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(また、会える。そうよね。この国で貴族が通う学園は、1つしかないのだもの。よほどの馬鹿をしなきゃ、そこで会える。……そこで会えたら、弟の周りには相応しい令嬢がいるかもしれない)


それは、弟のみならず、自分にも婚約者がいるかもしれないのだが、ファティマはそれを考えていなかった。婚約者がいる自分が想像できなかった。いや、想像したくなかったのかもしれない。

だが、それを考えるよりも、目の前の幼さが残る少年を見つめた。そこまで会わない間に世の令嬢たちがほっとかない青年に成長するのは間違いない弟をそんなことになることを喜べないことを思っていることなどひた隠しにして、いつもの姉としてこう答えた。


「そうね。お互い言い訳せずに食らいついてやりましょ」
「姉さんは、そういうの得意そうだよね。僕は、上品に行くから。話しかけるのに躊躇うような令嬢にはならないでね」
「……それ、両極端になっていても話しかけづらくない?」
「片方は、流石に無理じゃない?」
「っ、」


(可愛げがない!? どこかに可愛げが売られていたら、買いに行って買い占めてやれるのに! いや、それまで身につけたら、もっと困るのかも。あぁ、こんなのを私は……)


そこで、考えるのをやめた。弟として見れないところがあるのを気の迷いだとないことにした。

ファティマは、弟とそんな会話をしたのを次の日にはお互い顔に出せずに別れた。そんな話をしたことなどなかったかのようにするのには慣れている。弟妹たちが敏いのだ。


(まるで、子供たちに大人の事情を見せない両親みたいよね。……兄弟というより、夫婦みたいになってしまったのも、私が悪いのでしょうね。理想の兄というより、理想の夫のように育ってしまっているのだもの)


すぐ下の弟の言葉にファティマは、昨日は遠い目どころか。イラッとしてしまった。確かにそうだと思っている分、そうはならないとは言えない。そうなれば、自慢の姉か。残念な姉になる。


(どちらにしても、見る目はあるのだから、平気でしょうけど)


他の弟妹たちは父につられて泣きそうになりながらも、見送ってくれた。一番子供っぽいのは、あの並びでは、父が一番子供のように見えて末っ子のように見えてならない。

一人っ子で頑張ってきた分、父親ながら、やっと巡り会えた兄弟のようにすら見える。不思議なものだ。父親というより、世話のやける兄弟が増えたかのようにしている娘と息子に完全に溶け込んでいる。

ベビーシッターは、それに気づいているようだが、にこにことしている。流石は、プロだ。これから、やることが増えたと思っているはずなのにそれをけけらくも感じさせない。


(なんて、いい子たちなの。弟も、昔は可愛かったのに。……でも、可愛いままではやってけないわよね。家を継ぐのだものね)


ファティマは、姉として負けていられないと思ったが、馬車の中でこっそりと泣いた。生まれ変わったが、今はまだ子供なのだ。そして、持ってはいけない恋心を捨てきれない愚かな姉だ。


(養子になって良かったのよ。これ以上、一緒にいたら、取り返しのつかないことになる。私は、一時の気の迷いよ。前世で、あんなのと結婚したのだもの。姉を支えてくれていただけ。それ以上のことなどあるわけがない)


養子に行くことは、子煩悩に目覚める前に伯爵が決めたのだ。その後に決めてくれていたところなら不安はないが、あんな調子で断れずにそうしたのならば……。


(不安しかないわ。でも、そんなこと言いたくなかった。私は、二度目の人生なのだもの。どこでだって、生きていける)


そんなことを言っても、不安なものは不安でしかなかったが、困らせるだけなのと変なプライドのせいで、それを言えはしなかった。







馬車の中で泣いてしまったが、その後がファティマが想像しているよりも酷かった。

侯爵家へと行くことになったのだが、ついて早々に顔を合わせたら、挨拶をする前にこんなことを言われた。


「……思っていたより、見窄らしいわね」
「っ、」


養母からは初対面でぽつりとそんなことを言われた。それに頬が引き攣れそうになったが、何とか耐えて挨拶をした。


(まずい。あれの次が、これなんて思わなかった。侯爵夫人が、こんなんで大丈夫なはずがない。子供相手だから、こうならいいけど)


実母の残念さと意外に良さげなところのあった実父。両極端な両親の次に養母が、これだとは思うまい。

だが、ファティマは、それを顔には一切出さなかった。


「まぁ、いいわ。用済みになったら、修道院にでもいれるか。どっかに嫁がせればいいんだし」
「……」


その言葉に思惑があって養子にしたのだとわかり、ファティマは妙に納得してしまった。


(まぁ、何かしらなければ、こんなに急に養子にしようとしないわよね。でも、あれの次が、これなんて……。しかも、わざわざ、私の前で言う? そこは、上手く隠してくて、アメとムチで教育すればいいのに。それにしても、この人、趣味悪くない? え? 今の貴族のご婦人の流行りは、これなの??)


養母の服のセンスの悪さにそんなことを思ってしまった。

マシになったのか。酷くなったのかがファティマは、この時はまだわからなかった。いや、見た目上からして一目瞭然だったかもしれないが、断然酷くなったとは思いたくなかった。


(まずい。すぐに出戻りになるかも知れない。全力で、ここで頑張る理由を他に見つけないとやる気がなくなりそうだわ)


ファティマは、ここで上手くやっていく自信が全くなかった。上手くやったところで、この家の大人を喜ばせるだけだ。変に図に乗らせてはならない人たちにしか見えない。身を滅ぼす勘違いをしそうなのだ。

だが、昨日の夜に笑われた弟の姿が目に焼き付いていて、こう思った。


(自信がなくても、やれるだけはやらなきゃ。弟妹たちに良い暮らしをしてもらうための出稼ぎだと思おう)


そう思いつつ、養母の服を見てげんなりしてしまい、それが気合が入っていただけなのではなくて、センスがいいものを着ていると本人が思っているとは、この時のファティマは思いもしなかった。


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