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(やった。これで、わたしも、おひめさまになれる!)


ルシアは、自分の王子様だと信じて疑わない彼に駆け寄ろうとしたが、それよりも早く側に駆け寄ったのは、なんとルシアの姉だった。

それを見て駆け出そうとした身体が不自然に止まった。更には、この格好の時は、いい子にすると約束したこともあり、ルシアの中で色んなものがいりまじりすぎて、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまうのも、すぐのことだった。

パレットの上に綺麗に絵の具を出して、それを一気にかき混ぜたような感覚とでもいえばわかりやすいかも知れない。


(わたしの、わたしだけのおうじさま。やっと、やっと、むかえにきてくれた……?)


ルシアは、それに頭の中が真っ白になった。綺麗に並べた色が、一瞬で予想もしなかった色とまじり合って、何色を作り出したかったのかがわからなくなってしまったようだった。

散々、ルシアに落ち着きがないとか。大人しくしていられないだろうと言っていたが、婚約者の子息をお淑やかに出迎えるなんてことが、バレリアにはできなかったのだ。

ルシアですらしなくなったというのにお客様の目の前で、パタパタと足音を立てて駆け寄って、飛びつかんばかりにはしゃいで名前を呼んだのだ。


「バルトロメ様!」
「え?」


ルシアがぽかんとしていると彼が歳の離れた姉の婚約者で公爵家の跡継ぎのバルトロメ・アレスだと知ることになったのは、しばらく経ってからだった。

ルシアは自分の王子様だと思って浮かれていたのに違うのだとわかり、ショックを隠すことができなかった。

ほんのつかの間というか。夢幻を見ているような感じがして、満面の笑顔から、何とも言えない顔となっていたが、そんなルシアに気づく者はいなかった。

みんなルシアのことより、婚約者同士になった二人のやることなすことに半眼になって白けた目を向けていた。


(わたしの、わたしだけのおうじさまじゃなかったの……? あのひとは、おねえさまのおうじさま。おねえさまだけのおうじさまなの?)


きらきらと眩しい光と共にやって来たバルトロメだったが、姉が隣に並んだ途端、きらきらとしていたのが嘘のように消えてしまったように見えた。

それこそ、扉を開けて入って来たことで、ちょうど日の光がさしていただけで、その扉も閉まったことで、光が消えたように見えただけのようだ。
実際の彼は、格好よくはなかったのだ。それどころか。そんな格好良い王子様とは似ても似つかないような子息だった。

どちらかと言うと目立ちたがりで、王子様に勝手にライバル心を持っている勘違いした子息みたいに見えた。


「……」


(ぜんぜん、かっこよくない。わたしだけのおうじさまじゃなかったんだ。わたし、いいこじゃなかったんだ。……おねえさまより、いいこじゃないんだ)


王子様は格好いい人だとルシアはなぜか、思っていた。それは、見た目だけではなかったが、姉の婚約者だという子息をまじまじと見て、全然違うと直感した。

その直感が、ルシアにとって後々になって重要になってくることをこの時の彼女は知りもしなかった。

そして、すっかり忘れ去ってしまい、一目惚れしたのを勘違いしたと思うだけで、この時の直感のことを思い出すことはなかった。

そもそも誰も侯爵家で、王子様うんねんの話をしてくれてはいないはずなのに。誰かに刷り込まれたかのように、ルシアの中にそんな思いが溢れてくるのを止められなかった。

そんな溢れる思いのまま、一目惚れした瞬間に姉の婚約者だったことを思い知り、更にショックな中でよく見ると全然素敵ではない子息だったことにルシアの頭の中は大混乱に陥ることになった。

ルシアの頭の中は、凄まじいことになっていたが、自分の中にある疑問が芽生えた。


(あれ? なんで、わたし、おうじさまのことしってるんだっけ??)


ルシアは、誰にその話をされたのかが気になり始めたのだ。

両親ではない。メイドのソフィアでなければ、ましてや姉や兄でもない。他の使用人たちでもない。

そう、思い返してみると、瞬時に顔と名前を思い出せる人ではないようだ。そこまではわかるが、それ以外の誰なのかが知っているはずなのに思い出せないことにルシアは、変な気分になり始めていた。


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