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あの頃のアディラは、母を亡くしてショックを受けている状態だった。そこに後妻となった義母と異母妹に会うことになったのだが、父は平然とアディラにこう言った。


「お前の新しい母親と腹違いの妹だ」
「え?」


はっきりとアディラにそう言ったのを今も覚えているし耳に残っている。新しい母親やその連れ子と言うなら、まだしも腹違いの妹だと言ったのだ。父は自分の娘だとアディラに言ったことで、頭の中は真っ白になった。

アディラの母の葬儀が終わって、半月しか経っていないのだ。そこでこんなことを言われて、思考が停止しないわけがない。

それに腹違いの妹とは、歳がそう変わりなさそうなのだ。それについてもアディラは色々聞きたかったが、義母は……。


「初めまして、これからよろしくね」
「……」


義母は、にっこりと作り笑いをアディラに見せた。アディラの実母は気品のある人だったが、義母となった女性は気品なんて全くない人だった。子持ちとは思えないほど、けばいすぎる化粧と香水の匂いが酷い人だった

そして、その横にいる異母妹もまた気品とは無縁の派手な格好をしていた。

アディラより少しばかり年下のようにしか見えないが、母親を真似ているのか。化粧をしていて、可愛らしいなんて言えない見た目をしていた。


「お母さん、私、別のお姉さんがいい」
「こら、そんなこと言わないの。ごめんなさいね。これからは、この子とも仲良くしてあげてね」
「……」
「別にいいよ。私、もっと素敵なお姉さんがいい」


そんなことを平然と言う義妹を全く叱らない父を見てアディラは、自分の家族はもうどこにもいないことを痛感した。

そこから、アディラは婚約者を義妹に奪われることになった。

いつの間にか、当たり前のように義妹の方のご機嫌伺いをするようになった。アディラの周りに楽しいと思えることなど、全くなくなった。その早さにアディラは、遠い目をした。

みんながみんな、聖女になるのはアディラの義妹の方だと思っていた。だから、アディラの婚約者だったあの男も、アディラをあっさりと捨てたのだ。

周りも、元婚約者が聖女がアディラなわけがないと言うのを信じた。父も、義母も、そうだった。

別に聖女は、自分だとアディラが言っていたわけでもないのに。そんなことを思うほどの勘違い令嬢かのようにアディラはされていた。

何が悲しいかといえば、友達だと思っていた令嬢たちが、あっさりと手のひらを返したことだ。


「ねぇ」
「あら、もう、こんな時間だわ」
「本当ね」
「……」


アディラが話しかけるとそんな風に無視されるようになったのにショックが大きかった。

アディラと仲良くしていると思われるのが、嫌だったのだろうことは後からわかったが、誰もがアディラから距離を置くことにしたことにどれだけ傷ついたことか。

そんな時に留学していたダルシットとアディラは出会った。


「やぁ、君、聖女?」


彼は、アディラにそんなことを言った。


「いいえ。私は、聖女ではありません」
「違うの?」
「違います」


じっとダルシットは、よくアディラを見てきた。会うたび、なせか聖女かと聞いて来る人だったが、自分が王子とは名乗らなかった。

自分を偽るのでもなく、彼はそれが素だったようだ。

きっと、身分に興味がないのだろう。だから、アディラは彼に変な気遣いもしなくてよかった。

変な子息だと偏見の目を向けることもなかったし、彼にいい加減にしてくれと言うことも、思うこともなかった。

ただ、毎回同じことを聞くことが不思議でならなかった。聖女かと毎回聞く人物は、彼だけだった。

一度として、他にアディラのことを聖女と言う者は、あの国にはいなかった。彼の目にアディラはどう映っていたのかが気になるところではあったが、ここで再会するとは思いもしなかった。


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