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そして、怒り狂った人の次にエステファンアの目にとまったのは、婚約者のパトリシオだった。

これまで見たことないほど、しおれた花のようというか。憂いた姿にこれまた追っかけ回していた者たちが、キャーキャーとこれまで以上に騒いでいた。

エステファンアは、騒ぐ令嬢たちをこれまで以上に理解できなかった。どう見ても、彼は……。


(あからさまに落ち込んでいるわね)


それを見て、なぜ騒ぐのかが、エステファンアには理解できなかった。

エステファンアが側にいても、ぼんやりしているのだ。話しかけても、生返事が多かった。どうやら、エステファンアが話しかけているとは思っていないようだった。

バウティスタ王太子もまた、元気がなくなっていた。カルメンシータが、婚約した時も落ち込んでいたが、留学して姿が見えなくなって、更に落ち込んでいた。

むしろ、婚約した時より落ち込んでいるように見える。そして、何やら物思いに耽っていることが増えた。そんな顔も麗しいとばかりにそんな王太子を見ても、騒ぐ令嬢は多かった。

パトリシオもカルメンシータが隣国に行ってしまい、しょぼくれていた。やはり家族なのだろう。妹は、留学とはいえ、家にいないことに慣れないようだ。

美男子2人が儚げにしているのに令嬢たちは、これまで以上に大騒ぎしていた。

それに学園では、子息たちは令嬢たちのやることが理解できない顔をしていた中にエステファンアもいた。


(あんなに落ち込でいるのによく騒げるな)


エステファンアは、2人を見て、どうしたものかと思っていた。パトリシオが、エステファンアを見初めたのは、こういうところも含まれていたようだ。

彼の容姿や体型、身分やハイスペックうんねんでパトリシオを見ないところだ。

彼のことだけではない。カルメンシータやその両親であるカステイリョン公爵夫妻に対しても、エステファンアは他の人たちと同じような反応をしないのだ。

だが、エステファンアはそんなことで選んだのかと思うようなことでしかなかった。エステファンアは、平凡をこよなく愛していた。普通に生活できれば、それでよかった。

そこにおやつの時間さえ、きっちり盛り込まれていれば、それでよかった。

一番重要なのは、エステファンアにとっておやつだ


「それで、落ち込んだままなの?」
「うん」
「それは、気がかりですね」
「でも、そこまでシスコンだとは……」


クエンカ伯爵家で、今日のおやつを堪能しているエステファンアに母や使用人たちが、パトリシオのことをあれこれ聞いていた。

聞かれながらも、エステファンアはもぐもぐとお菓子を食べていた。それをやめろと母は言わなかった。慣れたものだ。


「まぁ、無理もないわ。とても、仲の良い兄妹だと聞いているもの」
「それは、そうかもしれませんが、エステファンア様の変化に全く気づかないなんて……」
「こんなに様変わりしたのにそれすら反応しないといえことは、それほどまでってことなのでしょう」
「……」


変化と言っても、髪を少し切ったくらいで大袈裟だとエステファンアは思っていた。

エステファンアの少し切った髪型は、世の令嬢たちからしたら、かなり切った方に分類されるようだ。

そんなこともあり、エステファンアを頑張らせようとおやつが奮発されて用意されていた。


「エステファンア。これは、街で限定のお菓子よ」
「限定」


母に言われて反芻しながらも、もぐもぐと食べるのをやめなかった。


「朝から、使用人が並んで買って来たのよ。わかるわね? 婚約者に元のようになってもらうためにあなたが頑張るのよ」
「……」
「あなたが頼りなのよ。わかるわね?」
「……」


それを母や使用人に言われて、エステファンアは……。


(通りで美味しいわけだ)


食べる前に言われるのではなくて、1個目を食べ終わってから、そんなことを言われた。

それこそ、2個、3個と食べるなら、それ相応のことをしろと言うことだ。


(……あの婚約者をどうこうしろって、無茶ぶりも良いところな気がする)


そう思いながらも、次に食べられるかもわからない。エステファンアは、しっかり食べた。食べないという選択肢は彼女にはなかった。もぐもぐと思案顔をしながら食べていた。

美味しいはずだが、笑顔ではいられない。やることがてんこ盛りなのだ。

だが、そんな中でふと考えてしまった。


(まぁ、明日には普通になってるかもしれないし)


そんな希望的観測もあって、そちらになればいいなと思っていたが、そんな風なことはなかった。そのため、エステファンアはどうしたものかとあれこれ試していくことになった。


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