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しおりを挟むそれから、数日してようやく龍介は幼稚園で楽しく遊ぶようになっていた。
その日に洸平さんが来るとわかった心音は大はしゃぎしたのだ。大はしゃぎどころか。喧しいくらいだった。
よくそんな大きな声が出るなと思うような声だった。多分、普段から叫んでいるからだろう。そんな鍛え方もあるようだ。
「心陽ちゃんも、あそぼ!」
「……」
外で走り回るのは苦手だったが、龍介から誘われて差し出された手に触れようとしたら……。
「龍介! あっちで、あそぼ!」
「えっ、わっ!?」
「……」
心音がやって来て、手を掴まれてあっという間にいなくなってしまった。
私は、それを呆然と見ていることしかできなかった。
何があったの……?
「心陽ちゃん、だいじょうぶ?」
「……うん」
「おとこのこ、みんな、心音ちゃんとあそぶって」
「わたしたちは、あっちであそぼ」
「うん」
女の子たちは、騒がしい面々を冷めた目で見ていた。それこそ、イライラしていた心音を見ているのを嫌だったが、元気になりすぎて男の子たちがつられて遊ぶ姿にモテる女の片鱗を見ているようだったが、異性にモテてることで同性に嫌われることになったが、心音がそれを気にすることはなかった。
前に仲良く遊ぶって決めたはずだが、心音が好き勝手にしているせいで、心音がルールみたいになっていた。
そんな時に龍介のお兄さんが迎えに来たのだ。とんでもないタイミングの悪さだった。
心音は、ずっとそわそわしていた。完全に恋する乙女だった。そう、他の子なら可愛いと思えたかも知れないが、姉のことを可愛いと思うことはなかった。白けた目で見てしまっていた。変わり身の速さに驚いてもいた。
だが、洸平さんは一人ではなかった。同い年くらいの女の人と仲良く手を繋いで現れたのだ。
例のカノジョだろう。ここまで、一緒に来たのかと私は、ちらっと龍介を見た。龍介は、無表情だった。それこそ、カノジョ連れで迎えに来るとは思っていなかったのかも知れない。それか、カノジョを見て思わず、そんな顔になるほど酷いのかも知れない。
私としては、心音を超える酷い女の子はいないと思っていたが。
「……だれ?」
「にぃちゃんのカノジョ」
心音の声に龍介は、すぐに答えていた。それこそ、さっさと答えておいた方が面倒がないと思ってのことかも知れない。
「いつから?」
「えっと、このあいだ……?」
「……」
龍介は、心音にも言ったつもりのようだった。今更なような顔をしていたが、心音はそれどころではなかった。
カノジョを見て、心音も諦めるかと思っていた。でも、そうはならなかった。ここでも、しつこさは陰りを見せることはなかった。
あのテレビでは、無視なんてしていなかったことを心音はしっかりと覚えていて、断る時でも何かしらがあったのだ。それなのに無視された挙げ句、カノジョができたのを見せつけるように現れたことにムカついてならなかったのだろう。都合のいいように覚えているようだ。
そんなこと知らない龍介は、ぽつりと言った。
「カノジョ。ぼく、きらいなんだ」
「わたしも、きらい」
心音は、鬼の形相でカノジョを睨んでいた。
その顔を見て、私は幼稚園にある絵本を思い出してしまっていた。
本当に鬼っているのかも知れない。
そこから、何日かおきに洸平さんがカノジョを連れて龍介を迎えに来るようになった。
それこそ、お兄さん的には、カノジョともいられるし、弟ともいられるから一石二鳥だと思ったのかも知れない。
どちらも、嫌がっていることに全く気づいていなかった時点で、優しいカレシとは言えないだろう。
それこそ、顔だけがよくても、少しずつ最悪の方に確実に進んでいることに全く気づいていなかったわけだ。
心音も龍介もカノジョが嫌いなことで意気投合するようになっていた。
とんでもないことにそんな嫌いが幼稚園で男の子たちを中心に根付いていった。
幼稚園では、カノジョのことを心音を中心にして男の子たちがボロクソに言っていて、そのうち絵本を見ながらカノジョは鬼婆そっくりだと話すようになっていた。
それは、私が心音が似ていると思っていた絵本でもあった。
心音は龍介を見て尋ねていた。
「そっくり?」
「うん。おこるとママより、こわいよ。でも、にぃちゃんといるとぜんぜん、ちがう」
「ふ~ん。オニババなんだ」
そこに他の子たちが、やって来てカノジョさん=鬼婆というような話をしたのだ。それが、よくなかったのだ。
「オニババだって」
「心音ちゃんのかおも、そうだよね?」
女の子たちは、そんなことを話していた。みんなも同じことを思っていたようだが、私は別の絵本を見るようになっていた。
人のことを悪く言うことが当たり前になっている幼稚園が、私は好きじゃなくなっていた。
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