4 / 31
4
しおりを挟む若い女官は、ジャスミンから選んでいいと言われて、目を輝かせていたが、すぐに真剣に選び始めていた。ハンカチに数個だけ取ったが、欲張ることはしなかった。吟味に吟味を重ねて選んでいる姿に全種類味見してもいいとジャスミンは言いたくなったが、その言葉は飲み込んだ。
(ここに家族がいれば、もっと取っているところでしょうけど。自分だけだとそのくらいなのね。本当に欲がないわ。……こんなところまで、ついて来てくれたみんなもそうだけど)
お菓子はまだ山のようにあった。ジャスミンが好むお菓子ではなかった。ジャスミンが、ここに来る前までにあちらで食べたことがありそうなものばかりで、食べなくとも簡単に想像できてしまっていた。
「残りも、皆に配っていいわ。せっかく用意してくれたのだもの。皆で食べるといいわ」
「……お加減がよろしくないのですか?」
一番、側にいるであろう女官の言葉にお菓子が食べれると浮き足だっていた面々が、一斉にジャスミンを見た。
その視線に気づいて、内心で苦笑してしまったが、顔を変えることはなかった。
「そんなことないわ。みんなが、喜んでいるのを見ると気晴らしになるのよ。……それに今日も、大した予定も入らないだろうし」
「ジャスミン様」
ジャスミンは、それこそ、婚約者の誕生日を祝うためにわざわざ長い船旅をして、やって来た。
だが天候不良で、予定の港に着かなかったため、他の港に降り立つことになってしまい、そこからでは誕生日にぎりぎり間に合うかくらいだったのだが、更に予定が遅れそうなことにジャスミンは関わってしまったのだ。どうにも見過ごせない場面に遭遇してしまって、ジャスミンはそれをどうにかしながらたどり着いたため、誕生日に間に合うどころの話ではなかったのだ。誕生日から遅れること、数日となっていた。
そのことで、お相手様こと、婚約者は憤慨してしまい、わざと遅れたんだと騒いで、怒ったままジャスミンに会おうとしないのだ。それこそ、出迎えもなく、顔合わせもしてすらいない。
予定が立て込んでいるからとジャスミンと会わないままの婚約者のことで、女官たちが気分転換をさせようとあの手この手を使ってくれているが、それが逆に自分たちが喜ぶことになっていることに気づいていないようだ。
(多分、わざわざ誕生日を祝いに来るって吹聴して、来れなかったせいで恥もかいたってところでしょうね。……それ、あの、浮気男もしたのよね)
船旅では事故までにはならなかったが、前のところで乗り合い馬車の事故に遭遇して、ジャスミンはそのままにしておけずに怪我人の手当てを優先したのだ。それで、アーロの誕生日に間に合わなかったのだ。
それを恥をかかせたと言い、怒鳴り散らしたが、ジャスミンが人命救助に勤しんでいたことを知った面々に褒め称えられ、素晴らしい婚約者を持ったと言われたことが、更に頭にきたようだ。
ジャスミンは、それを思い出して、げんなりしていた。
ここでも、同じような目に合うとは思っていなかったのだ。そうでなければ、そんなこと思い出すことはなかった。
女官たちは、ジャスミンが待たされていることに憤慨していた。そんなこと自国ではあり得なかったのだ。
アーロも、ジャスミンが誕生日に祝いに来るとなり、吹聴していたパーティーにジャスミンは出席できなかったことがあった。
その時も、ジャスミンは貴族ではなくて、平民たちの事故を知って婚約者の誕生日パーティーよりも、彼らを助けることにしたのだ。アーロは大恥をかいたとジャスミンに怒鳴ろうとしていたが、ジャスミンが何をしていたかを知った面々が褒めちぎったせいで、怒るに怒れなかったのだろう。
それどころか、素晴らしい婚約者だとアーロは声をかけられて、何とも言えない顔をしていたのをジャスミンは昨日のことのように覚えていた。
(そういえば、あの時、ミアは素通りして彼の誕生日パーティーに参加していたのよね。もしかするとあの時に私の悪口でも言って、二人が意気投合しあったのかも知れないわね)
怪我人の多くが平民だったが、中には公爵家の元当主であるご隠居されている方がいて、後日、父を助けてもらったと公爵家の当主自らジャスミンの家に礼に来たときには、ジャスミンの家族もびっくりしていたし、ジャスミンもびっくりしていたが。
「怪我は、大丈夫でしたか?」
「あぁ、君のおかげで大事には至らなかった。父は、とても頑固でどんなに痛くとも医者を呼んで診てもらうような人じゃないんだが、君が我慢も程々にして、安心料代わりに医者に確認してもらうといいと言ってくれたのがよかったようだ。医者が、きちんと診てくれたおかげで、家で元気にしているが出歩くのはしばらく難しそうだ」
「そうでしたか」
「取り急ぎ、君にお礼を伝えに来た。本当にありがとう」
「いえ、そんなことはありません」
そこから、お見舞いにジャスミンが行くとご隠居は、孫が来たかのように大喜びしてくれた。ご隠居の妻にも、感謝された。
(……懐かしいわ。あれがあったから、今回も素通りなんてできなかったのよね。貴族だとわかれば、見返り欲しさによくしてくれる人は多いけど、その見返りが期待できないとなるとみんな薄情になるのよね)
ジャスミンは、どちらの世界も、その辺は似たりよったりなのかと思うと世知辛い世の中だと思えてならなかった。
27
お気に入りに追加
337
あなたにおすすめの小説
義妹がすぐに被害者面をしてくるので、本当に被害者にしてあげましょう!
新野乃花(大舟)
恋愛
「フランツお兄様ぁ〜、またソフィアお姉様が私の事を…」「大丈夫だよエリーゼ、僕がちゃんと注意しておくからね」…これまでにこのような会話が、幾千回も繰り返されれきた。その度にソフィアは夫であるフランツから「エリーゼは繊細なんだから、言葉や態度には気をつけてくれと、何度も言っているだろう!!」と責められていた…。そしてついにソフィアが鬱気味になっていたある日の事、ソフィアの脳裏にあるアイディアが浮かんだのだった…!
※過去に投稿していた「孤独で虐げられる気弱令嬢は次期皇帝と出会い、溺愛を受け妃となる」のIFストーリーになります!
※カクヨムにも投稿しています!
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす
リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」
夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。
後に夫から聞かされた衝撃の事実。
アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。
※シリアスです。
※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
【第一章完結】相手を間違えたと言われても困りますわ。返品・交換不可とさせて頂きます
との
恋愛
「結婚おめでとう」 婚約者と義妹に、笑顔で手を振るリディア。
(さて、さっさと逃げ出すわよ)
公爵夫人になりたかったらしい義妹が、代わりに結婚してくれたのはリディアにとっては嬉しい誤算だった。
リディアは自分が立ち上げた商会ごと逃げ出し、新しい商売を立ち上げようと張り切ります。
どこへ行っても何かしらやらかしてしまうリディアのお陰で、秘書のセオ達と侍女のマーサはハラハラしまくり。
結婚を申し込まれても・・
「困った事になったわね。在地剰余の話、しにくくなっちゃった」
「「はあ? そこ?」」
ーーーーーー
設定かなりゆるゆる?
第一章完結
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる