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第1章

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ジュニパーが、養子になってまで候補に残ったことをウィスタリアは知っていた。誰から知ったかといえば、両親からだった。


「親との縁を切ってまで残るとはな」
「とんでもない親不孝な令嬢がいたものですわ」
「全くだ。だが、そんなことまでしても、ウィスタリアが婚約することに変わりはないがな」
「そうですとも。ウィスタリアに決まっていますわ」
「……」


候補に残る前からウィスタリアは、王太子と婚約するために勉強三昧の日々を送っていた。

全ては王太子と婚約したいがためだったが、両親が色々と好き勝手なことを言っているのをいつもは聞き流していた。

それはウィスタリアからして、取るに足らないことばかりだったからだが、この時の話題にウィスタリアは違和感を感じずにはいられなかった。


(ジュニパーが、親と縁まで切った……? どうして、そんなことになったの?)


ウィスタリアがよく知る令嬢は、苦手なことにもひたすらに向き合い努力を惜しむような令嬢ではなかった。

周りに何を言われても、頑張り続ければ、いつかは報われると信じているような令嬢だった。だから、ジュニパーは彼女と親友とまでなったのだ。

それなのにまるで別人のような行動を取ったことに胸騒ぎがした。


(何があったんだろう……?)


だが、それを本人に聞くことはできなかった。

しばらくして、王太子が婚約者を選んだことで、ジュニパーとの仲が決定的なものになるとは思いもしなかった。

その知らせは、ウィスタリアの心を暗く沈ませるものだった。


(そう、私は選ばれなかったのね)


ウィスタリアは、選ばれたのがジュニパーだと知って切ない顔をしていた。親と縁まで切った話を聞いていなければ、もっと違っていたかも知れない。

いや、相手など関係なく、選ばれなかったこと事態にショックが大きかった。その顔は、悔しいと思っているものではなかった。

ジュニパーに対しての嫉妬は、そこにはなかった。


(あの方は、隣に私を置くことを゙相応しいとは思ってくれなかったのね。私は、彼にとって妹のまま、女性には見てはくれないということね)


王太子となる前に王子の頃によく遊び回っていた。まるで、兄弟のようにして、3人で遊んでいた。

ウィスタリアの記憶の中に3人目の記憶は、今の王太子との記憶と混じり合ってしまっていることにウィスタリアは気づいていなかった。

3人いたはずなのに。思い出すのは、王太子となったエルウッドのことだけ。でも、彼より少し年上がいて、そちらがウィスタリアにとっての初恋の人だったのだが、それを記憶の中ではエルウッドだったと思い込んでしまっていた。

あんな風に遊べていたのも、エルウッドが第2王子だったからだ。でも、第1王子が、王太子となる前に亡くなってしまい、彼が王太子となるとなってからは遊んではいないし、顔を見てもいない。

そう、ウィスタリアは第1王子が突然亡くなったことで、そのショックから3人で遊んでいたはずなのにエルウッドとだけ遊んでいたかのようになっていたが、一番遊んでいたのは、第1王子とだった。

彼が王太子になると思っていたからこそ、ウィスタリアは婚約者になりたくて必死に勉強してきた。でも、それが亡くなったと聞かされてから、そんなわけがないと勉強に更に没頭した。

あの人は死んではいないと思い込んで、第2王子が王太子となり、ウィスタリアは王太子の婚約者になりたいという思いだけが残っていて、ひたすら頑張ってきた。

それが、偽りの記憶になっているとも気づいていなかった。

ただ、柔らかく笑う記憶の中のあの人が、再び自分の名前を呼んでくれることになるとことを期待していた。

でも、選ばれたからといって、そうはならないことにウィスタリアは気づいていなかった。

選ばれたのが、ジュニパーとわかり、女性としては見られていなかったのが、第2王子の答えであり、もうどこにもいない初恋の人のウィスタリアをどう思っていたかの答えではなかったのだが、記憶が修正されることはなかった。

それを認めれば、初恋の人の死を思い出してしまう。それが、ウィスタリアにはどんなことよりも受け入れられないことだった。







ウェールズでは、王太子が婚約者を自由に決められるようにしたことを国王から聞いていて、みんなが知っていた。そして、それにとやかく国王自身が言わないことも告げていたため、誰も王太子にそのことを聞くことはなかった。

それは、突然王太子となることになった第2王子への配慮だったが、それによって多くの疑問が生まれたまま、宙ぶらりんになるとは国王ですら思わなかった。国民どころか。国王すら、なぜ、そちらを選ぶんだという令嬢を選ぶとは思わなかったのだ。

王太子なりの答えをだとしても、王太子以外の殆どがわからない答えを選ぶとは予想できるわけがない。

数週間して、王太子はようやく答えを出したのだが、国王がとやかく言わないと先に言ってしまっていたため、どんなにみんなが不思議がっても、国王ですら、どうしてそうしたのかと聞くことはできなかった。

だが、王太子は周りがうるさく言うから仕方なく選んだとか。そう言った言い訳すら言うことはなかった。選んだ令嬢を自分に相応しいと言って回ったわけでもない。それについては、何も言うことはなかった。……というか。王太子は、婚約したあとに執務が忙しいと言い、学園の授業にも、その他の誰が主催のパーティーやお茶会にも、現れることがなかったのだ。

それもこれも、急に王太子になることになってやることがいっぱいありすぎるからだろうと国王がそれをそのままにした。

王族として生まれたのだから、王太子になるからとそこまであたふたすることには普通ならないはずだったが、第2王子は自分が王太子になるわけではないからと勉強を色々サボっていたことを国王たちも知っていて、それに追われてしまっているのだと察した。

国王自身も、ギリギリになってやる気になったことがあり、息子もそうなのだと思って、学生の間はそれでもいいだろうと王太子のやりたいようにやらせることにした。

それもまた、国王の勘違いであり、大失敗の選択だったのだが、第1王子という息子が勉強好きだったため、勉強に根を詰めすぎて過労死のような死に方をしたのだ。

第2王子であり、王太子となった息子まで、そうなっては大変だと王妃も心配していて、学業よりも王太子として必要なことをしっかりと覚えてくれればいいとした。

そのため、選ばれた令嬢も、選ばれなかった令嬢も、そうしていいと言った国王も、王太子が何を考えているかを知る者はいないまま、公なところに顔を見せることもなく、その結果、婚約者に選ばれた令嬢が、大暴走していくのを誰も止めるものがいない状態になるとは思いもしなかった。

その暴走の矛先が常にウィスタリアに向かい続けることになるとは、ウィスタリアも周りも思いもしなかった。

かたや第1王子の死に嘆き悲しみ、かたやその息子のようにはさせられないと気を遣い、かたやその気を遣いを丁度いいことになっているとして、そのままにしていた。自分のことに手一杯になりすぎていたのもあったが、王太子は面倒なことはそのままにしてしまうところがあった。

だからこそ、勉強もギリギリまでしないでいたのだが、そんな性格をしていることを知っているはずの国王が好きにさせて良いと言うせいで、そのままになりすぎた。

選ばれた婚約者の令嬢がそのせいで王太子の婚約者としてあるまじきことばかりしていても、王太子がそれに気づくことはなかった。


「殿下。婚約者のジュニパー様のことなのですが……」
「今、忙しい」
「ですが」
「忙しいと言っている」
「はい。失礼いたしました」


側にいる者が、流石に目に余るとそのことを伝えようとしても、王太子は聞こうともしなかったのだ。

それが続くうち、聞こうともしない王太子に誰も、婚約者の話をしなくなった。

だが、そんな王太子の性格をよく知るはずの国王と王妃は、勉強嫌いが珍しく頑張っていると思っていて、王太子の自覚が芽生えているとたまの食事の時に褒めるせいで、王太子は更に勘違いしていった。

国王たちは、婚約者となった令嬢のことには目をかけていると思っていたのだ。

だが、そんなこともせずに自分のことばかりをしているとは思いもしなかったのだ。ただ、王太子としてやるべき勉強に集中しているように見せて、本人もこれまで以上に頑張ってはいたとしても、それが全然足りないものだとは、国王と王妃、そして、王太子も気づいていなかったのだ。

そのせいで、更に学園の中は婚約者となった令嬢が好き勝手なことをしていくことになるのだが、そのことを把握すべき人が放棄したせいで、王太子の評価などないも等しくなっていったが、そんなことになっていることも、王太子が気づくことはなかった。

王太子が、姿を現さないままのせいで、ウィスタリアを選ばなかった人が初恋の人のままになり、誤解とすれ違いが続くことになるとは思いもしなかった。


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