上 下
11 / 20

11

しおりを挟む

そんなところに例の王太子と婚約したことで、勘違いしているアルムデラが、侯爵令嬢とは思えない大声を遠くから出して駆け出して来るのが見えた。

駆けて来るなんて可愛らしいものではない。凄い形相で駆けて来ていた。


(足早っ!?)


令嬢の全力疾走を見たエステファンアは、そんなことを思ってしまった。

それは、王太子の婚約者になった者がすることではなかったのは確かだ。子供のやることならいいが、学園で見る光景ではない。

これで、留学する気でいたのかと思うと多くの者が、それを見ていてゾッとしていた。まぁ、ゾッとしていても、彼女の力量では叶いようがなかったようだが。人数が定員割れしていたら、どうなっていたことか。

ヴィティカ国の令嬢は、はしたないことを平気でやる。留学生があぁなのならば、みんなそうだろうとそんな風に言われたら、この国の評判はガタ落ちになる。それを知っているはずなのに浮かれているだけなのか。この国でなら、やっても平気だと思っているのか。アルムデラは、そんな周りのことなど気づいていないようで、たどり着いて息を切らしながらも笑顔だった。それは、それで怖かった。

そう思ったのは、エステファンアだけではなかったようで、変な人とばかりにパトリシオがさっとエステファンアを背に隠した。だが、エステファンアは怖いもの見たさというか。気になって、その背から顔をのぞかせていた。


「バウティスタ様~!!」
「っ、」
「ここに居られたんですね~。ずいぶん探しました」


王太子と婚約してから、やたらとアルムデラは王太子を探し回っては一緒にいようとしているようだ。

それこそ、こんな風にしているのも、よく見ている者は多かったが、エステファンアは初めて見て、ギョッとしつつ、初めて見るものを観察していた。


(この方、留学する候補にあがっていたはずなのに。……まぁ、裏で色々荒れていたから、今のやあれを留学先でやっていたと思うとそうならなくてよかったとしか思えないな)


エステファンアでも、はしたないと思うことをしていた。それに信じられない顔をしていたが、エステファンアだけではないというのにアルムデラは全く気づいていないようだ。


「って、パトリシオ様もいらしたのですね」


アルムデラは、エステファンアがいるのに見えていないかのようにするのも、いつものことだ。まぁ、今は新種の生き物のようにパトリシオが守るように背に隠そうとしているから、よく見えなくとも仕方がないが。

そのあからさまな態度にカルメンシータなら、妹のしていたことだからと許せていたようだが、パトリシオはアルムデラがやると我慢ならないものがあるようだ。

大体、王太子の婚約者だ。婚約者が側にいるのに別の子息に馴れ馴れしくしすぎている。

一応は、王太子の婚約者であり侯爵令嬢ということもあり、エステファンアは礼を尽くしているが、それすら無視しているのだ。それに腹が立たないわけがな


「えぇ、ですが、婚約者と別のところに行くところなので、これで失礼します。それでは」
「なっ、待て。話はまだ……」
「終わってますよ。私は、嘘などついていません。それより、婚約者がいらしたのですから、そちらを大事になさってください」
「っ、」


パトリシオから、婚約者と言われてアルムデラは嬉しそうにしていた。そこも、物凄くわかりやすい。

そんなアルムデラに掴まった王太子は、逃げようとしていたが、上手くいかなかったようだ。王太子を文字通り腕を掴まえているわけでもないのに。逃さないとばかりにしているのだから、凄い。

何というか。変なスキルアップを遂げたようだ。王太子と婚約したのだから、別のことをした方がいいように思えるが、彼女は王太子を追いかけ回すことを頑張っていた。


(一度掴まると逃さないところがあるみたいね。どうして、彼女と婚約したんだろう。まぁ、婚約したのは、殿下だし。何とかするわよね)


そんな令嬢を王太子が婚約者にしたのだ。そのため、誰も助ける者はいなかった。

そして、パトリシオは色々とあって王太子の側近をやめた。彼だけではない。他の側近たちも、目に余るとして、側近をやめてしまったようだ。

最近では、婚約者に逃げ惑ってばかりいて執務も滞っているらしい。それを側近たちにやらせようとしていたようで、そんなことしていられるかと一斉にやめることにしたようだ。

その上、婚約者ができたというのに王太子は、とんでもないのを婚約者にしたと思っているようで、別の令嬢に癒してもらっているようだ。それもおかしな話だが。


「前々から、一緒にいてもついていけないところがあったが、婚約したのにその婚約者をほっといて、他の令嬢と一緒にいるんだ。それも、取っ替え引っ替えしていた。それに苦言をていしたら、怒鳴り返された。それも……」
「? どうかされましたか?」
「いや、あんなことを言われるとは思っていなかった。あんな方だと思っていたら、側近になんてなっていなかった」
「……」


珍しく怒りをあらわにすることがあったようだが、決してエステファンアに話すことはなかった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子に求婚された公爵令嬢は、嫉妬した義姉の手先に襲われ顔を焼かれる

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルバ」に同時投稿しています。 『目には目を歯には歯を』 プランケット公爵家の令嬢ユルシュルは王太子から求婚された。公爵だった父を亡くし、王妹だった母がゴーエル男爵を配偶者に迎えて女公爵になった事で、プランケット公爵家の家中はとても混乱していた。家中を纏め公爵家を守るためには、自分の恋心を抑え込んで王太子の求婚を受けるしかなかった。だが求婚された王宮での舞踏会から公爵邸に戻ろうとしたユルシュル、徒党を組んで襲うモノ達が現れた。

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―

Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。

傍観している方が面白いのになぁ。

志位斗 茂家波
ファンタジー
「エデワール・ミッシャ令嬢!貴方にはさまざな罪があり、この場での婚約破棄と国外追放を言い渡す!」 とある夜会の中で引き起こされた婚約破棄。 その彼らの様子はまるで…… 「茶番というか、喜劇ですね兄さま」 「うん、周囲が皆呆れたような目で見ているからな」  思わず漏らしたその感想は、周囲も一致しているようであった。 これは、そんな馬鹿馬鹿しい婚約破棄現場での、傍観者的な立場で見ていた者たちの語りである。 「帰らずの森のある騒動記」という連載作品に乗っている兄妹でもあります。

婚約破棄ですか……。……あの、契約書類は読みましたか?

冬吹せいら
恋愛
 伯爵家の令息――ローイ・ランドルフは、侯爵家の令嬢――アリア・テスタロトと婚約を結んだ。  しかし、この婚約の本当の目的は、伯爵家による侯爵家の乗っ取りである。  侯爵家の領地に、ズカズカと進行し、我がもの顔で建物の建設を始める伯爵家。  ある程度領地を蝕んだところで、ローイはアリアとの婚約を破棄しようとした。 「おかしいと思いませんか? 自らの領地を荒されているのに、何も言わないなんて――」  アリアが、ローイに対して、不気味に語り掛ける。  侯爵家は、最初から気が付いていたのだ。 「契約書類は、ちゃんと読みましたか?」  伯爵家の没落が、今、始まろうとしている――。

【完結済み】王子への断罪 〜ヒロインよりも酷いんだけど!〜

BBやっこ
恋愛
悪役令嬢もので王子の立ち位置ってワンパターンだよなあ。ひねりを加えられないかな?とショートショートで書こうとしたら、短編に。他の人物目線でも投稿できたらいいかな。ハッピーエンド希望。 断罪の舞台に立った令嬢、王子とともにいる女。そんなよくありそうで、変な方向に行く話。 ※ 【完結済み】

公爵令嬢エイプリルは嘘がお嫌い〜断罪を告げてきた王太子様の嘘を暴いて差し上げましょう〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「公爵令嬢エイプリル・カコクセナイト、今日をもって婚約は破棄、魔女裁判の刑に処す!」 「ふっ……わたくし、嘘は嫌いですの。虚言症の馬鹿な異母妹と、婚約者のクズに振り回される毎日で気が狂いそうだったのは事実ですが。それも今日でおしまい、エイプリル・フールの嘘は午前中まで……」  公爵令嬢エイプリル・カコセクナイトは、新年度の初日に行われたパーティーで婚約者のフェナス王太子から断罪を言い渡される。迫り来る魔女裁判に恐怖で震えているのかと思われていたエイプリルだったが、フェナス王太子こそが嘘をついているとパーティー会場で告発し始めた。 * エイプリルフールを題材にした作品です。更新期間は2023年04月01日・02日の二日間を予定しております。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。

私の婚約者を狙ってる令嬢から男をとっかえひっかえしてる売女と罵られました

ゆの
恋愛
「ユーリ様!!そこの女は色んな男をとっかえひっかえしてる売女ですのよ!!騙されないでくださいましっ!!」 国王の誕生日を祝う盛大なパーティの最中に、私の婚約者を狙ってる令嬢に思いっきり罵られました。 なにやら証拠があるようで…? ※投稿前に何度か読み直し、確認してはいるのですが誤字脱字がある場合がございます。その時は優しく教えて頂けると助かります(´˘`*) ※勢いで書き始めましたが。完結まで書き終えてあります。

処理中です...