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養子になって侯爵家に来たのが、随分昔に思えるが、そんなに日は経っていなかった。


(数年は経っている感覚だけど、まだ数ヶ月なんだ。……ここに来る少し前から濃厚な日々だったせいね。でも、王子たちの婚約の時期は、前々から決まっていたはずなのに数ヶ月で、どうにかしようなんて思わないわよね。ここの人たちも、行き当たりばったりなことをするわ)


その時までは、ファティマは王子たちの婚約者選びについては他人事のようにしていた。

だが、養父母たちは それで大当たりを当ててしまったのだ。ファティマが王子たちのお茶会に呼ばれることになったのだ。

それこそ、養母は婚約者の候補の一人になっただけで、それまでの態度をコロッと変えてみせた。わかり易すぎる人だ。初対面で、薄々わかっていたが、そのまんまだった。


(これが、侯爵家の夫人なのだと思うと未だに不思議だわ。……前のままでよかったのに)


猫可愛がりされることになり、ファティマはげんなりしていた。これなら、嫌味を言われていた方がマシだった。すり寄ってこなかった分、マシだった


「ファティマには、こちらがいいわね」
「っ、」


やたらとフリルのついたドレスを着せたがるようになり、ファティマはそれを見るたび頬が引きつって仕方がなかった。

この養母の好みは、そういうもののようだ。最初は養子にしたのが、ファティマのようなので気に入らないから意地悪をされているのかと思っていた。

だが、本人の着ているものも、イマイチすぎる。ただ単にこの養母のセンスが悪いだけだったようだ。いつも本気で、いいと思うものを選んでいるのだ。


(趣味悪っ!?)


だが、ファティマはそれを言葉にはできなかった。王子たちとの婚約が上手くいっても、いかなくとも、態度を変えるなんてしたくなかったのだが、素も出したくなかった。

何かあれば、血の繋がりのある弟妹たちまで、何か言われるかも知れない。


(それに何より、弟に父を見た目よりも更に蔑んだ目をされたら、凹むなんてものじゃ済まなくなる)


姉として、それだけはできない。他の弟妹たちにも、そう思われたら生きていけない。

そのドレスを着たのだけは、見られたくない。特に弟には、弟にだけそんな姿を笑われたら一生立ち直れない。

それで笑われたのなら、どれだけ部屋で泣いても元には戻れはしないだろう。


(そろそろ一番下が生まれたはず。……会いたいけど、それもできない。会わなければ、誰だかわからないだろうな)


伯爵家に時折帰りたくなっていた。弟はともかく、他の弟妹たちにファティマは忘れられるのではないかと思っていた。

ともかくと言いながらも、ファティマが一番会いたいと思ってしまっているのは、その弟のことだったがそうではないと必死に否定していた。

その代わりのように生まれてきた弟か、妹と会えないことを寂しく思えてならなかった。血の繋がりがせっかくあるのにと思ってしまうが、それにこだわりすぎては、あの子たちの邪魔になる。そんな姉にはなれない。

そんなことを考えたのは、目の前のことから現実逃避したかっただけかもしれない。

養母がにこにことすすめてくる目の前の服を見て顔を曇らせる。


(ここは、我慢するしかないか。……でも、着たくない。あんなの着て、お茶会になんて行きたくない)


そんなことを思って葛藤していると救い主が現れた。


「そんなの着たがる女の子なんて今時いないわ」
「あら、そんなことないわよ。ファティマも、好きよね?」
「……」


ファティマは、黙秘を貫いた。

義姉となったラティーファ・バクリは、ファティマより4つ上で、実母には全く似ておらず、父親にも似てはいない。愛らしい容姿をしていて、とてもお似合いで、相思相愛の婚約者がいた。


(今日も、一緒にいるわね)


彼女の婚約者の子息は、忙しいラティーファに数分でも会えるなら、それで構わないと会いに来るような方だ。日がな何もせずにラティーファを見ていられるなら、それだけでも幸せだというような方だ。

そんなに見られていては穴があきそうだと言って恥ずかしそうにするラティーファを見て、なんて可愛いのだと思っていても、ラティーファの前では決して悶絶しないが、それを語りだしたら止まらない方だ、

その餌食になるのが、ファティマだ。

まぁ、それはさておいて、ラティーファは母親と反りが合わないようだが、ファティマのことは気に入ってくれていて、こうして何かと助けてくれていた。

そのきっかけが、ラティーファが苦手な刺繍をファティマが根気強く教えたことにあった。

教えたというより、ファティマが一生懸命やっているのに周りに散々なことを言われていたのをみかねたことが始まりだった。


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