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しおりを挟む猿呼ばわりされてから、その子息の伯父夫妻がラジヴィウ公爵家に謝罪に来たのは、すぐだった。
(あの方、隣国で私に会っていたってこと……? 猿呼ばわりは、そこでされていたのね。なんか、聞き覚えがあるような、ないような……)
トレイシーの養父母とルパートは、トレイシーがどこの令嬢だったかを知ることになったわけではない。ユルブル子爵家の2人が謝罪に来る前にルパートが調べ上げて、両親に話していた。トレイシーも、自分に何があったかを覚えている限り話して養子になったのだ。
知らなかったのは、ミュリエルだ。
「あちらの王太子が、女性をそんな風に呼ぶなんて……」
「あの国は、すっかり変わったな」
「えぇ、ミュリエルが戻って来てくれて良かったわ。そんな国に嫁いでいたら、ゾッとするもの」
「……」
トレイシーの養父母たちの言葉にトレイシーは、黙ったままだった。
「まぁ、そんなことより、トレイシー。学園には慣れた?」
「はい。面白い授業がたくさんあって、選択授業は全部を取れないかと思っているところです」
「まぁ! 選択全てを?!」
「はい。先生も、私ならいっぺんに平行しても問題なくできるだろうが、教える方が追いつかないから考え直してくれと泣きつかれましたけど」
「トレイシー。それは……」
ルパートは、ケロッと話すトレイシーに物言いたげな顔をした。
「やはりいっぺんになんて無理ですよね。先生たちは、自分たちが追いつかないと言ってくださるんです。優しすぎます。もっとはっきりおっしゃってくださればいいのに」
「「「……」」」
ラジヴィウ公爵家の3人は、誰もがそう思った。先生たちは本音でトレイシーに話していると。
トレイシーは、自分の頭の良さをまるでわかっていないのだ。何でもないように過去のことでお騒がせしましたと頭を下げて、トレイシーは部屋に戻った。
「ルパート」
「はい。父上」
「私は、とんでもない令嬢を義娘にしたかもしれん」
「私も、同じことを思っていました」
「……あの子の養母として、恥ずかしくないようにしなくては」
「全くだ」
「それを言うなら、私もです。この国一番の美しい妹とこの国一番の才女の義妹ができたのです。その兄が、これかと思われたら……」
ルパートは、ただですらミュリエルだけの時に散々言われたのだ。それが、トレイシーも加わり、学園に通うようになり、騎士団でも商人の店で見かけないからと何かと聞かれるのだ。
最近では、若い令嬢もトレイシーと話したがっていて紹介してくれと言われるのだ。前まではモテていて煩わしいと思っていたが、それがほとんどなくなり、義妹に嫉妬しそうになっていた。
そんなことを残った面々が話しながら、義兄の中でモテていた時に煩わしくせずにきちんと応対しておけばよかったと悔やむ気持ちが生まれているとも知らず、トレイシーの頭の中は……。
(結局、あの子息の名前は何だったんだろう??)
名前を聞きそびれたと思いつつ、もう会わなければ覚えても意味ないかと思い直した。そう思うまでも早かった。
つまるところ、その程度の子息でしかなかったのだ。名前をどうしても知りたいと思うわけでもなく、よくよく話し合いたいと思うこともなかった。
(記憶が戻れば、こんなこともなくなるのかな)
そんなことを思ったのは、この日だけだった。戻ったら何がしたいと思うことはトレイシーにはなかった。まるで、どうしても思い出したいことがトレイシーにはないかのようだった。
それか、真逆であるが、無意識のうちに思い出したくないから、このままでいいと思っていたのかも知れないが、トレイシーの記憶が戻ることは、この先もなかった。
学園と商人のところとミュリエルのところに行く日々が、トレイシーには楽しすぎた。
そんな時にトレイシーは、この国の王太子に見初められることになった。
トレイシーは全く気づいていなかったが、ずっと学園で話しかける機会を伺っていたようだが、いつもタイミング悪く王太子は、話しかけられずにいたようだ。
「やっと、話しかけられた」
「やっと……?」
「あ、いや、こちらの話だ」
「?」
何か探させるようなことをしたのだろうかと思うも、そういうことでもなかったようだ。
あまりに話ができて嬉しそうにする王太子にトレイシーは……。
(そんなに話しかけづらいことをしていたのかな? 王太子に気を遣わせて申し訳ないないな)
トレイシーは、全く見当違いなことを思っていた。だから、婚約のことも悩んだがトレイシーの養父母とルパートは喜んだ。
でも、ミュリエルだけが複雑な顔を見せたのだ。
(お義姉様……?)
その頃には、ミュリエルのことをそう呼んでいたが、みんなと同じく喜んでるように見せて、彼女だけが心から祝福できないかのようにしているのだ。その顔にトレイシーは親近感を覚えた。記憶にないはずなのにそれが、トレイシーはわからないはずなのに。なぜか不安になっていた。
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