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「お兄様をたぶらかさないで!」
「……」


突然、女の子にそう言われてルクレツィアは、目をパチクリさせた。

見たことがあるような、ないような。最近、こんなことばかりだ。


「従兄のお兄様だけで飽き足らず、こっちに来てまで誘惑するなんて最低だわ!」
「あなた、ベレンガーリオ様の……?」
「妹よ!」


学園生にしては幼いから、まだ入学前のはずだ。そもそも、制服を着ていないのによく入って来れたものだ。


「あの子、またやっているわ」
「あれのせいで、ベレンガーリオ様と婚約しようとする令嬢が逃げてるのよね」


周りの噂話がルクレツィアの耳にも届いた。

通りであんなに素敵な子息なのに婚約者がいたことがないと聞き、婚約しそうになって毎回駄目になると言っていた理由がわかった。ベレンガーリオは、妹のせいとは言っていなかったが。


「ちょっと、聞いているの?!」
「たぶらかされているとあなたのお兄様が言っているの?」
「いいえ。でも、私にはわかるわ。お兄様のこと一番わかっているのは、私なんだから」


兄のことが好きなのはよくわかった。やり方はどうあれ、行動力があるところは、ルクレツィアよりも断然凄い。

幼い頃の自分にも、こんな行動力があったら、どうなっていたか。……考えてもしょうがないことだが、この少女にはこれからがある。


「……それで、どうしてほしいの?」
「お兄様に会うのをやめて」
「誘われているのは、私なのに?」
「っ、そんなわけないわ! 見え透いた嘘つかないで!」
「嘘じゃないぞ」
「お兄様」


そこに息を切らしてやって来たらしいベレンガーリオがルクレツィアを背に庇うように立って、妹を怒鳴った。

それにルクレツィアは眉を顰めずにはいられなかった。


「私が、ルクレツィア嬢を連れ回しているんだ! 変な言いがかりを毎回するな!」
「っ、お兄様! そんな女、相応しくないわ! アンセルモお兄様が、勘当になったのは、その女のせいなのよ!」
「あいつが勘当されたのは、読み書きすらできなかったからだ」
「え……?」
「知ってたか? お前と同じで、自分の名前すらまともに書けなかったんだ」
「っ、」


妹のできなさ具合をベレンガーリオは暴露した。それを聞いて、周りは吹き出して笑っている者があちこちにいた。

それにルクレツィアは、益々眉を顰めていた。


「あの歳で、自分の名前すらまともに書けないって最悪」
「従兄に似たんだな」
「ベレンガーリオも、大変だな」
「っ、」 


彼女は、今にも泣き出しそうにしていた。それを見ていられなかった。


「ベレンガーリオ様、言い過ぎです」
「だが」


ルクレツィアは、ベレンガーリオの妹に近づいて、しゃがみこんだ。


「私、ルクレツィア・ソラーリと言うの。よければ、あなたの名前を教えてくれる?」
「……ヴィルジニア・サルトーニ」
「初めまして、良かったら、一緒に勉強しない?」
「っ、私、勉強大っ嫌い!」
「なら、ヴィルジニアは何が好きなの?」


ヴィルジニアは、好きなことを即答した。その顔は年相応のものだった。


「お絵かき!」
「なら、お絵かきしながら勉強してみない?」
「え?」
「好きなことから勉強していくの。描いたものの話や歴史とか。好きなことからちょっとずつ他のことにも目を向けていくのよ。そうしたら、覚えるのも楽しくなると思うわない?」
「……」


ヴィルジニアは、視線を左右に彷徨わせた。


「ね? 試してみない?」
「……でも、あなた、ずっと、いないんでしょ?」
「留学は延長できるから大丈夫よ」
「……お絵かきしてもいいの?」
「えぇ、もちろんよ。でも、絵で描いたものの文字やまつわるお話とか、一緒に調べてみましょ。調べるにも、単語を知らないとできないから、ちょっとずつ覚えるとあなたの世界が広がっていくわ」
「絵本を描くみたいね」
「あら、絵本も描くの? 素敵ね。なら、たくさんのことを知らないとお話しがつまらなくなってしまうわ。冒険するみたいにしていけのは、どう?」
「楽しそう!!」


そこから、ルクレツィアはヴィルジニアと仲良くなった。ベレンガーリオよりも、ルクレツィアにヴィルジニアは懐くまでになったのは、それから間もなくのことだった。

元より懐いていたというより、兄を取られたくなくて構ってほしかっただけのようだが、ベレンガーリオはそんな妹の扱い方を見つけ出せなかったようだ。


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