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「私と一緒だわ」
「え?」
「よくわかるわ。気にかけてほしかっただけよ」


ミュリエルの言葉にトレイシーは、またも首を傾げた。それは、トレイシーだけではなかった。家族みんながわけが分からない顔をしていた。

王太子の猛毒の方ではなくて、婚約者の令嬢の気持ちのことを言っているようだ。


「同じじゃないだろ。先の王太子は、毒で死んではいないんだから」
「そんなわけない! 私が、毒を盛ったせいで、あの方は階段を踏み外して落ちたのよ!!」
「いや、違う。お前が階段を踏み外して落ちそうになったのを助けて落ちたんだ」
「違う! 私を助けようとしたんじゃない!!」


どうやら、ミュリエルは自分のせいで死んだと言うのを毒殺しようとして、死んだと思いたかったようだ。


「どうして、そこまで助けられたと思いたくないんですか?」
「だって、私は……」
「心から愛されてないから?」
「っ、!?」
「お義姉様。先の王太子は、優秀な方なのだと聞いています。そんな方が、あなたの殺意に気づかないと思いますか?」
「それは……」


ミュリエルは、ふとやることなすこと先回りされたことを思い出して眉を顰めた。そんな彼の誤算は、ミュリエルに全てを打ち明けたことだろう。嘘をついたまま結婚したくなかったとはいえ、そんなことを言われてすんなり受け入れられる女性は少ないはずだ。


「それでもなお、必死になって助けたのなら、それが愛されていた証明になるのではありませんか?」
「っ、」
「あなたを助けようとしたその方は、見過ごすこともできたはずです。それをせずに助けた。あなたに殺意を向けられても、そこまでして助けたのなら、愛されていたはずです」
「っ!?」


(一番でなくとも、先の王太子はお義姉様を愛していた)


トレイシーの言葉にミュリエルは、大号泣した。そんな義姉をそっと抱きしめた。


(自分のせいで死んだと思っていたのね)


だから、記憶をすり替えようとした。

それに比べて、ラヴェンドラの王太子の婚約者だった令嬢は……。


(毒を飲んでまでして、王太子の婚約者になり続けて、何がしたかったのだろう?)


トレイシーには、それがわからなかった。でも、それでも変わろうと必死になっている王太子はかなり堪えたはずだ。


(まぁ、殺意がわくまでになっていたなら、婚約破棄していればよかったのに)


なんてことを思ったが、ラヴェンドラの王太子は一命を取り留めた後で、あれと婚約破棄できたことを喜んでいた。

死にかけたというのに婚約破棄できて、王位継承権の返上をしなくていいことを知って喜んだ。

だが、喜んでいたのも束の間、毒の後遺症で思う通りのことができなくなっていることに苛立っていた。一生幽閉されることになったことを知らずに彼は、王太子は自分しかいないのだからと思い、いずれはそこから出れると思っていた。

彼は、一度眠ると何日も眠るようになり、起きている時間が少なくなっていた。そのせいで、彼の中では、そんなに経っていなくとも月日はどんどん過ぎていっていた。

それに彼が気づくことはなかった。


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