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教科書が届いたのは、透哉が転校した次の日だった。手違いで来ていないと聞いていたが、それも1日だったようだ。

そのため、芽衣子が透哉に教科書を見せることも、初日だけで済んだ。机をくっつける必要もなくなり、透哉との距離は他の生徒と同じようになった。

口から心臓が飛び出るほどに緊張していて、1秒でも長く続けるのは、これ以上は無理だと思っていたが、次の日にはそこまでだったのが嘘のようになっていた。

嘘のようにもなるのは無理もないが、その原因に芽衣子は気づいていなかった。


(もう、教科書が届いたんだ。しかも、全部。そっか、届いたんだ。ちょっと、残念。昨日は、心臓が飛び出しそうだと思っていたのに。今日は、そこまでじゃないし、不思議)


現金なもので、残念にすら思えた。それでも、クラスの女子やクラスメイトだけでなくて、格好いい転校生がやって来たことは、瞬く間に知れ渡っていて、芽衣子の周りは以前より賑やかになっていた。

いや、芽衣子を中心にした周りではなくて、透哉の周りだ。賑やかなことになった中心は、彼なのだ。芽衣子は、たまたま横の席になったに過ぎない。

クラス関係なく女子が透哉と話したいらしく、彼の周りに何かと集まって来たのも、噂が広まったからのようで、数日して芽衣子のクラスは賑わうことになった。


(まるで、花の蜜に群がる蜂みたい。蜂蜜って、私は苦手だけど美味しい人には、凄く美味しいんでしょうね。……蜂にも好みの花とかあるのかな?)


芽衣子は、そんなことを思って見ていた。この時も、メインが隣の彼から蜂のことに話が脱線してしまったことにも気づいていなかった。


(蜂蜜の美味しさはわからないけど、私は花粉を運んでくれて綺麗な花が咲いてくれるのを見る方が、好きかな。それか、飴細工の花が咲けば綺麗で食べれて、最高なのに)


ついつい、そこまで考えてしまっていたのは、現実逃避を無意識にしたかったからかも知れない。


「もう、学校には慣れた?」

「前の学校は、どんなとこだった?」

「彼女はいる?」

「どんな女の子が好きなの?」

「いいなって思う女子は、もう見つけた?」


透哉のことを根掘り葉掘り聞きたがる女子たちばかりで、質問攻めに合ってはいない芽衣子も、嫌でも耳にした。こういう時に隣だと聞きたくなくとも聞こえてしまって駄目なようだ。


(同じような質問ばっかり。転校生って、こういうのに全部答えなきゃ駄目なの? 凄く大変そう。私には、転校生って無理そうだわ。まぁ、することはないだろうけど。そもそも、私が異性に質問攻めに合うなんて日は来ないわよね)


そんなことを思った。芽衣子が質問されているわけでもないが、もう勘弁と思うほどだった。休み時間になるほど、我先にと透哉の周りを取り囲むのだ。

そんな時にやたらと芽衣子の机にぶつかるようになったのだ。


「っ、」
「っと、ごめんね~」
「ううん。いいよ」


ぶつかった人は謝ってはくれるのだが、それで筆記用具が落ちたり、本を読んでいても集中できなかったりするようになるのも、割と早かった。


(お尻が大きすぎるのかな? それと足がどこを通ろうとしてるかが全然わかってないみたい。そんなに狭いわけでもないのに。いつも、こんなんじゃ大変ね。家の中で、足の指をぶつけまくってそう。大丈夫なのかな? 私も、よくやるけど。みんなもやるってことよね。ちょっと安心した)


芽衣子が席のことで我慢の限界を迎えて自分の席から離れるようになるのも、すぐのことだった。それで、ぶつかって来る女子はわざとではないと思っていた。

自分のように色々とぶつかっている人間が、これだけ他にもいると思って変な話し、心からホッとすらしていた。でも、本当はワザとてあって、芽衣子とは似ても似つかないのだが、彼女はそこに気づいていなかった。

最初はお手洗いから戻った時だった。ほんの少し席を外しただけで、自分の席のように座って透哉と楽しげに話している女子が現れるようになったのだ。


「あ、ごめんね。席空いてたから、勝手に座っちゃった」
「あ~、うん」


芽衣子が席に戻るとそんなことを言われて、最初のうちは芽衣子を見るとすぐに退いてくれていた。

でも、それが続くようになり、芽衣子が戻ってもさっさと席から退いてくれなくなったのだ。それは、毎回同じ人物ではなかった。


(全然、退いてくれなくなったな。机に座られるより、マシだけど。そこ、私の席なんだけど、返してくれる気はあるのよね? 一々、声掛けないといけないのは面倒くさいな。名前も知らないし)


芽衣子は、一方的に話に盛り上がっている女子にげんなりしてしまっていた。それに声が大きいのだ。もはや、透哉のことを根掘り葉掘り聞き出すことから、世間話をして盛り上がる場になり始めてすらいるようだ。聞きたくもないのに内容が頭に入ってきてしまっていて、それにまいっていた。

透哉はそんな女子たちに愛想笑いを浮かべて適当に答えているだけで、注意することも、面倒がることもなかった。ただ、やり過ごして落ち着くのを待っているというか。自分の顔の良さをよくわかっているようだ。こうして、女子に囲まれることが連日あっても対して驚いてもいないし、またかと思っていようとも邪険に扱うようなことをしなかった。

きっと、これまでの人生でも、こういう場面はたくさんあったのだろう。透哉にとっての日常は、女の子に囲まれているのが、当たり前になっている気さえしてしまうほど、取り乱すことはなかった。


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