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そんなことがあったとも知らず、謝罪なく帰ってから母に彼はトレイシーのことを伝えた。その母親も、この国で生まれ育ったはずが、息子と一緒になって、トレイシーのことを猿呼ばわりしたのだ。

それを聞いていた家の者たちは、眉を顰めていたが、激怒する前にトレイシーが子爵家の令嬢だと言うのに怪訝な顔をした。


「子爵家……?」
「そうです! その女は、隣国の子爵家の娘です。聞けば、王太子に怪我をさせて勘当され、国を追われたとか。なのにそれが、公爵家の養子になるなんて信じられません。そんなのを養子にしたら、大変です!」


大変と言うのを見て、ラジヴィウ公爵家がそんなことをきちんと調べずにするはずがないだろうと言わんばかりの顔をした。


「それなら、彼女が怪我をさせたのではなくて、王太子を助けたのだ。そのことは、何度も言ったはずだ。誤解を招くから、偽りを口にするなとな」
「偽りではありません! 私は、あの女をよく知っているからこそ、そちらが真実だと言っているんです!!」


この国のラジヴィウ公爵家が決めたことだというのにあの女呼ばわりする出戻りにその通りだと言わんばかりの息子が隣にいた。


「あの人、何が言いたいのでしょう?」
「さぁな。だが、学園で恥をかいたのは、私たちなんだがな」
「えぇ、今頃、苦情の山になっていたかもしれないのに。そうならないことにすら気づいてないみたいですね」
「……この場合、苦情が来た方が、あの人たちはわかりやすかったのかもな」
「え、嫌です。そんなのが来ていたら、しばらく学園に行けなくなってしまいます。あの方とお話してみたいと思っているのに」
「そうだよな。あの人たちにわかりやすくする必要ないよな」


猿呼ばわりしたのを従兄妹たちは、見聞きしていたのだ。もはや怒りより呆れが強くなっていた。父が、どうするのかと眺めていた。

どうにかしないなら、母が我慢の限界を迎えてキレるだろう。どちらにしろ。この叔母と従兄弟を見るのは最後のはずだ。


「……何が言いたい?」
「ですから、そんなのを養子にしたら、家の恥になります!」


家の恥というか。お前の家ではないし、この国のラジヴィウ公爵家の問題だ。それを何様のつもりだと兄は思いながら、昔から問題ばかりを起こす妹を見下ろした。


「この世界で一番厳しいと言われる我が国の学園の編入試験で、これまでの誰よりも優秀な成績を取った令嬢だと知っていて言っているのか?」
「へ? あ、あの学園の編入試験で、そんなの取れるわけが……」
「お前の息子とは、真逆だな。ギリギリで通って、今回はこれだ。息子を連れて出戻ってきただけでも、私たちがどれだけ迷惑していると思っているんだ! 恥さらしなのは、お前たちだ!!」
「「っ!?」」
「学園でのことは聞いた。どれだけ、恥をかいたか。それなのに謝罪するどころか。よくも、そんなことが言えるな!」
「あ、兄上! 恥だなんて、この子がそんなことするわけがありません!」
「お前も含めてだ!! お前たち親子には愛想が尽きた」


この後、実家からも出て行くように言われることになり、辛うじてユル子爵家の母の旧姓を名乗れていたが、それすらできなくなった。


「そんな、兄上! あんまりです!」
「あんまりなのは、お前だ!! あちらのゼノス公爵が嫁にしたのに迷惑ばかりかけおって。どれだけ、そのことで恥をかいたか。お前のようなのでも、この家の役に立つのかと思ったが、一層酷くなって戻って来るとは思わなかった」


出戻ってすぐにそうしていればよかったと思うが、甥は巻き込まれて戻って来ただけだと思っていた。それが、母親にそっくりなせいで追い出されたとわかったのは、すぐだった。

それでも、学園にギリギリでも入ったことで変わるかと思えば、若い頃の母親そっくりよりも更に酷かったのは、ラヴェンドラでゼノス公爵家で育ったせいだろう。

母の実家が、ユルブル子爵家で従兄妹たちより勉強ができなくとも、ゼノス公爵家にはあの頭のおかしな兄しかいないのだ。父も、いずれ後悔して呼び戻すと思っていたとは思うまい。

だから、伯父夫妻も何だかんだと住まわせていると思っていた。従兄妹たちは、そんな従兄弟を無視していたが、それもやっかみだと思っていた。

全ては勘違いでしかなかった。ただ、やり直すチャンスだったのだが、彼はそれを自分で見事にぶち壊したに過ぎなかったのだ。


「あそこに戻るつもりだったのか? 母親が離婚した時に勘当扱いになっていたはずだが」
「え?」
「っ、」
「話していなかったのか?」
「そ、それは、気が変わるものと」


母の言葉に息子は、ゼノス公爵家に戻るなんて夢のまた夢であり得なかったことを知ったのは、伯父のところから出ることになった時だった。 

平民として働こうにも、どこでも使いものにならないと散々に言われ、それを言われるたび……。


「あの猿のせいだ」
「……」


息子は、猿のせいと言うが、母親はそれを言わなくなっていた。そのうち、息子といては食べるものにも困る日々に母親は見かねて修道院に入ることにして、息子を見捨てた。

息子は、1人になって母親より使えないと言われ、それでも自分は猿女よりも優秀だと思い続けて、侮辱することをやめることはなかった。


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