上 下
1 / 12

しおりを挟む

隣国に留学していたマルジョリー・アルヴィエは、久しぶりにルシス国の学園に来ていた。


「それにしても、幼なじみに巻き込まれていい方向に向かったの初めてかも」


マルジョリーは、そんなことを思いながら、留学することになった辺りのことを思い返した。

あれは、1年以上まえのことだ。マルジョリーは短期留学のつもりだったが、途中で長期留学に切り替えた。そもそも、1ヶ月だけのお試しのつもりで、幼なじみのブリジット・グノーに巻き込まれるかたちで留学したが、マルジョリーは楽しくなって長期留学に変更した。

幼なじみの方は、最初から長期留学する気満々だったのだが、半月どころか。1週間も経たないうちに生き生きと言うより、爛々としていた目が一変していた。目だけではない。態度そのものが豹変していた。

マルジョリーは、幼なじみのこの豹変っぷりは見たことがあるが留学先で、こんなに早く本性を見せるとは思わなかった。


「つまらない」


そう言い出す頃だとは思ったが、マルジョリーは素知らぬ顔でこう返した。


「つまらないって、何よ。長期の留学しに来たんだから勉強を頑張るつもりだったんじゃないの?」


さも、それが目的で来たのだろうとマルジョリーが言うとブリジットはあからさまに嫌そうな顔をした。それどころか、マルジョリーのことを馬鹿にした表情をした。それこそ、何もわかってないと言わんばかりの顔だ。そんな顔をされるいわれはマルジョリーにはないのだが、イラッとしても気づかないふりをした。

そうでないと面倒くさいことになるのだ。


「は? そんなのをしに来たんじゃないわよ。最悪。時間を無駄にしたわ」
「……」


無駄も何もまだ半月しか経っていないのだが、幼なじみにはそう言い切れるだけの時間だったのだろう。いつものことだ。

そんなことを言い出してからは、ブリジットは愚痴や不平不満ばかりをマルジョリーに言っていた。そして、留学して1ヶ月で長期から短期留学に変更して戻ってしまった。

彼女の頭の中は、こういう図式になっていた。

つまらない=いい男がいない。

そんな単純すぎる図式がマルジョリーには見えてならなかった。幼なじみが留学すると聞いてちょっとだけ見直していたのだが、彼女の中身は全く変わらなかったようだ。

幼なじみは、マルジョリーが婚約破棄することになったことで、気分転換にいいからと留学に巻き込んだのも、それをカモフラージュするためにしたような気がしてならない。傷心の幼なじみを慰めるために留学に誘った感じにしたかったのだろう。

現にマルジョリーがいない時にこれ見よがしに留学してから周りに言っていたようだ。マルジョリーも、耳にしたが慰められたことがないから、首を傾げたくなった。

期待していたわけではないが、どういう風にマルジョリーに取り繕うのかと思っていたら、そんなことをすることもなかった。

彼女は2週間しない間に忙しくしていた。婚約者のいる、いないをあれこれ聞いて回っていた。彼女の目当てが何かがすぐにバレたのは、本人が隠す気がなさすぎたせいだ。

元々婚約者がいないことに幼なじみは焦っていた気がする。幼なじみのマルジョリーにできた時も、マルジョリーの側では祝福してくれていたが、影でボロクソに言っていたのも知っていた。

そもそも、幼なじみは婚約者ができるとその令嬢のことをボロクソに言うのをマルジョリーは、うんざりするほど聞かされてきた。

それをマルジョリーの時にしないわけがない。他の友達も、自分以外の令嬢の婚約をボロクソに言って来るのを知っていて、ブリジットのことをそういう令嬢だとわかって付き合っていた。それをブリジットが知らないだけで、ブリジットのことをそれでも友達と思っている令嬢はいない。

そのことにブリジットは気づいていない気がする。まぁ、友達より婚約者がほしいようだから、友達がいなかろうとも、これまでのように好き勝手はできるだろう。

ただ、困った時に友達がいないことで困るのは、ブリジット本人なだけだ。

留学する前は、こんな感じだった。


「婚約した令嬢が現れると彼女、大忙しね」


ブリジットが、ボロクソに言っているのが聞こえた令嬢がポツリとそんな嫌味を言って吹き出している者が多くいた。

マルジョリーは、幼なじみのせいか。笑う気力もなかった。


「あんなことして、婚約できると思っているのが不思議でならないわ」
「本当にそうね」


そこにブリジットは、自分のことをあれこれ言われているとも知らずに婚約した令嬢のことを悪く言うためにこちらにやって来た。

マルジョリーは、何でもなさそうにブリジットが満足するまで話させて見送るまでをよく見ていた。


「とんでもない暇人がいたものよね」
「まぁ、すぐに別のところに悪口を言いに行くからいいわ」
「確かに数分の間、我慢すればいいと思うといい加減にしてって言うよりいいわよね」
「そうね。流石にあの方のように追い詰められるのは、勘弁してほしいもの」
「……確かにそうよね」


そう、昔、いい加減にしてとか。そんなことして何が楽しいのかと言った令嬢がいた。

その令嬢は、ブリジットの悪口にずっと付き合わされることになったのだ。ブリジットは、楽しさを教えるために言い続け、同じように悪口を言うようになるまで決して離れなかった。

マルジョリーは、丁度酷い風邪を引いていて1週間ほど学園を休んでいた。やっと治ったと思って出て来たら、標的になっていた令嬢が精神的におかしくなっていた。

でも、病み上がりのマルジョリーは、それを全く知らないまま先に幼なじみに捕まった。


「マルジョリー。風邪、よくなったの?」
「えぇ、まぁ」
「聞いてよ。私、友達ができたのよ」
「友達……?」


ブリジットは、その令嬢のことを友達だと言い、それを耳にした周りの令嬢たちがぎょっとしていたが、この時のマルジョリーは何があったかを全く知らなかったため、友達と聞いて、変わった人が留学しに来たのかと思ってしまった。

あとから、何があったかを聞いてブリジットの異常さを一身に体験したのかと思うと思わず、マルジョリーらの遠い目を合掌したくなってしまった。よりにもよって、マルジョリーが風邪でダウンしていた時にそんなことになるとは思いもしなかった。

ブリジットが友達だと思っていた方は、その後、精神的にやられて学園を休学してしまった。それを聞いて、ブリジットが見舞いに行っていたらしく、更に酷いことになって療養が必要になったとして田舎に引っ越してしまうまで、あっという間だったが、ブリジットは……。


「残念だわ」
「……」


マルジョリーは、幼なじみの末恐ろしさを知った。友達になれたと思って疑わなかったのだ。

そのため、学園では下手に刺激しないことが重要になって、下手に刺激しないことになった。

そんなことを他にもあれこれとしていることを知らないマルジョリーの両親は、ブリジットが留学しようとしているが不安を覚えているという話をあちらの両親からされて、幼なじみで色々あったマルジョリーには丁度いい気分転換になるのではないかと留学をすすめてきたのだ。


「ブリジットと留学……?」
「えぇ、あちらは長期留学するそうよ」
「……」
「マルジョリーは、お試しで短期留学をしたら、どうかしら? 1ヶ月からあるそうよ」
「……」
「気に入ったら、長くできるそうだ」


そんなようなことを言われ、ブリジットもマルジョリーのことを自分の両親が誘っていると知ってから、しつこく誘って来た。

そのしつこさを幼なじみのため、よく知っていたマルジョリーは留学することにした。

マルジョリーは勘弁してほしいとずっと思っていた。あの婚約者とやっと関係を断ち切れたのに。気分転換に幼なじみの面倒を見ろと言われているようなものだ。絶対に嫌だと言いたいところだが、ブリジットの厄介さもマルジョリーの両親は知らないため、善意ですすめてきて、娘を心配してくれているのだ。

だから、留学すると言った時、喜んでくれていて、浮かない顔をしているマルジョリーのことに気づいてくれることはなかった。

それなのにいい男がいないという理由でブリジットが、さっさと留学を切りあげてくれたのだ。

それによって、マルジョリーはそのおかげで隣国を満喫することができた。

それは、マルジョリーの期待を上回る展開だったのは言うまでもない。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

私達、政略結婚ですから。

恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。 それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

婚約破棄をいたしましょう。

見丘ユタ
恋愛
悪役令嬢である侯爵令嬢、コーデリアに転生したと気づいた主人公は、卒業パーティーの婚約破棄を回避するために奔走する。 しかし無慈悲にも卒業パーティーの最中、婚約者の王太子、テリーに呼び出されてしまうのだった。

皆様ごきげんよう。悪役令嬢はこれにて退場させていただきます。

しあ
恋愛
「クラリス=ミクランジェ、君を国宝窃盗容疑でこの国から追放する」 卒業パーティで、私の婚約者のヒルデガルト=クライス、この国の皇太子殿下に追放を言い渡される。 その婚約者の隣には可愛い女の子がーー。 損得重視の両親は私を庇う様子はないーーー。 オマケに私専属の執事まで私と一緒に国外追放に。 どうしてこんなことに……。 なんて言うつもりはなくて、国外追放? 計画通りです!国外で楽しく暮らしちゃいますね! では、皆様ごきげんよう!

(完結)モブ令嬢の婚約破棄

あかる
恋愛
ヒロイン様によると、私はモブらしいです。…モブって何でしょう? 攻略対象は全てヒロイン様のものらしいです?そんな酷い設定、どんなロマンス小説にもありませんわ。 お兄様のように思っていた婚約者様はもう要りません。私は別の方と幸せを掴みます! 緩い設定なので、貴族の常識とか拘らず、さらっと読んで頂きたいです。 完結してます。適当に投稿していきます。

真実の愛がどうなろうと関係ありません。

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。 婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。 「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」 サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。 それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。 サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。 一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。 若きバラクロフ侯爵レジナルド。 「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」 フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。 「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」 互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。 その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは…… (予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)

10日後に婚約破棄される公爵令嬢

雨野六月(旧アカウント)
恋愛
公爵令嬢ミシェル・ローレンは、婚約者である第三王子が「卒業パーティでミシェルとの婚約を破棄するつもりだ」と話しているのを聞いてしまう。 「そんな目に遭わされてたまるもんですか。なんとかパーティまでに手を打って、婚約破棄を阻止してみせるわ!」「まあ頑張れよ。それはそれとして、課題はちゃんとやってきたんだろうな? ミシェル・ローレン」「先生ったら、今それどころじゃないって分からないの? どうしても提出してほしいなら先生も協力してちょうだい」 これは公爵令嬢ミシェル・ローレンが婚約破棄を阻止するために(なぜか学院教師エドガーを巻き込みながら)奮闘した10日間の備忘録である。

処理中です...