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第1章
1一10
しおりを挟む彼が、デュドネからいなくなって、酷く懐かしく思えてならなかった。
(アルセーヌに会いたいな。具合いが悪くなっていないかな?)
思い出すたび、フェリシアは彼が苦しんでいても良くなることを祈っていた。益々元気になることをイメージして、祈っていた。
聖女など信じていないし、嫌ってすらいるというのに。幼なじみにだけは、祈ることをやめられなかった。やめる気もなかった。フェリシアにとっての特別は、幼なじみが大きいままだった。
(この世界で唯一、聖女をどの国よりも信じていないことが、私は嬉しくて居心地いいと思っていたはずなのに。アルセーヌがいなくなった途端、こんな風に祈らずにいられなくなるなんて変な感じだわ。他の国に生まれなくて良かったと思えてならなかったはずなのに。聖女が気になり始めてる。……何で今更気になり始めたんだか)
他の令嬢たちより、多くのことを勉強する必要があったフェリシアは、知識が増えれば増えるほど、アルセーヌが行った国が聖女をこの世界で一番信じているところだということを知ることになった。
そこにいる方がアルセーヌにはいいことだと思いつつ、自分もそこに行きたいかというとフェリシアは、前ほど嫌だと思えなくなっていた。複雑な気分が増すばかりになっていたが、それを振り切るように婚約者のために必死になることに集中することに躍起になっていた。
努力を惜しまずに頑張ろうと思うようになった最初は、婚約者のためではなかったかもしれない。ただ、現実を受け止めきれずに逃げていたのかもしれない。
それが、聖女が突然現れて、またもフェリシアの居場所を何の努力も躊躇いもなく奪っていった。
心から信じていた婚約者も、当たり前のように聖女の方を信じ切って、フェリシアを悪女で嘘つきだと罵って、婚約が破棄されることになり、国からも追放されるまで、あっという間のことだった。
誰も彼もがフェリシアを悪者として、最初から聖女のことを信じていたかのようにしているのを見て、どす黒い感情が止められなくなっていた。
その一方で、幼なじみのところに行きたいとも思ってもいた。
(幼なじみに会いたい)
真っ黒なものに飲み込まれようとしながら、フェリシアが最後に思い出したのは、アルセーヌの笑顔だった。
(アルセーヌ。私も、そっちに行きたい)
もう、聖女を憎む気持ちに飲み込まれるのが嫌だと思っていた。呪いの言葉を吐き続けるよりも、幼なじみの笑顔を見ながら、夢に描いたような未来のようになりたいとフェリシアは思って涙した。
それでも、どす黒い感情にフェリシアは飲み込まれてしまった。
でも、フェリシアが流した涙が落ちた跡が消えることはなかった。
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