30 / 57
第1章
2一13
しおりを挟む不思議なことに聖女が召喚されたとデュドネで騒ぎになったことはなかった。そんなことがあったなら、デュドネであろうとも騒ぎになっていないはずがないのだが、その話題で大騒ぎになることはなかった。
フェリシアがデュドネにいる間は、そんなことがなかったのは確かだ。
そもそも、デュドネで召喚なんてことをするはずはないのだ。聖女を召喚なんて、そんな馬鹿なことを誰がしたのかと笑い飛ばすばかりで、信じる者なんていないはずだが、騒ぎが大きくなるより、デュドネでは違う反応をしたのだ。
フェリシアは、そんなことがあれば笑い飛ばすことはしなくとも、デュドネで召喚なんてことをわざわざしようとする者はいないと思っていた。それは、聖女を見たあとも見る前と変わらず、そう思っている。
そもそも、聖女なんておとぎ話だと思っている人たちしかいない国なのだ。そんなことをして、成功させられるはずもないのだ。
信じてすらいないところに召喚されて現れる聖女など、それこそ本物なのかと疑いたくなるのが普通ではなかろうか。
だが、おかしなことにある日、それは突然なんの前触れもなく、紛れ込んだのだ。聖女となった女性は当たり前のように学園にいた。に食わぬ顔をして、当たり前のようにそこに前からいたかのように平然と存在していた。
(誰かしら?)
フェリシアは、初めて見る生徒にそんなことを思っていた。確かに昨日までは、この学園にはいなかったはずだ。フェリシアの記憶力は誰もが認めるほど優秀だったが、どんなに思い出そうとしてもフェリシアの記憶にその生徒の顔と名前が一致することはなかった。
だから、フェリシアははじめ転校生だと思っていたが違うとわかったのは、いつもと違うことが起こったからだった。
「メーデイア。おはよう」
「殿下! おはようございます!」
(え?)
王太子が、フェリシアが見覚えがないと思った女性の名前を呼んで、当たり前のように普通に挨拶をしたのだ。
直ぐ側にフェリシアという婚約者がいたのにだ。フェリシアに最初に挨拶せずにその令嬢を呼び捨てにして親しげに笑い合う姿を目撃することになったフェリシアは、妙な胸騒ぎを覚えてしまった。
(私よりも、先に挨拶なさるほどの令嬢ってことよね……? 初めて会うと思うのだけど、一体、どこの令嬢なの? 従姉妹とか? でも、年の近い従姉妹の話なんて聞いたことはないし……)
王太子に対して無礼な態度を取るメーデイアにフェリシアは眉を顰めたくなったが、シプリアンの方はそれを全く気にしていなかった。それどころか。どんな無礼も許しているかのようにしている姿を見ることになり、フェリシアは奇妙なものを見ている気分だった。
(変ね。いつもなら、怒るところなのに。というか、私が側にいるのに随分と親しげにするのね。婚約者は、私なのに)
ムッとなったが、他の生徒もいるため、怒鳴ってメーデイアという令嬢を咎めることはしなかった。そのくらいしてもいいのだが、フェリシアはする気はなかった。余裕がなさすぎると周りに思われたくなかったのだ。
「ん? あぁ、フェリシアもいたのか。全然気づかなかった」
「……」
シプリアンは、フェリシアにそんなことを言ったことに何とも言えない顔をしてしまった。婚約者から、そんな風に扱われたことは初めてだったから、戸惑ってもいた。
(どうして……?)
だが、その時はフェリシアにいつものように王太子はフェリシアに挨拶をして、メーデイアという令嬢ではなくて、フェリシアが婚約者なのだからと授業も隣同士になって受けてはいたが、シプリアンの反対の席にはメーデイアが座っていた。
(こんな風になるなんて、どうなっているの??)
そこから、何かとシプリアンがメーデイアと話していることが増えていくことになり、日が経つにつれて次第にフェリシアの方が無視されるようになっていったのだ。
まるで、上書きされているかのように日毎にメーデイアという令嬢の方が、フェリシアよりも上へ上へと位置が代わっていくのだ。フェリシアとメーデイアが、次第に逆転していくかのようになっていくことをフェリシアは止める術を知らなかった。
(一体、どうなっているの?)
フェリシアは、シプリアンがその令嬢とばかり楽しげに過ごすようになっていくのを黙って見ているしかできなかった。
そのうち、もとに戻ると思っていたせいで真逆の結果になるとは思わなかった。
数日のうちにお邪魔虫の方が、フェリシアのようなポジションになっていく早さに気味の悪さを感じずにはいられなかった。
それは、王太子だけではなくて、フェリシアの周りのみんなが同じようにメーデイアという聖女をすんなりと受け入れたのだ。
聖女など、信じている者が一番いない国のはずが、まるで昔からどの国よりも崇拝して信じていたかのようになるまで、不気味なほど早かったことにフェリシアは恐ろしさを感じずにはいられなかった。
39
お気に入りに追加
309
あなたにおすすめの小説
あなたの子ですよ~王太子に捨てられた聖女は、彼の子を産んだ~
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
聖女ウリヤナは聖なる力を失った。心当たりはなんとなくある。求められるがまま、婚約者でありイングラム国の王太子であるクロヴィスと肌を重ねてしまったからだ。
「聖なる力を失った君とは結婚できない」クロヴィスは静かに言い放つ。そんな彼の隣に寄り添うのは、ウリヤナの友人であるコリーン。
聖なる力を失った彼女は、その日、婚約者と友人を失った――。
※以前投稿した短編の長編です。予約投稿を失敗しないかぎり、完結まで毎日更新される予定。
現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。
和泉鷹央
恋愛
聖女は十年しか生きられない。
この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。
それは期間満了後に始まる約束だったけど――
一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。
二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。
ライラはこの契約を承諾する。
十年後。
あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。
そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。
こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。
そう思い、ライラは聖女をやめることにした。
他の投稿サイトでも掲載しています。
殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?
星ふくろう
恋愛
聖女認定の儀式をするから王宮に来いと招聘された、クルード女公爵ハーミア。
数人の聖女候補がいる中、次期皇帝のエミリオ皇太子と婚約している彼女。
周囲から最有力候補とみられていたらしい。
未亡人の自分でも役に立てるならば、とその命令を受けたのだった。
そして、聖女認定の日、登城した彼女を待っていたのは借金取りのザイール大公。
女癖の悪い、極悪なヤクザ貴族だ。
その一週間前、ポーカーで負けた殿下は婚約者を賭けの対象にしていて負けていた。
ハーミアは借金のカタにザイール大公に取り押さえられたのだ。
そして、放蕩息子のエミリオ皇太子はハーミアに宣言する。
「残念だよ、ハーミア。
そんな質草になった貴族令嬢なんて奴隷以下だ。
僕はこの可愛い女性、レベン公爵令嬢カーラと婚約するよ。
僕が選んだ女性だ、聖女になることは間違いないだろう。
君は‥‥‥お払い箱だ」
平然と婚約破棄をするエミリオ皇太子とその横でほくそ笑むカーラ。
聖女認定どころではなく、ハーミアは怒り大公とその場を後にする。
そして、聖女は選ばれなかった.
ハーミアはヤクザ大公から債権を回収し、魔王へとそれを売り飛ばす。
魔王とハーミアは共謀して帝国から債権回収をするのだった。
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜
星河由乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」
「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」
(レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)
美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。
やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。
* 2023年01月15日、連載完結しました。
* ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました!
* 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。
* この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。
* ブクマ、感想、ありがとうございます。
神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)
京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。
生きていくために身を粉にして働く妹マリン。
家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。
ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。
姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」
司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」
妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」
※本日を持ちまして完結とさせていただきます。
更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。
ありがとうございました。
異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)
深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。
そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。
この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。
聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。
ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。
ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~
taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。
お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥
えっちめシーンの話には♥マークを付けています。
ミックスド★バスの第5弾です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる