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第1章
2一15
しおりを挟むフェリシアが不安から弱気になっている間にいつの間にか、聖女に嫌がらせをしている悪者となっていくのも、それから間もなくのことだった。
フェリシアはそんなことしたことはない。そもそも、本物の聖女だとメーデイアのことを認めてもいないが、だからといって彼女に嫌がらせをしようなどという低俗なことをするなんて考えに至ることはなかった。
(嫌がらせするほどの存在だとすら思ってもいないのに。何で、わざわざ嫌がらせなんてするっていうのよ)
そんなことをするような令嬢ではないと前までなら、みんなも思ってくれていたはずだ。
いや、でも、家族ですら心優しいと思わせて行動していると言っていたから、今回は隠していた部分が表に出たと思われたのかもしれないが、フェリシアはそんなことしてはいない。
(打算的に見えているとしたら、あり得るのかな。そういう風に見てる人たちばっかりだとしても、婚約者だけは違うって思っていたのだけど。段々と私の見る目がなかった気がしてならないわ)
そんな風にフェリシアを理解して見てくれている人は周りにはいなくなっていたようだ。もとより居たかも怪しかったが。そうだとしても、こんなあからさまにされることまで想定していなかった。
王太子も、周りも、聖女だという女の言葉を信じて疑わず、フェリシアが嘘つきだと言わんばかりに罵詈雑言を浴びせかけてきて、あまつさえ謝罪しろと言い出したのだ。
「聖女に嫌がらせをするとは、何を考えているんだか」
「本当よね。何様のつもりかしら」
「っ、」
身に覚えのないことにフェリシアが、謝罪を拒否するとそんな風に周りから言われるようになった。それはあからさまなまでに酷かった。
「フェリシア! お前が、そんな娘だとは思わなかったぞ」
「さっさと素直に謝れば良かったのよ」
両親までも、毎日のようにフェリシアを責め立てるようになっていた。
「お前のようなのが妹で、これほど恥ずかしいと思ったことはない」
(私は、ずっと前から恥ずかしかったわ。こんな家族しかいないことに)
兄のドナシアンまでもが、フェリシアにそんなことを言ったのだ。だが、フェリシアも心の中で負けてはいなかった。怒る気力すらなくなっていた。
そして、家族だけでなく婚約者の王太子も……。
「君との婚約を破棄する。理由はわざわざ言う必要はないと思うが、メーデイアに謝罪する気は?」
「してもいないことを謝罪する気はありません」
「まだ、認めないのか」
「認めるも何も、私は嫌がらせなどしてはおりません」
その物言いが気に食わなかったのは間違いない。聞いていたメーデイアが泣き崩れてしまい、それを悲痛な顔をして慰めていた王太子のシプリアンは、フェリシアを睨みつけていた。そんな顔を見たのは、フェリシアは初めてだった。
(ついにそんな顔を私にするようにまでなったのね)
フェリシアが婚約破棄することになり、聖女に謝罪もしないような娘をそのままにしておけないと勘当されることになったのは、すぐのことだった。
家の恥どころか。国の恥晒しだとまで言われて罵られ、国外追放処分となるまで、あっという間のことだった。
(そんな、どうして? 私は、何もしていないのに。誰も私を信じてくれないなんて……)
誰も、フェリシアの味方となってはくれなかった。聖女に危害を加えた悪女のように言われ続けながら、国を出るために着の身着のままで歩くことになったの。
その間に泣き崩れそうになったが、早く国外に出なければ、また何を言われるかもわからないと休むこともできずにひたすらに歩いていた。みんなフェリシアに何があったかを知っていて、馬車も用意してもらえなかった。それどころか、そんなもの必要ないかのようにしていた。
(皮肉なものね。前世では、やっと会えた聖女にこの世界に自分も来たことを伝える前に殺されてしまった。……この国の人間を好きになれそうもないな。聖女の血肉だけでなくて、前世の自分を殺した血肉で、今の私が人間として生きているなんて……)
フェリシアは、色々と罵詈雑言を浴びせかけられて、父と兄の面影にかつて自分を殺した男たちが重なって見えた。
それによって、聖女や周りに色々と言われながら、前世でどうやって死んだかを思い出すことになり、発狂しそうになったが、王太子との婚約がなくなって自由になれたことで、正直なところ同時にホッともしていた。
(これで、前世の聖女となった彼女を探せる。きっと、どこかにいるはずよ。私が、生まれ変わっているんだもの)
それが、フェリシアの希望になっていた。でも、その希望を持つまでにこんなことになったことを呪いに呪っていた。
聖女なんていらない。この国なんて必要ないのだから、消えてなくなってしまえばいいとどす黒い感情が湧き出すのを止められなかった。
それが過ぎ去ると生まれ変わった前世の聖女に会いたいと思う気持ちのおかげで、そのどす黒いものに飲み込まれることはなかった。
何よりフェリシアは、アルセーヌに会いたい気持ちが大きかった。
(アルセーヌに会いたい)
その思いだけで、デュドネから出ようと必死になって歩いていた。
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