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第242話 シャリー

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ファータ王城の解体作業は随分と進んでいるようだった。一度水没したのもあって防御力の低さを露見させた城など使い道も無く、城を構成する材料を使って新たに住居や商業施設を造る予定だそうだ。手近に居た兵士にレベリオの居所を聞くと、彼等は王都に居るとの事だったのでそちらに向かう。

街の中央にある少し大きめの建物は以前集会所に使われていたようだ。レベリオ達はそれを改修して解放軍…今は正式なファータ国軍首脳の拠点としているらしい。見張りに声をかけて中に入ると、俺達の帰還を聞いて飛び出して来たディアベルが出迎えてくれた。

「主殿!戻ったと言う事は、シャリーを治す手立てが見つかったのか!?」
「ああ、すぐに治療を始めよう。シャリーはどこだ?」
「ついて来てくれ」

速足で歩くディアベルの後に続く。彼女の後姿は心なしか憔悴しているように見えた。きっと懸命にシャリーの看病をしていたのだろう。案内された部屋のドアを開けると、ベッドの上に寝かされたシャリーの姿が見えた。だがその姿を見て思わず絶句する。フォリアの雫のおかげで手足のみが石化した状態だったのだが、今は胸のあたりまで完全に石になっていた。そのシャリーの横には寄り添うようにドランが鎮座している。

「シャリーちゃん…!」
「シャリー!」

駆け寄ったクレアとレヴィアの二人が声をかけると、意識が混濁しているのか、シャリーはうっすらと目を開けて再び眠りについた。かなり衰弱しているようだ。二人は涙を流しながらシャリーに呼び掛けている。そんな光景を見ていると、我が事のように胸が苦しくなる。

「ここ数日はずっとこんな感じなのだ。フォリアの雫を毎日飲ませていたのだが、段々と石化している範囲が広がってしまった。まともに食事を摂る事も出来なくなったし、もうどうにもならない…!」

普段気丈なディアベルが人目も憚らずにボロボロと涙を流す。シャリーだけでなく、見ているしか出来ないディアベルの心労も相当なものだったのだな。

「安心しろディアベル。すぐにシャリーを治してやる」

シャリーの脇に立った俺はミレーニアから借り受けた賢者の石を懐から取り出し、その体の上にかざして祈りを籠める。

「シャリー、早く元気になれ!」
「シャリーちゃん!いつものように追いかけっこしましょう!」
「シャリー!まだお前が食べた事の無い料理が山ほどあるのだぞ!それを食べないでどうする!」
「シャリー!お姉ちゃんより先に妹が死ぬなんて許さないよ!」
「グワー!」

この場に居る人間すべてがシャリーの回復を心から祈っている。頼む、治ってくれ!一身に祈りを捧げる俺達全員の祈りが通じたのか、賢者の石は徐々に光を放つとそれを強くし、部屋を真っ白に染めるほどの光量を放った。…目を開けていられない程の光は徐々に弱くなり、部屋は完全に静けさを取り戻した。

「ご主人様!シャリーちゃんが!」

クレアの言葉に慌ててシャリーを確認すると、その小さな体は完全に元に戻っており、彼女は静かに寝息を立てていた。恐る恐る体を末端まで確認してみるが、どこにも石化している兆候はない。とうとう石化が解除されたのだ。顔を見合わせた俺達は、次第にお互いの顔が泣き笑いの表情に歪んでいくのが解ると、絶叫しながらその場で飛び跳ねる。

「やったー!!」
「治った!治りましたよ!」
「こんな嬉しい事が他にあるか!?」
「やったわ!やった!シャリーが治った!」
「グワッグワーッ!」

俺達が大騒ぎしているのを何事かと思って部屋を覗いたレベリオ達が、シャリーの状態を見て驚きに固まっている。ベッドの周りで大人達が大騒ぎしていると、当のシャリーがゆっくりと目を覚ます。少しピンクに染まる柔らかそうな頬っぺたはいつものように血色がよく、今まで死にかけていたのが信じられないぐらいだ。

「…ごしゅじんさま…?」

寝ぼけまなこをこすりながら、シャリーがゆっくりと体を起こす。いまいち事態が把握出来ないのか、皆が涙を流しながら笑顔でいるのを不思議そうに見上げるシャリーを思わず抱きしめると、クレア達もシャリーに殺到した。ぎゅうぎゅうにされて混乱していたシャリーは遊んでいると思ったのか、キャッキャッとはしゃいでいる。いつものように元気な反応が返って来て再び涙が溢れそうになった。

「シャリー、もうどこも痛くないか?気持ち悪くなったりしてないか?」
「へいきだよ。なんでそんな事聞くの?シャリーはなんでこんなとこに寝てるの?」

思ってもいなかった返事が返ってきた事に俺達全員が困惑する。自分がここに来た経緯を覚えていないのだろうか?

「シャリー、砂漠で起きた事覚えてないのか?」
「さばく?シャリーはご主人様たちとお出かけして、それで…それで…あれ?なんだっけ?」

思わず顔を見合わせる。どうやら記憶が飛んでるようだ。事故や事件など、あまりに衝撃的な経験をした人がたまにこう言った症状に陥る場合があると聞いた事があるが、今のシャリーは正にそれだろう。思い出そうとして一生懸命に頭を捻るシャリーの頭を俺は優しく撫でる。

「そっか、覚えてないなら良いんだ。それよりお腹空いてないか?今から王都に行って美味しい物をお腹いっぱい食べようか」
「ほんとに!?やったー!」

ベッドの上で飛び跳ねるシャリーに思わず目を細める。辛い記憶なら無理に思い出さなくていい。忘れたと言う事は、必要が無くなったからだと思う事にしよう。ここを離れる前にレベリオ達ファータの人々に礼を言い、改めてお礼に伺う事を約束する。彼等は気にしなくていいと言うが、復興の重要な足掛かりになるフォリアの雫を大量に消費させたのは事実だし、そのお返しをしなければ俺としても気がすまない。

ひとまずファータを離れた俺達は、ガルシア王国の王都まで移動していた。なんだかんだ言って、この街の料理や商品の豊富さは他国より優れていると、何カ国か旅して来た今なら実感できる。シャリーの全快祝い兼パーティー全員再集合を祝うため、金に糸目をつける気はない。大通りにある豪奢な造りの高級な宿屋に入り、二階の一室を貸し切って手当たり次第に料理を注文すると、滅多にお目にかかれないような高級食材が次から次へと運ばれてきた。その光景にはシャリーだけでなく俺やクレア達も大興奮だ。ドランなどはテーブルの上から離れようとしないし、レヴィアとシャリーは手づかみで料理を口に運んでいる。クレアとディアベルは最初お上品に食べていたのだが、シャリー達の食べる勢いに負けてはならないと思ったのか、先を争って食べる様になっていた。

本当に良かった。その光景を見ながら心の底からそう思える。彼女達さえ元気でいてくれれば、俺は他に何もいらないとさえ思う。出された料理のほとんどを食べつくし、シャリーはいつもの様に食べ過ぎて動けなくなっていた。クレア達大人組は上等な酒を何本も空けて例外なく潰れかけているし、みんな随分とはしゃいでいたものな。

「みんな、そのまま聞いてくれ。俺は明日、ミレーニアまで行って来るよ」
「え…ご主人様?指輪の手がかりも無いみたいだし、もうあの国に用はないのでは?」

酒に酔ったクレアが半眼で尋ねて来た。クレアの言う通りなんだが、まだあの国には用事がある。ネムルに対して謝罪する気持ちなど皆無だけど、借りた物は返さなければならない。

「賢者の石を返してくるよ。このままだと強奪したみたいになるからね。シャリーが回復したんだから、俺が持ったままだとマズいでしょ」

正直このまま持ち歩いても彼等は何も言ってこないと思うが、借りると言った手前返すのが筋だ。それにネムルはともかくネムルの娘に悪感情は無い。彼女が父親の治療に賢者の石を必要とするかも知れないし、俺もネムルをボコボコにした事で気が晴れた。石を返す事で手打ちに出来るならその方が良いだろう。

「わかりました。留守はおまかせ下さい」
「頼んだよ」

それだけ言うと、クレアはテーブルに突っ伏して寝息を立て始める。苦笑しながら全員に毛布を掛け、俺もソファーに横になった。色々あったが、シャリーが回復して本当に良かった。今夜はいい夢が見られそうだと、俺は静かに瞼を閉じた。
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