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しおりを挟む隣国に留学していたマルジョリー・アルヴィエは、久しぶりにルシス国の学園に来ていた。
「それにしても、幼なじみに巻き込まれていい方向に向かったの初めてかも」
マルジョリーは、そんなことを思いながら、留学することになった辺りのことを思い返した。
あれは、1年以上まえのことだ。マルジョリーは短期留学のつもりだったが、途中で長期留学に切り替えた。そもそも、1ヶ月だけのお試しのつもりで、幼なじみのブリジット・グノーに巻き込まれるかたちで留学したが、マルジョリーは楽しくなって長期留学に変更した。
幼なじみの方は、最初から長期留学する気満々だったのだが、半月どころか。1週間も経たないうちに生き生きと言うより、爛々としていた目が一変していた。目だけではない。態度そのものが豹変していた。
マルジョリーは、幼なじみのこの豹変っぷりは見たことがあるが留学先で、こんなに早く本性を見せるとは思わなかった。
「つまらない」
そう言い出す頃だとは思ったが、マルジョリーは素知らぬ顔でこう返した。
「つまらないって、何よ。長期の留学しに来たんだから勉強を頑張るつもりだったんじゃないの?」
さも、それが目的で来たのだろうとマルジョリーが言うとブリジットはあからさまに嫌そうな顔をした。それどころか、マルジョリーのことを馬鹿にした表情をした。それこそ、何もわかってないと言わんばかりの顔だ。そんな顔をされるいわれはマルジョリーにはないのだが、イラッとしても気づかないふりをした。
そうでないと面倒くさいことになるのだ。
「は? そんなのをしに来たんじゃないわよ。最悪。時間を無駄にしたわ」
「……」
無駄も何もまだ半月しか経っていないのだが、幼なじみにはそう言い切れるだけの時間だったのだろう。いつものことだ。
そんなことを言い出してからは、ブリジットは愚痴や不平不満ばかりをマルジョリーに言っていた。そして、留学して1ヶ月で長期から短期留学に変更して戻ってしまった。
彼女の頭の中は、こういう図式になっていた。
つまらない=いい男がいない。
そんな単純すぎる図式がマルジョリーには見えてならなかった。幼なじみが留学すると聞いてちょっとだけ見直していたのだが、彼女の中身は全く変わらなかったようだ。
幼なじみは、マルジョリーが婚約破棄することになったことで、気分転換にいいからと留学に巻き込んだのも、それをカモフラージュするためにしたような気がしてならない。傷心の幼なじみを慰めるために留学に誘った感じにしたかったのだろう。
現にマルジョリーがいない時にこれ見よがしに留学してから周りに言っていたようだ。マルジョリーも、耳にしたが慰められたことがないから、首を傾げたくなった。
期待していたわけではないが、どういう風にマルジョリーに取り繕うのかと思っていたら、そんなことをすることもなかった。
彼女は2週間しない間に忙しくしていた。婚約者のいる、いないをあれこれ聞いて回っていた。彼女の目当てが何かがすぐにバレたのは、本人が隠す気がなさすぎたせいだ。
元々婚約者がいないことに幼なじみは焦っていた気がする。幼なじみのマルジョリーにできた時も、マルジョリーの側では祝福してくれていたが、影でボロクソに言っていたのも知っていた。
そもそも、幼なじみは婚約者ができるとその令嬢のことをボロクソに言うのをマルジョリーは、うんざりするほど聞かされてきた。
それをマルジョリーの時にしないわけがない。他の友達も、自分以外の令嬢の婚約をボロクソに言って来るのを知っていて、ブリジットのことをそういう令嬢だとわかって付き合っていた。それをブリジットが知らないだけで、ブリジットのことをそれでも友達と思っている令嬢はいない。
そのことにブリジットは気づいていない気がする。まぁ、友達より婚約者がほしいようだから、友達がいなかろうとも、これまでのように好き勝手はできるだろう。
ただ、困った時に友達がいないことで困るのは、ブリジット本人なだけだ。
留学する前は、こんな感じだった。
「婚約した令嬢が現れると彼女、大忙しね」
ブリジットが、ボロクソに言っているのが聞こえた令嬢がポツリとそんな嫌味を言って吹き出している者が多くいた。
マルジョリーは、幼なじみのせいか。笑う気力もなかった。
「あんなことして、婚約できると思っているのが不思議でならないわ」
「本当にそうね」
そこにブリジットは、自分のことをあれこれ言われているとも知らずに婚約した令嬢のことを悪く言うためにこちらにやって来た。
マルジョリーは、何でもなさそうにブリジットが満足するまで話させて見送るまでをよく見ていた。
「とんでもない暇人がいたものよね」
「まぁ、すぐに別のところに悪口を言いに行くからいいわ」
「確かに数分の間、我慢すればいいと思うといい加減にしてって言うよりいいわよね」
「そうね。流石にあの方のように追い詰められるのは、勘弁してほしいもの」
「……確かにそうよね」
そう、昔、いい加減にしてとか。そんなことして何が楽しいのかと言った令嬢がいた。
その令嬢は、ブリジットの悪口にずっと付き合わされることになったのだ。ブリジットは、楽しさを教えるために言い続け、同じように悪口を言うようになるまで決して離れなかった。
マルジョリーは、丁度酷い風邪を引いていて1週間ほど学園を休んでいた。やっと治ったと思って出て来たら、標的になっていた令嬢が精神的におかしくなっていた。
でも、病み上がりのマルジョリーは、それを全く知らないまま先に幼なじみに捕まった。
「マルジョリー。風邪、よくなったの?」
「えぇ、まぁ」
「聞いてよ。私、友達ができたのよ」
「友達……?」
ブリジットは、その令嬢のことを友達だと言い、それを耳にした周りの令嬢たちがぎょっとしていたが、この時のマルジョリーは何があったかを全く知らなかったため、友達と聞いて、変わった人が留学しに来たのかと思ってしまった。
あとから、何があったかを聞いてブリジットの異常さを一身に体験したのかと思うと思わず、マルジョリーらの遠い目を合掌したくなってしまった。よりにもよって、マルジョリーが風邪でダウンしていた時にそんなことになるとは思いもしなかった。
ブリジットが友達だと思っていた方は、その後、精神的にやられて学園を休学してしまった。それを聞いて、ブリジットが見舞いに行っていたらしく、更に酷いことになって療養が必要になったとして田舎に引っ越してしまうまで、あっという間だったが、ブリジットは……。
「残念だわ」
「……」
マルジョリーは、幼なじみの末恐ろしさを知った。友達になれたと思って疑わなかったのだ。
そのため、学園では下手に刺激しないことが重要になって、下手に刺激しないことになった。
そんなことを他にもあれこれとしていることを知らないマルジョリーの両親は、ブリジットが留学しようとしているが不安を覚えているという話をあちらの両親からされて、幼なじみで色々あったマルジョリーには丁度いい気分転換になるのではないかと留学をすすめてきたのだ。
「ブリジットと留学……?」
「えぇ、あちらは長期留学するそうよ」
「……」
「マルジョリーは、お試しで短期留学をしたら、どうかしら? 1ヶ月からあるそうよ」
「……」
「気に入ったら、長くできるそうだ」
そんなようなことを言われ、ブリジットもマルジョリーのことを自分の両親が誘っていると知ってから、しつこく誘って来た。
そのしつこさを幼なじみのため、よく知っていたマルジョリーは留学することにした。
マルジョリーは勘弁してほしいとずっと思っていた。あの婚約者とやっと関係を断ち切れたのに。気分転換に幼なじみの面倒を見ろと言われているようなものだ。絶対に嫌だと言いたいところだが、ブリジットの厄介さもマルジョリーの両親は知らないため、善意ですすめてきて、娘を心配してくれているのだ。
だから、留学すると言った時、喜んでくれていて、浮かない顔をしているマルジョリーのことに気づいてくれることはなかった。
それなのにいい男がいないという理由でブリジットが、さっさと留学を切りあげてくれたのだ。
それによって、マルジョリーはそのおかげで隣国を満喫することができた。
それは、マルジョリーの期待を上回る展開だったのは言うまでもない。
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