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「ねぇ、ママ。何で、あの人と結婚したの?」
「え?」


ママと呼ばれたことにあれ?と思い、辺りをきょろきょろとした1人の女性がいた。傍らには小学生くらいの男の子がいた。


「どうしたの?」
「ううん。何でもないわ。えっと、なんだっけ?」
「あの人とどうして、結婚したの?」
「どうして……?」


パパと滅多なことでは息子は呼ばなくなって、どのくらいになるだろうか。それにあの父親は気づいてすらいないはずだ。息子の変化になんて気づく男ではない。

息子に限らず妻の変化にも興味はないような人だ。自分と実母が満足していれば、それでいい人だ。


(何でと聞かれると何でだったろう……? 私が、選んだはずなのに。選んだ人ではないような……。そんなわけないのに)


ふと聞かれて考えて見てもわからず首を傾げてしまった。


(記憶があやふやだわ。酷すきるから、そう思いたいだけよね)


「ママなら、もっといい人いるのに」
「……」


何でと言われると聞かれた本人にもわからなかった。それは息子だけでなく、他の人たちにもよく言われていた。

子供が生まれる前までは、そう言う人は少なかったが、まるで人が変わったかのようによく言われた。


(私は、何も変わっているつもりはないのに。どうして、そんなことを言われているんだろう……?)


もし、それに理由があるのなら、結婚した後にできた気がするけど、それはそれでおかしい。


(あの子に会いたかったからかも。でも、それを息子には言えない。それを知ったら気に病んでしまう)


今、目の前にいる息子のことを“あの子”と思うのは、とても奇妙だ。

まるで目の前にいるのに遠くにいるように思えた。ずっと、ずっと遠いところ。あまりにも遠すぎて帰りたくとも、もう帰れないところにいる。そんな気がしていた。

なぜ、自分がそんなことを思うのだろうか。目の前に息子がいるのに思って首を傾げていると場面が変わっていた。家の中から、外に移動していた。視線からして横になっているようだ。


「ママ!」


次に聞こえてたのは、悲痛な声で叫んで駆けて来る息子がそこにいた。どうやら、自分は倒れているようだ。それに息子の声はよく聞こえるが、他にも騒いでいる人たちが大勢いるようだが、よく聞こえない。

悲鳴が四方八方から聞こえている中で、あの子の声だけは聞き取れた。最後に見えたのは、愛してやまない我が子が、そこにいた。

でも、見えていると思っていただけで、霞んでいてよく見えていなかった。それでも、そこに駆け寄る子供が息子だとわかった。愛してやまない息子だと。


「ママ!!」


(ごめんね。誕生日の準備が、まだできてないのよ。帰って、すぐに好きなものを作るから、私の愛しい、愛しい……)


そんなことを思っていたら、記憶がぷつりと途切れた。
 







「ママ!」
「っ、」


その声に目をぱっちりと開けた少女は、条件反射的のように飛び起きた。


「っ、びっくりした」
「?」
「こら、姉さんは、疲れてるんだから、起こすなって言っただろ」
「あ、そうだった」
「それにママじゃないだろ。姉さんだ」
「あ、間違えた」
「……」
「姉さん?」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「えっと……」
「ねぇちゃ、はよー」
「……うん。おはよう」
「あ、ずるい! わたしも!」
「あぅ」


そこには、年子の弟妹たちがいて、いつものように囲まれていた。無邪気に抱きついて来ても、ファティマ・ルルーシュはぼーっとしていたが、挨拶はしていた。

1つ年下の弟は、末っ子を慣れた手つきで抱っこして、心配そうに姉を見ていた。周りは、おかまいなしに姉に飛びついていた。その子たちに寝起きなんて関係ない。

そんな周りを見て、やっとここがどこなのかを思い出した。無邪気な弟妹たちの下敷きになりながらだが、ぼんやりなんてしていてはいけないのだ。

ここは、ルイハーム国。そして、ここは伯爵家の子供部屋の1室だ。


(伯爵家の子供部屋っていうけど、孤児院みたいよね)


そんな印象を持つ部屋だった。手作りのおもちゃばかりで、洋服は綺麗にツギハギされている物を子供たちは着ていた。

それでも、お出かけ用は、それなりにまともな物はあるが、それでも伯爵家の子供というより、平民の子供たちにしか見えない身なりをしている。

それもこれも、この子供たちの両親が育児を何もしないせいだ。その子たちは、お互いに助けあってできることをして朝の支度をするのも、いつものことだ。


「ねぇちゃ、おなか、すいた」
「っ、そうだね。すぐ準備するから。ごめん。寝過ごした」
「いいんだよ。姉さん、昨日も遅くまで繕いの仕事してたんだから」


子供たちにそれなりの服を与えるより、自分たちが着飾ることにお金をかけ、更には無計画に次々と子供を儲けておいて、それを面倒みさせるベビーシッターを雇うことすらケチるような親だ。

ファティマの1つ下の弟は、もう少し寝かせてやろうと弟妹たちを宥めていたようだが、そんな我慢させるなんてファティマは自分が許せない。

でも、弟の気遣いににっこりして着替えたのは、すぐのことだ。ご飯の支度をしたくれるとなれば、姉にくっつかずに大人しく待っていようと別の遊びを始めた。くっついて離れなくなるのは、具合が悪い時くらいだ。

それ以外は、遊んで大丈夫な時までは自分たちで遊んでいるか。


「にぃちゃ」
「お兄ちゃん、あそぼー」
「あぁ、わかったから、引っ張るな」


そう言ってファティマをもみくちゃにした弟妹たちは、そちらをもみくちゃにした。末っ子は、それが楽しいのか。きゃっきゃっと笑っていた。

この家の長女としてファティマは生まれ、一番初めに生まれたことで、それなりに母親が子育てしようとした。ファティマからしたら、したようだとは、まるで思えなかったが、向いていないというか。頑張ってもできない人のようだ。

それだけならまだいい。ファティマは、自分1人だけが放置されていても、どうにかした。

彼女には、前世の記憶があった。前世では、一児の母親で、夫としても父親としても完璧とは言わずとも、それなりに家族を少しでも気にかけてくれているだけでもよかったのだが、それもしない人が伴侶で、義母もそんな感じの人だった。


(そういう人に育てられたから、あぁなったのか。元からの性分なのか。……どっちもなのか。なぜ、私は、あれを夫にしようと思ったのか。それが、一番の謎なのよね)


まぁ、前世の夫たちのことなど、どうでもいい。

今世のようなことを前世のファティマは、息子のことを産みっぱなしのようなまま放置したりしなかった。

妊娠したとわかってから、愛おしさが増した。生まれてくる時の陣痛の痛みも、もうすぐ我が子に会えるのだという喜びと期待の方が大きかったほどだ。それが消えることはなかった。自分があんなに早く死ぬことになっても、今も息子を愛してやまなかった。

更に愛している人がいたはずだが、それが誰だったのかが思い出せなかった。

それが、今世の母親は違うようだ。毎年のように子供を産む。それだけなのだ。

10歳となるファティマは、1つ下の弟から自分も面倒見てもらう側であった年頃から、姉以上に母親としてあり続けた。

そのおかげで、兄弟仲はいい。子育ても、実の両親よりもできる。

そういう環境のせいだが、それでも自分だけを構ってくれとわがままを言いたくなる時もあるが、それでもずっとわがままを言うことはない。


(本当にいい子たち。それに比べて、あの親どもは……)


ファティマは、子供たちの食事だけでなく、両親の食事まで用意していた。

育児どころか。母は、家事もできない。しようとしないのだ。家事すらまともにできない。子育ても面倒だからやらない。そんな母親だ。

ファティマは、そんな母親に代わり炊事、洗濯、掃除に弟妹たちの世話。そして、小遣い稼ぎをしては、弟妹たちに新しい服を手作りしては誕生日にプレゼントしていた。

両親は、子供たちの誕生日すらまともにやらないのだ。きっと、誕生日すら覚えてはいないだろう。

食事も別々に取っていて、1日会わないことなどざらなのに何の心配もしないような両親に早々に見切りをつけたのは、ファティマだ。

そんなことを考えながら、テキパキと料理をしていると……、


「ファティマ~、ご飯まだ~?」
「……」
「ファティマ。早くしてくれ。仕事に遅れる」
「っ、」


(いい大人が、自分の世話くらい自分でやりなさいよ!!)


両親の声が聞こえて来て、ファティマはイラッとした。

伯爵家では、これが日常となっていた。弟妹たちは、すっかりこれが普通になってしまっていた。


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