上 下
4 / 112
第1章

しおりを挟む

一方の侯爵家では、婚約者に選ばれなかったことで、ウィスタリアは両親に慰められているような愚痴を聞かされているような状況になっていた。


「気にすることないわ」
「そうだぞ。お前より、あの家の娘が選ばれるわけがないんだ」
「そうですとも。辞退するのが嫌で、実父母と縁を切ってまで、養子になるなんて信じられないわ」
「本当にそうだな。そんなことまでして、婚約者に選ばれたかったなんて……。何で、そんなのを選んだりしたんだか」
「……」


(これをやめてくれたら、心休まるのだけど。それにしても、プリムローズを見ていると和むわ)


両親の言葉を聞きながしながら、わけもわからず無邪気にお祝いムードにあてられたのか。妹のプリムローズが大はしゃぎするのを眺めていた。

並々ならぬ努力をしてきた。それは、候補者になった者たちは、みんなそうだったはずだ。だから、最後の最後で5人までになりながら、3人が立て続けに辞退したのだ。それがなければ、まだしばらくは候補者たちは争っていたに違いない。

ウィスタリアは、王太子の婚約者になりたかった。だから、それまで以上に頑張った。そのせいか、燃え尽きてしまったようになっていた。


(私、選ばれると思っていたのね。王太子が選ぶことだと周りに言いながら、選ばれなかった途端、なぜ?と思ってしまっている。何てことなの)


そんな感情を持っていたことに恥じ入っていた。ジュニパーには勝てると思っていたのだ。その感情を持っていたことが、嫌でならなかった。

祝う気持ちより、選ばれなかったことが悲しくて仕方がなかった。


「おねえさま、おねえさま! はなび!」
「……」


今まで必死になって頑張ってきたが、それが無駄になるわけでもないのに。選ばれなかったことで、急に何もかも意味がなくなってしまったかのようになっていて、途方に暮れてしまっている自分が情けなかった。


(こんなことでは、王太子の隣には相応しいくなかったわね)


そう思い、意識を目の前の妹に向けた。無邪気にはしゃぐ妹に花火を見に行こうと言われても、街に行く気には、どうしてもなれなかった。

妹は、ウィスタリアより1つ年下なだけだが、昔、高熱を出して寝込んで以来、幼さが残ってしまった。

そんなところすら、可愛らしいとシスコンなウィスタリアは思って見ていたが、周りも、両親も、そうは見えていないようだ。


「プリムローズ。ウィスタリアは疲れているんだ。休ませてやれ」
「えー、はなび!」


どこかに行く気にはならなかったが、妹にはそんなの関係ない。

妹は、行きたいと大騒ぎしていた。妹は拙い話し方しかできなくなっていた。ウィスタリアと同じ頃より、かなり幼く、同い年の子供よりも幼い妹。このまま成長したら、厄介になると思っているのは、両親だけではなかった。

でも、そう思うことが決してなかったのが、ウィスタリアだった。

王太子が何を思って選ばなかったかは知らないが、もう終わったことだ。そう切り替えられたらよいのだが、何でもそつなくできたウィスタリアでも、今回のことは難しいようだ。


(花火を1人では見に行かせられない)


ウィスタリアは、婚約者になるべく、奮闘してきた疲れが出たのか。花火を見に行けそうもなかった。


「プリムローズ。お父様と、お母様と行っておいで」
「おねえさま?」
「疲れているから、休んでいるわ。花火を私の代わりにたくさん見て来てくれる? その話、明日、聞かせてくれる?」
「うん!」


プリムローズは、ちゃんと言い聞かせれば、きちんとできた。何度も、同じことを言わなきゃいけなかったが、話せば伝わった。

それを面倒くさがるのは、両親だった。


「ウィスタリア」
「私は、部屋で休んでいます。プリムローズには、関係ないことです。花火を見させてあげてください。でも、街は大賑わいしているから、花火がよく見えるところから見て帰って来てくれれば大丈夫です。街には行かないようにして、迷子になったら大変ですから」
「だがな」
「この子が、私たちの言うことを聞くとは思えないわ」


連れて行くと面倒くさいと言わんげにしている両親に親らしいことをたまにはしてと言いたいのをグッとこらえた。


「花火は、思い出深いのでしょう? 滅多に見られないのに音だけで済まてしまわれるのですか?」
「あら、よく覚えているわね」


母は、途端に上機嫌になった。


(わかりやすいのよね)


「確かに私たちの結婚式は、国でも未だに素晴らしかったと言われるほどの花火が上がった。そうだな。あの時より、見劣りはしないだろう。見に行くか?」
「そうですね。王族のものに比べると流石に勝てませんものね。でも、花火ですものね」


(素晴らしかったと言われているのを褒め言葉と捉えているのね。他の家と被るようにして、結婚式をして、馬鹿みたいに盛大にあげたって、分不相応な式をしたって、思われているのに。私でも気づいたことを未だに馬鹿にされていることに気づかないのね)


花火を見れると喜んで、両親の手を引いてプリムローズが出かけて行くのをウィスタリアは見送った。


(明日までには、いつもの私に戻らなければ)



そう思いながら、ふらつく身体で部屋に戻った。


「ウィスタリア様、お医者様を呼びますか?」
「平気よ。ただ、疲れが出ただけよ。休めば、よくなるわ」
「ですが」
「プリムローズたちが帰って来たら教えて。大はしゃぎして、寝てくれるまで大変だろうから」


プリムローズは、興奮すると寝かせるのが大変なのだ。それをわかっていたメイドも、自分たちでは無理だと思っていて、了承するしかなかった。

本当なら、そのまま、任せてもらって休んでいてほしかったが、それができないのだ。顔色悪く目をつぶったウィスタリアを心配そうにしながら、メイドは部屋を出た。

この時、妹と一緒にウィスタリアが着いて行っていたら、違った未来があったのかも知れないが、そんなことになるなんて、この時点では思いもしなかった。みんな、ウィスタリアほどでなくとも、疲れていたのだ。中には、怒ったり愚痴ったりして疲れていたのもいたが、使用人たちもウィスタリアほどでなくとも、子爵夫妻はあの調子だし、プリムローズもいつものままだ。いつも以上に気を遣って仕事をしていたのだ。

だから、ウィスタリアがそうしたのだから大丈夫だろうと思う判断にも間違いがあることを思い知ることになるとは思わなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

やられっぱなし令嬢は、婚約者に捨てられにいきます!!

三上 悠希
恋愛
「お前との婚約を破棄させていただく!!そして私は、聖女マリアンヌとの婚約をここに宣言する!!」 イルローゼは、そんな言葉は耳に入らなかった。なぜなら、謎の記憶によって好みのタイプが変わったからである。 そして返事は決まっている。 「はい!喜んで!!」 そして私は、別の人と人生を共にさせていただきます! 設定緩め。 誤字脱字あり。 脳死で書いているので矛盾あり。 それが許せる方のみ、お読みください!

大好きな彼女と幸せになってください

四季
恋愛
王女ルシエラには婚約者がいる。その名はオリバー、王子である。身分としては問題ない二人。だが、二人の関係は、望ましいとは到底言えそうにないもので……。

私を愛すると言った婚約者は、私の全てを奪えると思い込んでいる

迷い人
恋愛
 お爺様は何時も私に言っていた。 「女侯爵としての人生は大変なものだ。 だから愛する人と人生を共にしなさい」  そう語っていた祖父が亡くなって半年が経過した頃……。  祖父が定めた婚約者だと言う男がやってきた。  シラキス公爵家の三男カール。  外交官としての実績も積み、背も高く、細身の男性。  シラキス公爵家を守護する神により、社交性の加護を与えられている。  そんなカールとの婚約は、渡りに船……と言う者は多いだろう。  でも、私に愛を語る彼は私を知らない。  でも、彼を拒絶する私は彼を知っている。  だからその婚約を受け入れるつもりはなかった。  なのに気が付けば、婚約を??  婚約者なのだからと屋敷に入り込み。  婚約者なのだからと、恩人(隣国の姫)を連れ込む。  そして……私を脅した。  私の全てを奪えると思い込んでいるなんて甘いのよ!!

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

悪役令嬢が行方不明!?

mimiaizu
恋愛
乙女ゲームの設定では悪役令嬢だった公爵令嬢サエナリア・ヴァン・ソノーザ。そんな彼女が行方不明になるというゲームになかった事件(イベント)が起こる。彼女を見つけ出そうと捜索が始まる。そして、次々と明かされることになる真実に、妹が両親が、婚約者の王太子が、ヒロインの男爵令嬢が、皆が驚愕することになる。全てのカギを握るのは、一体誰なのだろう。 ※初めての悪役令嬢物です。

お言葉を返すようですが、私それ程暇人ではありませんので

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<あなた方を相手にするだけ、時間の無駄です> 【私に濡れ衣を着せるなんて、皆さん本当に暇人ですね】 今日も私は許婚に身に覚えの無い嫌がらせを彼の幼馴染に働いたと言われて叱責される。そして彼の腕の中には怯えたふりをする彼女の姿。しかも2人を取り巻く人々までもがこぞって私を悪者よばわりしてくる有様。私がいつどこで嫌がらせを?あなた方が思う程、私暇人ではありませんけど?

処理中です...