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しおりを挟むトレイシーの両親は国王がきちんと調べると言っていたというのにトレイシーが記憶喪失なふりをしてまで言い逃れようとしたと思い込んでいた。
話し合いが終わって、家に着くなり勘当して、家から出て行けと言い出したのは、家に帰ってすぐのことだった。
記憶がないこともあり、トレイシーはそんなことを言い出す父を信じられない者を見る目をしながら尋ねた。
記憶があったら、してはいなかったことだ。この人たちは、元々こういう人なのだととっくに諦めていただろうが、この時のトレイシーは何も覚えていないのだ。聞いてみなければ、わからないこともある。……目の前の人たちは、かなりわかりやすいから、聞いたところで何となく記憶のないトレイシーにもわかってしまったが、まさか、その通りではないだろうと思いたかった。
「……国王陛下自らが調べるとおっしゃっていたのに?」
「そうだ! 結果はわかっている。さっさとお前を勘当しておけば、我が家に害は及ばない」
「……」
「王太子の婚約者になれないどころか。こんな恥さらしなことまでするなんて、二度と会いたくないわ。お前のようなのは、この国から出て行って」
「……」
トレイシーは、記憶喪失だというのに信じてすらくれず、家のため、自分たちのために最小限の被害にとどめようと保身に走る姿に表情を消したままだった。
(これが、トレイシーの両親なのね。娘が、本当に記憶喪失なのにすら気づくどころか。嘘をついていると言う親がいることにびっくりだわ)
記憶があったら、もっと傷ついていたことだろう。そんなことをこれまで、どのくらいされてきたことか。
あの医者が気にかけていたくらいだ。両の手では足りないほど、散々な目に合わされてきたはずだ。
(覚えていないはずなのに。心が痛いわ。それとも、覚えていないから、感じているのか。ここに居続けた方が、身体に悪いのは確かね)
一生、この両親に付き合わされることになるより、勘当された方がマシにすら思えた。
そんなトレイシーに声をかけて来たメイドがいた。
「トレイシー様。大丈夫ですか?」
「あなた、何言ってるの?」
「え?」
「関わりたくないなら、声なんてかけなければいいのよ」
「な、なんで、そんなことを? 私は、心からトレイシー様を心配しているのに」
それは、トレイシーの側にいたメイドだが、記憶がないため覚えてはいない。
メイドの方が、トレイシーの言葉に傷ついた顔をしていた。それにトレイシーは、イラッとしてしまった。
「心配? あなた、記憶を失くしたらどうなると思う? 何も覚えてないのよ? それを嘘をついてると決めつけられて、この家どころか。国からも出て行けと言われて、大丈夫か? そんなこと聞く、そっちがどうかと思うけど」
「っ、」
「まぁ、いいわ。とりあえず、私の私物は、あの部屋だけなの? 他にも、あるの?」
「トレイシー様、こちらです。ご案内します」
他のメイドが案内してくれた。大丈夫かと聞いたメイドは立ち尽くしたままだった。
このメイドは、何かと大丈夫かと気遣うことを恋人になった男性によく言っていた。それの何がいけないのか。怒られたり、苛つかれたりして、これまで上手くいったことがなかった。
今回もまたトレイシーに色々言われても腹が立っただけで、何を言いたいのかがわかることはなく、この後も付き合う男性と結婚するまでに至ることはなかった。
ナヴァル子爵家で働くメイドたちは、そんな彼女を白けた目で見ていた。流石にこの状況で、トレイシーにそんなことを言うのかと思ってのことだ。
「あの子、私が風邪引いてる時にも、同じこと聞いたのよね」
「私は、怪我した時に言われたわ。どう見ても、大丈夫そうには見えてない時ばかりにあぁ言うのよね」
「流石に今のトレイシー様にまで言うなんて、信じられないわ」
そして、このメイドはナヴァル子爵家で働く他の使用人たちからも一歩引かれて見られることになったが、それにすら気づくことはなかった。
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