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「おや? ヴィディヤとその幼なじみが、こんなとこで、どうした?」


そこに現れたのは、ヴィディヤの従兄のラジェンドラ・ノディアルだ。美形で、スタイルもよく、成績もいい。公爵家の跡継ぎとしては、申し分ない。

彼は、弟しかおらず、妹が欲しかったようで、ヴィディヤのことを昔から何かと可愛がってくれていた。だからといって、弟を蔑ろにしているかと言えば、そんなことはない。……あちらからは、好かれているのかがわからない対応をされているが、構い倒されたせいだけだと思いたい。

それも、何でもできすぎる兄を持ってしまったからに他ならない。従弟は、ヴィディヤから見てもかなり頑張っているが、それでも成績がラジェンドラの同じ歳の時と比べると劣るのだ。全く頑張っていないように見えるから、余計に悔しいのだろう。

もとのできないが違うのだと従弟は周りに励まされているようだが、そんなの励ましになるとは思えない。まぁ、評判を落とそうとせずにいつか勝ってやると闘志を燃やしているのだが、ラジェンドラはそんなところが可愛くて仕方がないらしい。

従兄の可愛いポイントが、ヴィディヤには全くわからないが。

兄弟仲についてはより、今は厄介な令嬢とのことだ。ラジェンドラは、一度もトリシュナの名前を呼んだことがない。ヴィディヤの幼なじみとしか呼ばないようにしていた。名前を呼んだだけで、彼の友達はトリシュナに気があると思われて、追いかけ回されたことがあるのだ。

あれは、酷いなんてものではなかった。色々とズレている従兄以上に噛み合わなくて、恐ろしさしかなかった。

そう、たった一度名前を呼んだというだけでトリシュナは気があると思い込んだのだ。


「またまた、そんな風に照れなくていいのに」
「はぁ? 何言ってるんだ?!」


必死になって逃げ惑って嫌がっていたというのにトリシュナには照れているように見えたようだ。どう見たら、そう見えるのか。ヴィディヤだけでなく、周りも全くわからなかった。

可哀想にその子息はすっかりトラウマとなってしまって、トリシュナの顔を見るのも駄目になってしまったのは、すぐのことだった。

彼は留学したまま、そちらで婚約者ができて今は幸せにしているようだが、こちらに戻って来たら、気をおかしくしかねないからと跡継ぎを弟に譲って、隣国で婿入りすることになったほどだ。

何気に人にトラウマをもたらすのだが、その子息は出会いが出会いだが、運命の人には出会えたようだ。トリシュナがいなければ、隣国に留学することもなければ、跡継ぎとして嫁いで来てくれる令嬢からしか選んでいなかっただろう。

新しい条件が追加されたからこそ、2人は出会ったのだが、よかったと言ってもいいのかがわからない状況になっていたのは、一部始終を見ていた者たちだ。

もっとも、そんなことをしたトリシュナは、その子息のことなどすっかり忘れている。名前すら覚えてはいないようだが、それもいつものことだ。探し回っても見つからないと次の標的を探すのだ。

それは、上手くいった非常に珍しいパターンでしかない。他の子息たちの中には、部屋から出られなくなった者もいるようだ。それもそうとうだが、それこそトリシュナはその子息のことなど気にもとめていないし、そんなことをした記憶もないかのように平然としている。

そんなことがあって、子息たちはみんなトリシュナのことを名前では、絶対に呼ばなくなった。ヴィディヤの幼なじみか、ファミリーネームでしか呼んでいない。

それでも、親切にされると気があると思わずにはいられないため、そうなってくるとトリシュナに用があるとヴィディヤが子息たちに話しかけられることになった。誤解されたくないと泣きつかれるのだ。

婚約している子息が、トリシュナだからこそ勘違いしてしまうようなことをすると、その子息と婚約している令嬢に自分に気があるようだと話したこともあった。それで酷い修羅場になったこともあった。

それこそ、トリシュナに言われたら余計腹立つだろうことは、ヴィディヤにも簡単に想像できた。


「あなたの婚約者、私に気があるみたい」
「は? そんなわけないでしょ」
「残念ね。認めたくないでしょうけど、事実よ」


よく聞いていれば、トリシュナの勘違いというか。思い込みでしかないのだが、最初の頃はトリシュナがどんな令嬢かがわからなかったようで婚約者の令嬢は、婚約者を責め立てたようだ。勘違いさせるようなことを何故したのかと。

でも、婚約者を信じて、トリシュナがどんな令嬢なのかを知る者は、そんなことありえないとトリシュナを責め立てたりもしたようだが、トリシュナにそれが通じたことはない。


「どうしても現実を受け止められないようね」
「……あなたに何を言っても無駄みたいね」
「は? それは、こっちの台詞よ。愛想つかされているのが、わからないみたいね」
「っ、」


だが、そんな調子のせいで、話が全く通じないことから、気味悪がられて距離を置かれることになったのも、割とすぐのことだった。

でも、どんなにトリシュナから距離を置こうとしても、ロックオンされた子息がトリシュナから逃れられることはなかった。それが続いて、婚約を解消したりする人たちも多かった。どちらも、気が変になりかけるのだ。

みんな、トリシュナのしつこさのせいだ。思い込んだら、とことんなのだ。そして、それを綺麗さっぱりとまるで何事もなかったかのように忘れるのが、トリシュナだ。

でも、それで苦情と抗議が山にならないのも、彼女がそんなんでも公爵家の令嬢のせいだったりするのもあった。世も末としか言えないが、その母親は娘以上に酷いことで有名な人物だったらしく、そんなところに苦情と抗議をしたりしたら、全然関係ないところに話題がコロコロと変わっていったかと懐えば、ネチネチとしつこく全く関係もないところを突かれ、散々なまでに嫌味を言われ続けることになる。山にならずとも、苦情や抗議をしたところもあったが、一家みんながノイローゼのようになったりしたこともあったようだ。

そのため、やり過ごすのが一番いいと言われている。何の解決にもならないようで、それが一番精神的にはいいと思われているのだ。関わるだけ、寿命を縮めるとまで言われているらしいが、いい得て妙だが、その通りな気がする。

ラジェンドラが話しかけて来たのは、ヴィディヤが気になってのことだ。それと彼自身に婚約者もいないことが大きかった。誤解されても、迷惑をかけるような婚約者がいないのだ。婚約したらできなくなると思っているのか、中々いい出会いがないだけなのかはわからないが、彼は人気があるが未だに婚約していなかった。

そこが、ヴィディヤには謎でしかないが。

もっとも、トリシュナはそこが狙い目だとは思っていないようだ。もしかするとヴィディヤの従兄だと思っていて、ヴィディヤと親戚になりたくないのかもしれない。

まぁ、それはヴィディヤの方がなりたくないし、従兄とてどんなに令嬢との婚約の話がなかろうとも、トリシュナとの婚約は万が一にもないだろうが。

それこそ、よほどの弱味を握られて居ない限りラジェンドラが彼女の婚約するなんてありえない。


「ラジェンドラ様」


美形の従兄が来て目を輝かせたトリシュナ。それに目を全く合わせないのは、いつものことだ。


「私の母が学生時代、自己中だったと言われていたとか」
「は?」


ラジェンドラですら、間抜けな顔をした。それほどまでに相当な話題ということだ。従兄が、そんな間抜けな顔をするのをヴィディヤは見たことがなかった。よほどの衝撃を受けたのだろう。

もっとも美形なせいで、それすら間抜けすぎる顔にならないのだから、不思議だ。


「あ、ラジェンドラ様も知らないんですね。結構、有名だったそうなのに」


その反応にトリシュナの方が気をよくした。面倒くさいことになりそうだと思ったのか。ラジェンドラは、すぐに肯定した。


「いや、知っている。自己中すぎて、色んな人たちに未だに嫌われていて、茶会にもパーティーにも呼ばれていない夫人のことだろ? 呼ばれてもいないのに勝手に乱入して、みんな迷惑しているとか」
「やだ。そこまでなの? 信じられないお母様ね」


ヴィディヤの母だと信じて疑っていないトリシュナにイラッとしながらも、淡々と答えた。


「……いえ、私の母はお茶会にも、パーティーにも引っ張りだこになっているわ。身が持たないからって、断っていることが増え始めているけど」
「はっ、強がりでしょ。そんな見え見えの嘘、誰が信じるものですか」
「「……」」


ラジェンドラも、ヴィディヤですら、これ以上呆れた顔をできないくらいの顔をしてトリシュナを見た。彼女がどう聞いたのかは知らないが、自己中なのはトリシュナの母親のことだ。

それを娘にはヴィディヤの母親だと言って伝えたようだが、そのせいでヴィディヤはいい迷惑を被っている。とんでもない親子がいたものだ。

ラジェンドラは、何とも言えない顔をしていた。そんな顔をさせられるのは、トリシュナくらいしかいないが、当の本人はそのことに全く気づいていない。


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