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しおりを挟むファティマは知りもしなかった。ナーシャルディーンにわざわざ、王子たちに気に入られないようにするためにドレス選びを助けてもらったというのに。ファティマが婚約者候補に呼ばれることになった理由を知らなかったのだ。
それは、このルイハーム国に生まれた王女が関係していたようだ。
「また、泣いているのか?」
「そのようです。お母様が恋しいのでしょう」
「……」
ルイハーム国の王宮の一室で、そんなやり取りがなされるのは、いつものことになって、しばらく経っていた。
遠くから、子供の泣く声が聞こえてきたため、そう尋ねると側にいた者はお労しい限りだと言いたげにした。それも、態度だけだ。
聞いた方の男性は身につけているものも一級品ばかりであり、年若い顔をしながらも三児の父親でもあった。全くそんな風に見えはしないが、泣いている王女の実の父親だ。
つまり、この国の国王が娘の泣き声に反応して言葉を発したのだ。
王宮のどこにいても、響き渡る泣き声にノドガツブレルのではないかと思ったが、そんなことにはなっていない。そこは侍医も首を傾げていた。
「……少し顔を見て来る」
「ですが」
まだ、執務があると言いたいのだろうが、ギロッと睨めば肩を竦めた。このやりとりも、いつものことだ。
「っ、」
国王は、苛立ちを隠せないまま部屋を出た。それに慌てて周りの者が付き従った。
娘が泣き続けていることに苛ついているのではない。それを泣き止ませられる者がいないことに苛ついていた。
側室が何人もいたが、亡くなった側妃が産んだのが唯一の王女となっていた。
正妃は双子の王子を産んでいるが、女の子を欲しがっていた。それが、生まれたのが女の子だとわかるや産後、体調のよくない側妃に変わって王女の面倒を見ようとした。
それまでは男の子を産んだら、ただでは済まさぬとばかりに生まれる前から色々としていたが、生まれた性別を聞くなり、コロッと態度を変えたのだ。
それが生まれた子にもわかったのかはわからないが、駄目だった。全く懐かなかったのだ。
「何なのかしら。せっかく私が見てやろうというのに。あの女にそっくりね」
王妃が忌々しそうにそんなことを言うのも、とても早かった。
実の母親の体調がよくならないまま亡くなってから、益々王女は泣き続けるようになった。
その泣き叫ぶ姿を見て、国王は自分も物心ついてから実母を亡くして、継母に育てられ、散々な目にあってきたことを思い出していた。
王女は、国王が今もなお記憶にある実の母親を思い出させた。その母が泣いているのを見たのは一度だけだった。幼い彼は、母に何かしてあげることができなかった。
それなのに国王になってからも、娘が泣き続けているのに何もしてやれないことに心を痛めていた。
側室たちは、そんな隙をつこうとして取り入ることしか考えていない。
王妃は、懐きもしない王女に腹を立ててばかりいた。一層のこと、母親の実家にでも養女に出せば落ち着くのではないかと周りに噂させていた。自分が言わせているのに国王がそんな王妃に気づくことはないと思っているようだ。
最近では、二人の息子である王子たちが、泣き続ける王女にばかり構うため、あからさまに嫌がり、それ以上に暴れまわってすらいるようだが、それを国王や息子たちにひた隠しにしてバレていないと思っている。
だが、国王が何を言わずとも、聡い王子たちにはしっかりバレていた。父親が何かと忙しいながらも、気にかけているのがわかったのだ。自分たちも、可愛い妹を溺愛したい。
最初は、ずるい、ずるいと言うから、妹ばかり構うことを言っているかと思いきや王子たちは、自分たちが世話をやきたいと言い出していたのだ。
王妃は、それが面白くなく、何かと周りに王子たちを王女に近づけさせまいとさせていたが、それすらバレているようだ。
そんなことを頑張る王妃よりも、まだ2歳をすぎた妹を気にかける双子の息子の方が、国王は理解できた。
周りも、王女のわがままに振り回されてばかりいる国王だと思い始めているようだ。執務をきちんと滞りなくこなしていても止めようとする者も少なくなかった。
王女付きの使用人たちは、頻繁に王女を気にかけてやって来ることがわかって、王女の世話を必死にやるより、身だしなみやらに気をつけ始めていた。見初められるチャンスとでも思っているようだ。王女を気にかけつつ、女漁りをしていると思われることほど心外なことはない。
子供の世話をするのに化粧くさい者が多くいて、国王は更に苛立つ一方となっていたが、それに気づく者が少なすぎた。
そんな毎日に妙案が浮かぶこともなく、王妃や側室たちのところに行く気にもなれず、どうしたものかと思っていた。
「あのままでは、壊れてしまう」
悲痛な泣き声に国王は、王女の心が壊れる。そうなれば、もう何もしてやれなくなる。そんな気がしてならなかった。
どうにかしてやりたいが、一国の王だというのに娘の望みを叶えてやれないことに虚しさを感じていた。
そんな虚しさを抱く国王の周りには、そんなこと知りもせず、取り入ろうとする輩ばかりにこの国の未来に不安しかなかった。
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