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しおりを挟むそこに別の人物がやって来た。
「やれやれ、お前は婚約者を視界にいれると途端、突っ走るな」
遅れてやって来たのは、バウティスタ。この国の王太子だ。それを見て、エステファンアはすぐさまカーテシーをした。
周りも、見目麗しい男性に見惚れているばかりではいられない。みんな王太子にカーテシーをしたり、男子生徒も礼を尽くした。
内心では、女性陣はエステファンアのことを何でお前ばかりが、いい男に囲まれているんだと思っているとしても、涼やかな顔で王太子に頭を下げている。
それを手で制して、エステファンアもカーテシーをやめた。
そんなことは、いつものことだ。王太子の側近をしているのだから、パトリシオが一緒にいるのは当たり前だが、それを置いて婚約者のところに来るのはいかがなものか。
そして、どうやら、この日もバウティスタを置いて駆けてきたようだ。これも、いつものことになりつつある。王太子が優しすぎるのはいけない。
(殿下を置いてまで来なくてもいいのに)
エステファンアは、その言葉を飲み込んで別の言葉を口にした。これも、いつものことだ。
「おはようございます。王太子殿下」
「うん。おはよう、エステファンア嬢。今日も、厄介なのに絡まれているな」
「……」
王太子は、パトリシオとその追っかけのことを言っているようだが、パトリシオは……。
「殿下。いつも、私を厄介者扱いされますよね」
「お前が、婚約者に関してポンコツになるからだろ」
パトリシオは、自分が厄介だとはまるっきり思っていない。エステファンアは、それにため息をつきたくなってしまった。
婚約者にそれを説明するのは、骨が折れる。エステファンアは面倒でやる気になれない。もっともエステファンアにやめてくれと言ったら、大概のことはエステファンアが言うならと鵜呑みのままやめてしまいそうで、それはそれで怖い。
だが、そんな中でも、エステファンアはこう思った。
(でも、今日は、まだマシかも)
そう、このままマシのままで始まるかも知れない。そんなことを思っていたのがいけなかったかのようになった。
「お兄様!!」
「……」
その声で、エステファンアはすぐさまこう思った。
(マシじゃなくなった)
その声の主は、パトリシオの妹のカルメンシータ・カステイリョンだ。凛とした声で遠くからでもよく聞こえた。そして、彼女は兄に負けないくらい美しい容姿と均等の整った体型をしていて、兄妹が並ぶと凄かった。この2人だけではない。公爵家は、彼らの両親も素晴らしく見目麗しくて、家族が揃うと更に圧巻だった。
(そこに私がいるのが申し訳なるほどに凄かったのよね)
家族が揃った中にエステファンアが入った時にどれほど場違いだと思ったことか。そんな両親が、エステファンアのことを気に入らないとしてくれたら良かったが、そうはならなかったのだ。
更に両親でなくとも、このカルメンシータがエステファンアを気に入らないと思っていた、エステファンアは周りからもっと色々言われていただろうが、そうはならなかった。
カルメンシータを一言で言うなら、凄まじい負けず嫌いな令嬢だと言える。
何をさせても、ハイスペックな兄を持つこの妹は、負けず嫌いを拗らせて何かと幼い頃から努力していた。
「お兄様には負けないわ!」
婚約する前にエステファンアは、よくそう言っているのを耳にしたことがある。声を覚えていて、婚約してからどこの令嬢なのかを知ることになった。
(どこの令嬢が、兄に負けまいとしているかと思ったら、この方たったのよね)
その頑張りは凄いというか。凄すぎるものばかりだった。エステファンアにもよくわかったほど、並々ならぬ努力をし続けたことで、カルメンシータは見目麗しいだけではなく、この国一番と言われる令嬢にまでなっていた。
その努力をエステファンアは、目にするようになり、彼女のことを尊敬するようになった。エステファンアには、真似できない。
そこまでして、兄に勝ちたいのかだけは、未だにエステファンアにはわからないが、カルメンシータには重要なことのようだ。
そんな兄の婚約者になったのだ。エステファンアにも、対抗心を燃やすかと思えば、そうはならなかった。そんなことしなくとも勝てる相手だと思われたからでもなさそうだ。……そう思いたいだけで、エステファンアの願望かも知れないが。
そう、どう見ても考えても、カルメンシータがエステファンアではなく、何に負けず嫌いを発揮しているかと言うと明らかにエステファンアに対してではないのだ。
「エステファンアお義姉様も、いらしたたのですね」
にこにこと嬉しそうな顔をして兄に声をかけ、エステファンアを見つけて更に嬉しそうに声をかけた。だが、しかし、カルメンシータは今、視界に入っているはずの人を完全に無視して話をしている。
カルメンシータは、この国一番の美少女と言われている。引く手あまたであろうことは、エステファンアですらわかる。そして、そんな彼女にも、もちろん婚約者はいる。
パトリシオは、妹がエステファンアと仲良くしているのを見て嬉しそうににこにこしていた。仲良くしているのは、確かにしている。カルメンシータにその気がなければ、こうはなっていない。
チラッとエステファンアは、パトリシオを見た。彼は、それなりにシスコンなところがある。でも、一番はエステファンアだ。そこは、不動のままで、カルメンシータもブラコンだが、それ以上にエステファンアが義姉となるのを喜んでくれていた。あの家には、反対している者が誰もいないのだ。ありがたいことだ。
(その理由が、私には全くわからないけど)
そう、不満というか。納得いっていないというか。エステファンアだけではないはずだ。カステイリョン公爵家で、エステファンアがそこまで嫁に来るのを心待ちにされているのだ。
それは、とても嬉しいことだが、ハイスペック兄妹にも、その両親にも、そこまで好かれる理由がエステファンアには、よくわからないままなのは変わりなかった。聞けばよかったのかもしれないが、最初の婚約の時のように聞くタイミングをこれまた逃してしまっていた。
婚約の時にそんな感じだったのだ。察してほしい。エステファンアは、そういう令嬢だ。
「まぁ、お義姉様。今日の髪型は、一段と素敵ですね」
そこで、パトリシオも妹に同意して盛り上がっているが、エステファンアはそんな兄妹より空気と化している人物が気になってしょうがなかった。
そんなことエステファンアは、婚約するまであまりしたことがないことだった。いや、あまりというか。今でもできればしたくないが、しないわけにはいかない。
盛り上がっている2人に困ったげにしながら、未だに慣れないことをした。
「えっと、カルメンシータ様。王太子殿下もいらっしゃるのだけど」
「あ、本当ですね。全然、気づきませんでした。こんなところに居ていいのですか? 王太子なら、お忙しいのでは?」
(っ、しまった。今日は、カルメンシータ様の機嫌が悪い日だったみたい)
エステファンアは、自分に向けられる笑顔がいつもと変わらないため、機嫌が悪いことに全く気づかなかった。
カルメンシータは、王太子相手に毒舌を披露して、エステファンアの頬が引きつった。
王太子は、いつもカルメンシータはそんな感じだとばかりに苦笑していた。
「そこまで、忙しくない」
「あら、そうでしたか。それは、それは、いいご身分ですこと」
「……」
流石に王太子も、嫌味に言葉を失ったようだ。
エステファンアは、何とも言えない雰囲気の中で、どこかに行きたくなっていた。
(き、気まずい)
このカルメンシータが、負けず嫌いを発揮しているのは、この王太子に対してだ。それも、パトリシオの上をいくハイスペックっぷりで、パトリシオが唯一勝てない相手だと認めたことから、カルメンシータはなぜかライバル視しているようなのだ。
そこから、王太子に対して底なしの負けず嫌いを発揮して、兄の時以上の頑張りを見せている。
それによって、カルメンシータの婚約者はここにいる王太子ではない。兄を凌ぐハイスペックのバウティスタよりも、隣国の王太子であるエルピディオと婚約している。
(それも、負けず嫌いを発揮してのことなのよね)
エステファンアの目の前にいる王太子は、カルメンシータのことを好いているようだ。だが、その肝心のカルメンシータが、この通りなのだ。どう見ても、これは……。
(殿下のことを何というか。毛嫌いしているわよね……?)
そのせいで、隣国の王太子のエルピディオと婚約したようなものだのようだ。
噂では、この国のハイスペックな王太子を凌駕しているとか。噂でしかないのだが、カルメンシータはそれを信じて婚約したのだ。
そんなハイスペックな人たちが、そんなにいるのかとエステファンアは思いたくなったが、王太子というのはそうでなければやっていけばしないのかもしれない。
バウティスタの恋について気づいている者は、エステファンアもいた。こんなに鈍いエステファンアでも気づくことだが、こんなに傍から見ても嫌われているのだ。その上、婚約した令嬢をそれでも一途に想わずとも、他によりどりみどりな王太子だから、さっさと諦めるとでも思っているのか。
カルメンシータが、婚約したことでこの国の子息たちが、どれだけ嘆き悲しんだか。それも、凄かったが、みんな諦めているというのにバウティスタは未だに諦めきれていないようだ。
(殿下ほどの人でも、恋愛は上手くいかないもののようね)
そんなことをエステファンアは思わずにはいられなかった。
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