96 / 111
第4章
31
しおりを挟むりらが小学生までは、祖父母はよくこう言っていた。
「そもそも、りらがいい子で良かった。あの子まで、まともじゃなかったらと思うとゾッとするわ」
「本当だな。産むのを反対していたが、そこは頑なに産むのを曲げなくて良かった。それに離婚したのもだ」
「……そうね。こっちで、普通に暮らしていたのだもの。まともにならないはずがないわ。りらは、凄くいい子だもの」
凄くいい子と言われて、りらの頬が引きつりそうになったのは、一度や二度ではなかった。
(まともにならないはずがないって、自分たちが育てたおかげみたいな言い方だけど、大した世話をやかれた記憶なんてないのよね。家事全般、私がやらされてるし)
りらは、それを耳にするたび、そんなことを思っていた。そもそも祖父母は、母がりらを産むことにすら反対していたのだ。それを知ってりらが、どれほど傷ついたことか。そんなことを考えもせず、祖父母はりらにそんな話を平然としていた。母も、りらに対して気遣うなんてことをする人ではなかったから、娘がどう思うかなんて気にしてもいなかった。
りらが父のようになっていたら、産んだことすら色々と言われていたに違いない。祖父母からも、母からも産んだことも、育てたことも間違いだったと言われて、今以上に針の筵だったに違いない。
(私が、この人たちをどう見ているかを知ったら、産んだりしなかったって言いそうだな。育ててやったのに恩知らずとか、散々なことを言われていただろうことは簡単に想像がつく)
そこから、父のようになるなと母にも、祖父母にも言われるようになった。1日聞かないことがないほど、3人から、かわるがわる言われ続けた。それは、りらにとって“呪い”の言葉でしかなかった。
そんな人たちに囲まれながら一緒に暮らすうちにじわじわとそれが当たり前になっていった。りらに逃げ場なんてなかった。
父は、まともじゃない。あんな風になるわけにいかない。それが刷り込まれ続けたが、萌音と仲違いすることになってからは、母や祖父母の言葉の押収に毎日気が変になりすぎることはなかった。
既に萌音とのことで、心に深い傷ができているりらは母や祖父母のやることなすことに萌音の両親よりはマシだと思っていた。
(そんなこと思う私が、一番嫌いだな。でも、世の中、一番を見てしまうとまだマシだって思えるもののようね)
りらは、父のところに行っても、いや、あの家に行っても、父に会いたいと頑張ることをすることは一度もなかった。むしろ、できなかった。
(萌音の父親みたいなのが、私の父さんだったら、ショックで立ち直れないわ。祖父母みたいに産むことに反対していたり、性別が気に入らないけど利用価値があるからと側に置こうとするのも嫌だけど。でも、理想の息子が手に入ったら、あっさりと捨てる親も嫌すぎる。そんな人だったら、そんな人が私の父だったら、泣くに泣けない。私は、知らなくていい。会わないままでいい)
父が、そういう人だったら、あの家に何食わぬ顔して行くこともできなくなって、無理やりにでも母や祖父母に父のところに行けとどやされていただろう。散々なまでにボロクソに言っていたくせに養育費が少なくなり始めたりすると平気で追加を頼んだりしたようだし、りらが父のところにそれとなく顔を出していたから、あの人たちは好き勝手できたのだ。
(そんなことをしておいて、りらのためにやってるなんて言わないでほしいわ。全ては、自分たちのためにしているだけだったのに)
でも、それをひた隠しにして、誰にもりらは話したことはないままだった。
萌音とあんなことにならなければ、父親と話してみればいいと言っていてくれたはずだが、萌音自身があんなことになったら、そんなことをりらに言ってはくれなかっただろう。
知らないままが幸せなことがある。そんなのを幸せと言えるのかがわからないが、それでもりらはそちらの幸せを選ぼうとしていた。
30
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説
母は、優秀な息子に家の中では自分だけを頼ってほしかったのかもしれませんが、世話ができない時のことを全く想像していなかった気がします
珠宮さくら
恋愛
オデット・エティエンヌは、色んな人たちから兄を羨ましがられ、そんな兄に国で一番の美人の婚約者ができて、更に凄い注目を浴びる2人にドン引きしていた。
だが、もっとドン引きしたのは、実の兄のことだった。外ではとても優秀な子息で将来を有望視されているイケメンだが、家の中では母が何から何までしていて、ダメ男になっていたのだ。
オデットは、母が食あたりをした時に代わりをすることになって、その酷さを知ることになったが、信じられないくらいダメさだった。
そんなところを直す気さえあればよかったのだが……。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
騎士団長のお抱え薬師
衣更月
ファンタジー
辺境の町ハノンで暮らすイヴは、四大元素の火、風、水、土の属性から弾かれたハズレ属性、聖属性持ちだ。
聖属性持ちは意外と多く、ハズレ属性と言われるだけあって飽和状態。聖属性持ちの女性は結婚に逃げがちだが、イヴの年齢では結婚はできない。家業があれば良かったのだが、平民で天涯孤独となった身の上である。
後ろ盾は一切なく、自分の身は自分で守らなければならない。
なのに、求人依頼に聖属性は殆ど出ない。
そんな折、獣人の国が聖属性を募集していると話を聞き、出国を決意する。
場所は隣国。
しかもハノンの隣。
迎えに来たのは見上げるほど背の高い美丈夫で、なぜかイヴに威圧的な騎士団長だった。
大きな事件は起きないし、意外と獣人は優しい。なのに、団長だけは怖い。
イヴの団長克服の日々が始まる―ー―。
前世の祖母に強い憧れを持ったまま生まれ変わったら、家族と婚約者に嫌われましたが、思いがけない面々から物凄く好かれているようです
珠宮さくら
ファンタジー
前世の祖母にように花に囲まれた生活を送りたかったが、その時は母にお金にもならないことはするなと言われながら成長したことで、母の言う通りにお金になる仕事に就くために大学で勉強していたが、彼女の側には常に花があった。
老後は、祖母のように暮らせたらと思っていたが、そんな日常が一変する。別の世界に子爵家の長女フィオレンティーナ・アルタヴィッラとして生まれ変わっても、前世の祖母のようになりたいという強い憧れがあったせいか、前世のことを忘れることなく転生した。前世をよく覚えている分、新しい人生を悔いなく過ごそうとする思いが、フィオレンティーナには強かった。
そのせいで、貴族らしくないことばかりをして、家族や婚約者に物凄く嫌われてしまうが、思わぬ方面には物凄く好かれていたようだ。
白雪姫の継母の夫に転生したっぽいんだが妻も娘も好きすぎるんで、愛しい家族を守るためにハッピーエンドを目指します
めぐめぐ
ファンタジー
※完結保証※
エクペリオン王国の国王レオンは、頭を打った拍子に前世の記憶――自分が井上拓真という人間であり、女神の八つ当たりで死んだ詫びとして、今世では王族として生まれ、さらにチート能力を一つ授けて貰う約束をして転生したこと――を思い出した。
同時に、可愛すぎる娘が【白雪姫】と呼ばれていること、冷え切った関係である後妻が、夜な夜な鏡に【世界で一番美しい人間】を問うている噂があることから、この世界が白雪姫の世界ではないかと気付いたレオンは、愛する家族を守るために、破滅に突き進む妻を救うため、まずは元凶である魔法の鏡をぶっ壊すことを決意する。
しかし元凶である鏡から、レオン自身が魔法の鏡に成りすまし、妻が破滅しないように助言すればいいのでは? と提案され、鏡越しに対峙した妻は、
「あぁ……陛下……今日も素敵過ぎます……」
彼の知る姿とはかけ離れていた――
妻は何故破滅を目指すのか。
その謎を解き明かし、愛する家族とのハッピーエンドと、ラブラブな夫婦関係を目指す夫のお話。
何か色々と設定を入れまくった、混ぜるな危険恋愛ファンタジー
※勢いだけで進んでます! 頭からっぽでお楽しみください。
※あくまで白雪姫っぽい世界観ですので、「本来の白雪姫は~」というツッコミは心の中で。
【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜
鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。
誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。
幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。
ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。
一人の客人をもてなしたのだ。
その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。
【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。
彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。
そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。
そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。
やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。
ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、
「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。
学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。
☆第2部完結しました☆
【完結】神様に嫌われた神官でしたが、高位神に愛されました
土広真丘
ファンタジー
神と交信する力を持つ者が生まれる国、ミレニアム帝国。
神官としての力が弱いアマーリエは、両親から疎まれていた。
追い討ちをかけるように神にも拒絶され、両親は妹のみを溺愛し、妹の婚約者には無能と罵倒される日々。
居場所も立場もない中、アマーリエが出会ったのは、紅蓮の炎を操る青年だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる