ、キレイな廊下ね。壁紙も落ち着いていて素敵だわ」
「ありがとうございます」
池澤様の言葉に、笑顔で答える。
うちの施設の廊下は広い。なんせ、ひと月に数十万を頂く施設なので、設備はホテルのようなのだ。とは言ってもやはり認知症の方なんかももちろんいらっしゃるし、仕事内容は他と大差はないと思うけどね。でも、施設がキレイなだけでも仕事はしやすい。
「こんなにいいところに、ありがとうね、璃人。結構高いんじゃないのかい?」
「ばあちゃんはそんなこと気にしなくてもいいの!俺がちゃんと仕事で稼いでいるんだから」
「ありがたいねぇ。そういえば斉藤さんは璃人の仕事をご存知なのかしら?」
「はい。ホーム長から伺っております」
「その割には普通ねぇ。璃人、あなたまだまだなんじゃないの?」
「ハイハイ」
「あ、いえ!充分に人気者な方ですよ!うちのスタッフでもファンが沢山おります!私は今、仕事中ですから」
私は全くのファンではないが、池澤様がしゅんとするのは居たたまれないので、なんとかフォローする。
その後もあれこれ話しながら歩いて、お部屋に着く。そして荷物などの確認をしてもらい、家具家電類の使い方やルールを説明し、ひとまず終了だ。
その間、彼は私に対してなんのアクションもなく。やはり他人の空似だったんだな。ちょっと安心したよ。
「では、以上ですね。私も一旦下がらせていただきます。何かございましたら、こちらのナースコールでお呼び下さい」
「分かったわ。ご丁寧にありがとう」
「璃人さんも、あと一時間くらいはいていただいても構いませんので」
「ああ、ありがとうございます」
「では……」
私は軽く会釈をして部屋を出ようとしたのだが。
「やっぱり気になるな。斉藤さん、どこかでお会いしませんでしたか?」
あれっ。
特に今日は、わたしが担当になる予定の新しい入居者様がいらっしゃる日だ。にこやかに行こう。
「斉藤さん、そろそろ。お出迎えに行こうか」
「もうですか?少し早いような」
「うん、池澤様についての最終確認もあるんだ」
「?はい、承知しました」
ホーム長に声をかけられ、お出迎えの為にエントランスへと向かう。ちなみに、池澤様というのが新ご入居者様だ。
「そういえば、池澤様は今日はお孫さんといらっしゃるのですよね?」
「ああ、まあ、うん、そうなんだけど。……斉藤さんはソルってアイドルグループは知ってるかい?」
「ああ、先日名前だけ知りました。詳しくはないです」
「さすが、二次元オタクの星だね!」
ホーム長のそれは、褒めているのかは怪しいが、私がオタクなのは隠していないのでスタッフ皆の共通認識になっている。私が三次元にあまり興味がないことと共に。
ホーム長まで知ってるってどうなのとも思わないこともないが、ちょっとしたコミュニケーションツールにもなっているので、ヨシとしている。
「彼らが何か?」
「そう、実はね。今日ご入居される池澤様は、そのソルのリヒト君という子のおばあ様なんだ」
「へぇ、そうなんですね」
「うんうん、想像した通り、興味がなさそうで良かったよ。今、人気急上昇で、うちのスタッフでも話しているのを聞いたことがあるからね。斉藤さんなら、冷静に対応してくれると思って」
「なるほど。理解しました」
他のスタッフも、もちろん仕事なので、誰もがそつなくこなすとは思うけど、ホーム長としてはちょっとでも浮わつくことがないに越したことはないのだろう。
しかし、「ソル」の「リヒト」か。
この前の失礼な奴が本当に彼だったとしたら、ちょっとやりづらいなあ。かなり塩対応したし。でもきっと、私にも気づかないわよね。少ししか話していないし、化粧も全然違うから、わからないはずだ。うん。
それにしても、付き添いが彼なんてイメージと違う……っても、やっぱりこの前会った奴は他人の空似だったのかもしれないな。悠里もチラッとしか見てなかったし。
そう、思っていたが。
「初めまして。池澤美智子の孫の池澤璃人です。祖母をよろしくお願いいたします」
黒ぶちメガネをかけて、深く帽子を被っているが……奴に似ている。すっごい爽やか笑顔だけど。
いや、でも態度は別人だし。
違うと思いたい。
「これからお世話になりますねぇ」
車椅子に乗った池澤様は、にこやかで小さくてかわいらしいおばあ様だ。
「こちらこそよろしくお願いいたします。こちらの斉藤が池澤様の担当になります」
「斉藤野々日です。よろしくお願いいたします」
ホーム長に紹介されて、二人に挨拶をする。
「まあまあ!かわいらしいお嬢さんね!よろしくね」
「はい。さっそくお部屋に参りましょう。お孫さんもご一緒にお願いいたします。車椅子は私が押しますね」
お孫さんが先日の奴と同一人物かどうかは少し気になるが、今は仕事中だ。集中しないとね。池澤様が安心できるように、丁寧に優しく、笑顔で答えて話を進める。
「では、私は一度失礼致します。後は斉藤がご案内しますので」
ここでホーム長とは別れて、私だけでお二人を案内する。
「まあ、キレイな廊下ね。壁紙も落ち着いていて素敵だわ」
「ありがとうございます」
池澤様の言葉に、笑顔で答える。
うちの施設の廊下は広い。なんせ、ひと月に数十万を頂く施設なので、設備はホテルのようなのだ。とは言ってもやはり認知症の方なんかももちろんいらっしゃるし、仕事内容は他と大差はないと思うけどね。でも、施設がキレイなだけでも仕事はしやすい。
「こんなにいいところに、ありがとうね、璃人。結構高いんじゃないのかい?」
「ばあちゃんはそんなこと気にしなくてもいいの!俺がちゃんと仕事で稼いでいるんだから」
「ありがたいねぇ。そういえば斉藤さんは璃人の仕事をご存知なのかしら?」
「はい。ホーム長から伺っております」
「その割には普通ねぇ。璃人、あなたまだまだなんじゃないの?」
「ハイハイ」
「あ、いえ!充分に人気者な方ですよ!うちのスタッフでもファンが沢山おります!私は今、仕事中ですから」
私は全くのファンではないが、池澤様がしゅんとするのは居たたまれないので、なんとかフォローする。
その後もあれこれ話しながら歩いて、お部屋に着く。そして荷物などの確認をしてもらい、家具家電類の使い方やルールを説明し、ひとまず終了だ。
その間、彼は私に対してなんのアクションもなく。やはり他人の空似だったんだな。ちょっと安心したよ。
「では、以上ですね。私も一旦下がらせていただきます。何かございましたら、こちらのナースコールでお呼び下さい」
「分かったわ。ご丁寧にありがとう」
「璃人さんも、あと一時間くらいはいていただいても構いませんので」
「ああ、ありがとうございます」
「では……」
私は軽く会釈をして部屋を出ようとしたのだが。
「やっぱり気になるな。斉藤さん、どこかでお会いしませんでしたか?」
あれっ。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
婚約破棄されたら魔法が解けました
かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」
それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。
「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」
あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。
「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」
死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー!
※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です
お兄ちゃんは今日からいもうと!
沼米 さくら
ライト文芸
大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。
親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。
トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。
身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。
果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。
強制女児女装万歳。
毎週木曜と日曜更新です。
みいちゃんといっしょ。
新道 梨果子
ライト文芸
お父さんとお母さんが離婚して半年。
お父さんが新しい恋人を家に連れて帰ってきた。
みいちゃんと呼んでね、というその派手な女の人は、あからさまにホステスだった。
そうして私、沙希と、みいちゃんとの生活が始まった。
――ねえ、お父さんがいなくなっても、みいちゃんと私は家族なの?
※ 「小説家になろう」(検索除外中)、「ノベマ!」にも掲載しています。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる