上 下
131 / 258
連載

第278話 宴

しおりを挟む

以前皇子クラウディス一派が殺戮を繰り広げた謁見の間は、今ではその名残は何処にも無く、派手ではないが品の良い調度品や美しい花々などが飾られていた。そこからは今やこの城の主となったクロノワールのセンスの良さを窺い知る事が出来る。

謁見の間の最奥にある、一段高い場所に位置する玉座に座っているのは年老いた皇帝では無く、若く美しく、活力に満ちた皇女クロノワールが腰かけていた。クロウを先頭に俺達グリトニルの使節団は見守るアルゴスの家臣達の間を静かに進んで行く。こちらが歩くたびにざわざわと騒がしくなるのは何が原因なのだろうか。玉座の前で立ち止まり、静かに膝を折ると鈴の音のような皇女の声が謁見の間に響き渡った。

「ようこそアルゴス帝国へ、グリトニルの使者の方々。歓迎しますよ。…そしてエスト殿、随分お久しぶりですね」
「ご無沙汰しております。クロノワール様」

久しぶりに見るクロノワールは以前よりたくましくなった印象を受けた。体がと言う意味では無く、雰囲気がだ。ただの小娘と言う頼りなさが無くなり、自然と頼りたくなるような存在感がある。俺がこの国を離れたあの後も色々あったんだろう。

「クロノワール皇女様、ますは我が国のリムリック王子からの書状をお受け取り下さい」

クロウが懐から取り出した書状を侍従が受け取り皇女に渡す。それを読み始めたクロノワールの顔は徐々に曇り始めた。何度も何度も読み返し、内容を吟味しているようだ。

「…これは…真の事なのですか?魔族の侵攻とは」
「はい。神に誓って嘘は言っておりません。早ければ一年以内にも事が起こるかと。既にリオグランド、バックス、ファータの協力は取り付けております」

クロウの言葉に、それきりクロノワールは黙り込んでしまった。何事かと騒めくアルゴスの家臣達が心配顔でクロノワールを見るが、彼女は手でそれを制する。

「状況は理解しました。エスト殿が発案された要塞線構築のための人材も至急集めるよう手配いたしましょう。それに伴い、兵の募集や武器、食料の備蓄なども行います。…やっと国内が落ち着いたと思ったら今度は魔族ですか…休む暇もありませんね」
「…心中、お察しいたします。殿下」

疲れたようにため息をつくクロノワール。彼女は何事かを侍従に耳打ちすると、気分を変える様に明るい声で口を開いた。

「ところでエスト殿、報告は聞いていますよ。我が国を去った後も色々と活躍されているようですね」
「は…はい、まあ」

突然の話題変換に戸惑う俺を、クロノワールは悪戯っぽい笑みを浮かべて見ていた。突然何を言い出すんだこの人は?まったく意図が読めないんだが。

「先ほども街で何か被害が出たと報告が上がっております。宿の一部を半壊させたんだとか」
「ぶはっ!」

思わず吹き出してしまった。さっき起きた事が全部知られてるじゃないか。一体いつ情報を集めたんだか…あ、俺が目立つからか。確かに勇者と呼ばれる人間が目立つ場所で暴れればすぐ解るよな。

「も、申し訳ありません」
「謝る必要は無いでしょう。宿とも示談が成立しているようですし、もともとの原因はエスト殿の名を騙った偽者にあります。その者らも身柄を拘束しているので、後日罪を償わせます」

それを聞いて安心した。捕まった後唯一気になっていた点が偽勇者の処遇だったが、ちゃんと捕まえてくれてたんだな。まあ仮にも貴族の名を騙って詐欺行為を働いていたんだから、良くて奴隷落ちってところだろうか。あいつらも一時の快楽のために馬鹿な真似をしたもんだ。

「さて、本日グリトニルの御使者の方々にはささやかながら宴の準備をさせていただいております。今日ばかりは日頃の疲れを忘れて楽しんでいってください」

話は終わりとばかりにクロノワールが一つ手を打つと同時に、大勢のメイドが謁見の間に入ってきた。彼女達は俺達グリトニルの使節団の手を引くと、その場から連れ出そうとする。いきなりの事で戸惑っているのは俺だけのようで、他の面々は言われるがまま大人しく従っていた。一体何が始まるのやら。

「ささ、勇者様もこちらへどうぞ。お召し物を用意させておりますので」
「…お召し物って、着替えるんですか?」
「もちろんでございます。鎧姿で宴には出られないでしょう?」

俺としては鎧のままでも良かったんだが、ここで断るのも悪い気がするし大人しく従っておくか。

別室に連れられて行った俺を待っていたのは、笑顔を浮かべて舌なめずりするオバちゃん連中だった。全員古参のメイドのようで、俺の着替えを担当するらしいのだがこれは…

「まあまあ!流石は勇者様!結構な肉体美ですこと!」
「本当に!私好みのお顔をしてらっしゃるし」
「勇者様は独身かしら?うちの娘もちょうど独り身なんで、一度会っていただけない?」
「…勘弁…してください…」

あっと言う間にパンツ一丁に剝かれた俺は、怒涛のオバちゃんパワーに押されて彼女達の着せ替え人形となってしまった。これが若い女の子達ならこっちも楽しめるんだが、オバちゃん相手だとそうもいかない。この人達、前世なら絶対どこで売ってるか解らないヒョウ柄の服とか着て街を歩いてそうだ。

------

散々玩具にされた後、少し落ち着いた服装に着替えさせられた俺は賑やかな宴の席の中に居た。慣れない事で戸惑っていると、貴族らしい若い女の子やその父親などが動物園のパンダに群がるように次々押し寄せてくる。

「勇者様、闘技会でのお話を聞かせてくださいまし!」
「それよりダンジョンとはどう言った所なのか聞きたいですわ!」
「群がるドラゴンを次々倒したと言うのは本当なのですか?」
「ええと…その、大袈裟に吹聴されてる事もありますから…」

クロウなどは本領発揮とばかりに上手く立ち回っているようだが、そんな経験の無い俺は終始押されっぱなしだ。中には露骨に胸元を見せたり体を押し付けてくる娘も居るので目のやり場に非常に困る。いや、嬉しい事は嬉しいが後でクレア達にバレた時が怖いのだ。

「エスト殿、ちょっとよろしいか?」

そんな俺に新たに声をかける人物が現れた。声のする方に視線を向ければ、どこかで見たような顔が立っている。こいつは確か…クロノワールの側に仕えていた二人の騎士の内の一人。名前はルシウスかマルクスのどっちかだったな。

「クロノワール様がお呼びです。ついて来ていただきたい」

そう言うとこちらの返事も待たずに歩き出す。相変わらずの態度のデカさだが、今はそれが助けになった。まだ話し足りないといった感じの貴族達に断りを入れ、彼の後をついて行く。さてさて、一体どんな話をするつもりなのだろうか。
しおりを挟む
感想 107

あなたにおすすめの小説

異世界転移からふざけた事情により転生へ。日本の常識は意外と非常識。

久遠 れんり
ファンタジー
普段の、何気ない日常。 事故は、予想外に起こる。 そして、異世界転移? 転生も。 気がつけば、見たことのない森。 「おーい」 と呼べば、「グギャ」とゴブリンが答える。 その時どう行動するのか。 また、その先は……。 初期は、サバイバル。 その後人里発見と、自身の立ち位置。生活基盤を確保。 有名になって、王都へ。 日本人の常識で突き進む。 そんな感じで、進みます。 ただ主人公は、ちょっと凝り性で、行きすぎる感じの日本人。そんな傾向が少しある。 異世界側では、少し非常識かもしれない。 面白がってつけた能力、超振動が意外と無敵だったりする。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

攫われた転生王子は下町でスローライフを満喫中!?

伽羅
ファンタジー
 転生したのに、どうやら捨てられたらしい。しかも気がついたら籠に入れられ川に流されている。  このままじゃ死んじゃう!っと思ったら運良く拾われて下町でスローライフを満喫中。  自分が王子と知らないまま、色々ともの作りをしながら新しい人生を楽しく生きている…。 そんな主人公や王宮を取り巻く不穏な空気とは…。 このまま下町でスローライフを送れるのか?

メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば
ファンタジー
シキは勇者に選ばれた。それは誰かの望みなのか、ただの伝統なのかは分からない。しかし、シキは勇者に選ばれた。果たしてシキは勇者として何を成すのだろうか。

最強魔術師、ルカの誤算~追放された元パーティーで全く合わなかった剣士職、別人と組んだら最強コンビな件~

蒼乃ロゼ
ファンタジー
 魔法学校を主席で卒業したルカ。高名な魔術師である師の勧めもあり、のんびり冒険者をしながら魔法の研究を行おうとしていた。  自身の容姿も相まって、人付き合いは苦手。  魔術師ながらソロで旅するが、依頼の都合で組んだパーティーのリーダーが最悪だった。  段取りも悪く、的確な指示も出せないうえに傲慢。  難癖をつけられ追放されたはいいが、リーダーが剣士職であったため、二度と剣士とは組むまいと思うルカ。  そんな願いも空しく、偶然謎のチャラい赤髪の剣士と組むことになった。  一人でもやれるってところを見せれば、勝手に離れていくだろう。  そう思っていたが────。 「あれー、俺たち最強コンビじゃね?」 「うるさい黙れ」 「またまたぁ、照れなくて良いから、ルカちゃん♪」 「(こんなふざけた奴と、有り得ない程息が合うなんて、絶対認めない!!!!)」  違った境遇で孤独を感じていた二人の偶然の出会い。  魔法においては最強なのに、何故か自分と思っている通りに事が進まないルカの様々な(嬉しい)誤算を経て友情を育む。  そんなお話。 ==== ※BLではないですが、メンズ多めの異世界友情冒険譚です。 ※表紙はでん様に素敵なルカ&ヴァルハイトを描いて頂きました。 ※小説家になろうでも公開中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。