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しおりを挟む「ふん。お前のようなのが、ここでやっていけるものか」
「……あの、あなたは、私をご存じなのですか?」
トレイシーは、今の自分ではなくて、記憶のない頃のトレイシーを知っているのかと聞きたかったのだが、猿から始まったことでトレイシーも混乱してしまって、言葉足らずになっていた。
猿と呼ばれて傷ついているわけではない。トレイシーは、そういう令嬢ではない。
「は? お前を知らないわけないだろ!!」
「あら、それなら、あなたより身分が上なのもご存じよね?」
そこに聞き捨てならない他の令嬢が現れた。それは商人の店に何度か来ていた令嬢だ。
(あ、あの方もいたのね)
他にも、店に来て話し込んだ令嬢や子息がいた。トレイシーは、それにホッとしつつも、記憶がないこともあり、子息のことを知り合いなのかと思い首を傾げた。猿呼ばわりされたことに脳内が忙しくなっていた。なぜ、そこで猿と呼ばれるのかはわからないが……。
(なんか、猿に申し訳ないな)
この辺りに行き着くところは、トレイシーは全く変わっていなかった。
だが、言い返さないのはトレイシーがショックを受けているものと殆どの者が思っていたせいで、ここに誤解が生まれることになった。
「は? 子爵家の令嬢なら、身分は……」
「子爵家は、あなたでしょ。こちらは、公爵家の養子になられた方よ。それを猿だなんて、知り合いだろうとも、女性に失礼がすぎるわ」
「っ、公爵家!? そんな、その女は……」
「まだ言うの?」
「っ、」
他の者たちも、これまでもずいぶんと目に余ることばかりしていたその子息にまたかと思いつつ、猿呼ばわりしたことに激怒していた。
この国では、貴族だろうと平民だろうとも、そんな呼び方はしない。何ヶ月も、この国に母親と戻ってきているというのに彼は、未だにラヴェンドラにいた頃のままだった。
それでも、トレイシーに負けたことが何より悔しくて仕方がなかった。
「あんなのが公爵家の養子になるなんて、何かの間違いだ。全く、この国の人間は頭が良すぎて見る目がないんだ」
それこそ、自分の方が有能なのに成績だけでとやかく言う周りにも彼はずっと腹を立てていた。真っ当な評価を受けていないと思っていた。
ラヴェンドラではそれなりだったのだからと思っているが、公爵家に元々生まれたことで贔屓にされたり、今後のためにと甘く評価している大人たちがいたからこそ、あの国でもそれなりの成績だっただけで、この国ではそんなこと一切しないため、正しい評価をされているだけなのだが、彼にはそれがわからなかったようだ。
謝罪もなく、言いたいことだけ言って帰ったことで、この後、ユルブル子爵家が苦情の嵐となるかと思われたが、そうはならなかった。
「あの、トレイシー様」
「……聞きそびれました」
「え?」
「猿とは、何のことを意味していたのでしょう」
ただの悪口だと捉えなかったトレイシーが、何か深い意味があるのだろうとあれこれ言うのを聞いて、大半は……。
「あいつにそんな思惑があったと思うか?」
「いや、だが、頭のいい方は、色々と思いつくのだな。あんな空っぽな奴でも奥深い人間に思えて来る」
「あれで、奥深いなら、俺らでも立派な人間になりそうだな」
そんなこんなで、トレイシーがいつもの調子だったおかげで、苦情の山が届くことはなかった。従兄妹たちも、あの従兄弟のせいで執拗に嫌味を言われることもなかった。
それを見ていた者がいた。
「あれが、例の編入生か。どうなるかと思っていたら、出る機会を逃してしまった」
その青年は、いつも目敏く見つけられるのだが、他の生徒たちも、トレイシーの一挙手一投足に釘付けになってしまっていたようで、全く気づかなかったことに苦笑しつつ、それに機嫌を悪くすることはなかった。
この青年も、この時は余裕そうにしていたが、トレイシーと話そうとすればするほど、その機会に恵まれないことに頭を抱えそうになることになるのだが、この時はまだ余裕があった。
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