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第278話 宴
しおりを挟む以前皇子クラウディス一派が殺戮を繰り広げた謁見の間は、今ではその名残は何処にも無く、派手ではないが品の良い調度品や美しい花々などが飾られていた。そこからは今やこの城の主となったクロノワールのセンスの良さを窺い知る事が出来る。
謁見の間の最奥にある、一段高い場所に位置する玉座に座っているのは年老いた皇帝では無く、若く美しく、活力に満ちた皇女クロノワールが腰かけていた。クロウを先頭に俺達グリトニルの使節団は見守るアルゴスの家臣達の間を静かに進んで行く。こちらが歩くたびにざわざわと騒がしくなるのは何が原因なのだろうか。玉座の前で立ち止まり、静かに膝を折ると鈴の音のような皇女の声が謁見の間に響き渡った。
「ようこそアルゴス帝国へ、グリトニルの使者の方々。歓迎しますよ。…そしてエスト殿、随分お久しぶりですね」
「ご無沙汰しております。クロノワール様」
久しぶりに見るクロノワールは以前よりたくましくなった印象を受けた。体がと言う意味では無く、雰囲気がだ。ただの小娘と言う頼りなさが無くなり、自然と頼りたくなるような存在感がある。俺がこの国を離れたあの後も色々あったんだろう。
「クロノワール皇女様、ますは我が国のリムリック王子からの書状をお受け取り下さい」
クロウが懐から取り出した書状を侍従が受け取り皇女に渡す。それを読み始めたクロノワールの顔は徐々に曇り始めた。何度も何度も読み返し、内容を吟味しているようだ。
「…これは…真の事なのですか?魔族の侵攻とは」
「はい。神に誓って嘘は言っておりません。早ければ一年以内にも事が起こるかと。既にリオグランド、バックス、ファータの協力は取り付けております」
クロウの言葉に、それきりクロノワールは黙り込んでしまった。何事かと騒めくアルゴスの家臣達が心配顔でクロノワールを見るが、彼女は手でそれを制する。
「状況は理解しました。エスト殿が発案された要塞線構築のための人材も至急集めるよう手配いたしましょう。それに伴い、兵の募集や武器、食料の備蓄なども行います。…やっと国内が落ち着いたと思ったら今度は魔族ですか…休む暇もありませんね」
「…心中、お察しいたします。殿下」
疲れたようにため息をつくクロノワール。彼女は何事かを侍従に耳打ちすると、気分を変える様に明るい声で口を開いた。
「ところでエスト殿、報告は聞いていますよ。我が国を去った後も色々と活躍されているようですね」
「は…はい、まあ」
突然の話題変換に戸惑う俺を、クロノワールは悪戯っぽい笑みを浮かべて見ていた。突然何を言い出すんだこの人は?まったく意図が読めないんだが。
「先ほども街で何か被害が出たと報告が上がっております。宿の一部を半壊させたんだとか」
「ぶはっ!」
思わず吹き出してしまった。さっき起きた事が全部知られてるじゃないか。一体いつ情報を集めたんだか…あ、俺が目立つからか。確かに勇者と呼ばれる人間が目立つ場所で暴れればすぐ解るよな。
「も、申し訳ありません」
「謝る必要は無いでしょう。宿とも示談が成立しているようですし、もともとの原因はエスト殿の名を騙った偽者にあります。その者らも身柄を拘束しているので、後日罪を償わせます」
それを聞いて安心した。捕まった後唯一気になっていた点が偽勇者の処遇だったが、ちゃんと捕まえてくれてたんだな。まあ仮にも貴族の名を騙って詐欺行為を働いていたんだから、良くて奴隷落ちってところだろうか。あいつらも一時の快楽のために馬鹿な真似をしたもんだ。
「さて、本日グリトニルの御使者の方々にはささやかながら宴の準備をさせていただいております。今日ばかりは日頃の疲れを忘れて楽しんでいってください」
話は終わりとばかりにクロノワールが一つ手を打つと同時に、大勢のメイドが謁見の間に入ってきた。彼女達は俺達グリトニルの使節団の手を引くと、その場から連れ出そうとする。いきなりの事で戸惑っているのは俺だけのようで、他の面々は言われるがまま大人しく従っていた。一体何が始まるのやら。
「ささ、勇者様もこちらへどうぞ。お召し物を用意させておりますので」
「…お召し物って、着替えるんですか?」
「もちろんでございます。鎧姿で宴には出られないでしょう?」
俺としては鎧のままでも良かったんだが、ここで断るのも悪い気がするし大人しく従っておくか。
別室に連れられて行った俺を待っていたのは、笑顔を浮かべて舌なめずりするオバちゃん連中だった。全員古参のメイドのようで、俺の着替えを担当するらしいのだがこれは…
「まあまあ!流石は勇者様!結構な肉体美ですこと!」
「本当に!私好みのお顔をしてらっしゃるし」
「勇者様は独身かしら?うちの娘もちょうど独り身なんで、一度会っていただけない?」
「…勘弁…してください…」
あっと言う間にパンツ一丁に剝かれた俺は、怒涛のオバちゃんパワーに押されて彼女達の着せ替え人形となってしまった。これが若い女の子達ならこっちも楽しめるんだが、オバちゃん相手だとそうもいかない。この人達、前世なら絶対どこで売ってるか解らないヒョウ柄の服とか着て街を歩いてそうだ。
------
散々玩具にされた後、少し落ち着いた服装に着替えさせられた俺は賑やかな宴の席の中に居た。慣れない事で戸惑っていると、貴族らしい若い女の子やその父親などが動物園のパンダに群がるように次々押し寄せてくる。
「勇者様、闘技会でのお話を聞かせてくださいまし!」
「それよりダンジョンとはどう言った所なのか聞きたいですわ!」
「群がるドラゴンを次々倒したと言うのは本当なのですか?」
「ええと…その、大袈裟に吹聴されてる事もありますから…」
クロウなどは本領発揮とばかりに上手く立ち回っているようだが、そんな経験の無い俺は終始押されっぱなしだ。中には露骨に胸元を見せたり体を押し付けてくる娘も居るので目のやり場に非常に困る。いや、嬉しい事は嬉しいが後でクレア達にバレた時が怖いのだ。
「エスト殿、ちょっとよろしいか?」
そんな俺に新たに声をかける人物が現れた。声のする方に視線を向ければ、どこかで見たような顔が立っている。こいつは確か…クロノワールの側に仕えていた二人の騎士の内の一人。名前はルシウスかマルクスのどっちかだったな。
「クロノワール様がお呼びです。ついて来ていただきたい」
そう言うとこちらの返事も待たずに歩き出す。相変わらずの態度のデカさだが、今はそれが助けになった。まだ話し足りないといった感じの貴族達に断りを入れ、彼の後をついて行く。さてさて、一体どんな話をするつもりなのだろうか。
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