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ユズカが、両親を亡くしたのは、何泊も外国風なところに泊まった楽しい旅行の後のことだった。

帰りの道中で事故に合うなんて思ってもいなかったユズカは、それまでの旅行以上に満喫していた。まるで、外国にいるような、外国風に見える日本にいるだけのような、不思議な感覚が強かったが、そこがどこなのかをユズカが両親に聞くことはなかった。

両親がいて、今まで行ったどこよりも楽しくて帰りたくない場所。そこが日本のどこら辺でも、あの時のユズカはどうでも良かった。

そこに着いた途端、いや、車で強烈な睡魔に襲われて目が覚めてから、ユズカはそれまでの旅行では感じたこともないほど、わくわくしっぱなしだった。車から見える景色だけで、今までの旅行と違うと感じていたからかも知れない。


(すごい!)


まだ車に乗っているのに飛び跳ねそうになるのをユズカは止めるのが大変だった。

両親も、それまでの旅行と違って明らかに浮かれていたのも合間って、ユズカが車から降りた時には目が輝いていて、伊達メガネをすぐさま外して世界をその目で余すことなく見ようとしていた。

そこでなら、根掘り葉掘りと聞いて来たところで関係ないと思ったのだ。もう二度と会うこともないから適当なことを言ってもいいと思うよりも、そもそもそんなことを気にされることはないとなぜか、そう思ったことが大きかった。

気は持ちようなのか。普段なら、紫外線が眩しくて外で伊達メガネを外すとすぐに目が痛くなってしまっていたが、あの時から眼鏡をしていなくとも目が痛くなることはなかった。


(とっても、不思議なところ。何だか、どこもかしこも映画のセットみたい! こんなところがあるんだ。凄い!)


両親は、そこに着慣れているようだったが、ユズカは初めて来たと思っていた。でも、それはユズカの記憶にないだけだったようだ。

不思議なところだとウキウキして両親と歩いていると声をかけられたのだ。


(え?)


その女性は、猫耳と尻尾がついていた。それを見て、ユズカはポカンと間抜けな顔をしてしまったが、そんなユズカたちもこの日は同じような動物の耳がついていた。

父は犬で、母は狐。ユズカは兎だったりする。それに合わせたように服を着ていた。もちろん耳はカチューシャだ。


(この人の耳や尻尾、何だか本物みたいに見えるな。凄いクオリティー)


ユズカは、そんな風に思って話しかけて来た女性を見た。両親も、ユズカも尻尾までは付けていなかった。

すると視線に気づいた彼女は、ユズカを見てにっこりと笑ったのだ。


「あら、大きくなったわね」
「?」
「前に来た時は、この子が赤ちゃんの時だったから」
「そうだったわね。人間の成長って、早いものね」
「??」


どうやら、ユズカは前にも来ていたようだ。会話を聞いて首を傾げたくなっていた。


(人間の成長……? どうして、わざわざ人間なんて言うんだろう??)


ユズカは、その後も両親の知り合いに出会うたびにやたらと声をかけて来た。そのたびにとても妙な言い回しをされることに首を傾げてばかりいた。

それが、不思議でならなかったが、それを両親は奇妙だとは全く思っていないようで平然と会話を続けていた。


(人間だと言われるのに一々反応しているのは私だけみたいね)


まるで、ユズカの方がおかしい気分にすらなってきていて、両親にそのことについてどうしてなのかと疑問をぶつけることができなかった。両親が見たことないほど楽しそうにしているのもあって、雰囲気をぶち壊せないと子供ながらに思ったのが大きかった。

それにこの旅行に行くとなったのを聞いたのも、旅行の当日で、準備はばっちりできていると言われたところから、いつもと違う旅行ではあったのは確かだった。


(いつもなら決まったら、すぐに教えてくれてたんだよね。荷物も自分で用意するようにならなきゃって、前の時に言われたばかりなのに。全部が準備万端だったし。この旅行は、いつ決まったんだろ?)


それが、この旅行ではいつもと違うことばかりだった。その上、ハロウィンのような仮装をユズカだけでなく、両親もしていた。

そういう年に一度の行事の時にすら両親が、ハロウィンの格好をしたのをユズカは、それまで見たことがなかった。なのにその旅行中は、ずっとしていた。


(仮装が好きじゃないと思っていたのに。そうじゃなかったってことだよね……?)


両親は、ハロウィンの時にもしていなかったのにバッチリと仮装していた。

ユズカは首を傾げるばかりだったが、着いた先ではそれが当たり前のようになっていたので、街全体で仮装しているのだと思っていた。そうでない人たちに出会わなかったこともあり、そういうところなのだろうと幼いながら思っていた。

ユズカの知っている学校やら町内でやっていたハロウィンでは、付き添いの親が仮装していないのも珍しくはなかった。だが、ここでは仮装してない方がおかしく思えるようなところだった。道行く人たちだけではなくて、建物も、日本ではないようなものばかりだった。

みんなが楽しく参加するところだからこそ、ユズカの両親も仮装せずにはいられなかったのだとユズカは、その時から思っていた。


(こんな街が日本にあるのね。ここに引っ越して来れたらいいのに。そしたら、あんな風に説明におわれることもないのに。何の説明もしなくていいところなんて、日本にあるとは思わなかったな)


そんな風に思うだけで、変なとこだと思って呆れることも馬鹿にする考えも頭をよぎることはなかった。

むしろ、なんて素敵なところなのだろうとユズカは終始、その場所に人々に感激していた。

両親が楽しそうにしているのと会う人々が楽しそうなせいだろう。ユズカも、その旅行中、ずっと笑顔となっていた。

ユズカは、不思議なことだらけではあったが、その旅行をこれまでの旅行よりも一層楽しめたのは確かだ。

ただ、観光名所を回るより、どこに行くと決めているわけでもなく道行く人々に会って話をする両親たちを見ているだけで、ユズカは楽しくなっていた。


「残念ね。あの人に会えなかったわ」
「仕方がないさ」
「?」


両親には会いたい人がいたようだ。だが、あちらも旅行に行っていたらしく、会えないことをとても残念がっていた。会話だけで、それがユズカにも伝わってきた。


(誰のことだろ?)


ユズカは旅行中に聞きたいことが山ほどあったが、それまでに聞きたいことを溜め込んでいたこともあり、その場ですぐに誰のことだと両親に聞けなかった。

それこそ、溜め込まずに聞きたいことをその都度、聞いていたら色んなことで勘違いをすることもなかったかも知れないが、この時のユズカは己の勘違いがとんでもなく長く続くことになるとは夢にも思っていなかった。

そもそも、普通の旅行によく行っていたわけでもなかった。二泊以上の宿泊をして、毎回起きるたびに仮装を違うものにするのが物凄く楽しくて仕方がなかったことも大きく影響していた。

その仮装が、その日に会う人にあわせてされているのにも気づいてはいなかった。ただ、楽しくて同じ仮装をしている面々に日にちや曜日で仮装が違うのかなと思う程度で、その辺を深く追求することはなかった。

ユズカは、この旅行を満喫しまくっていた。だから、どのくらいそこにいたのかすら覚えてはいなかったが、感覚的には数週間だった気がするが、そんなことはなかったようだ。


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