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「ちょっと、エリザヴェータ。いくら何でも、あんまりじゃない!」
「? 何が?」
「ロディオン様、お菓子を渡すことよ!」
「何がいけないのよ。ロディオンは、私のお菓子が好物で、私もお菓子作りが趣味で、丁度いいじゃない」
「……」


他の令嬢が見かねてエリザヴェータに言ってくれても、この通りだった。もはやアンゼリカが、何か言う気にもならずにいるのを見ていられなかったのだろう。

そのお菓子が、異常に甘いのだ。そんなのを毎日食べていたら、健康面を気にするのは無理はない。

それで、この2人は婚約破棄になり、アンゼリカとロディオンがすぐに婚約したのだ。なのにお菓子が恋しいのか。食べ続けるのをやめる気がないのだ。


「おい、ロディオン。お前、いい加減にしろよ」
「? 何がだ?」
「お菓子もらうの流石にもうやめろよ」
「何で、やめる必要があるんだ?」


ロディオンもまた子息にそんなことを言われて、意味がわからない顔をしていた。

その顔は、どこにも売っていないから買いたくとも買えないから仕方がないと言いたいように見えた。

それにアンゼリカのお菓子など食べたくもないのだろう。婚約したのだから、何か作れと言われることもないのだ。アンゼリカが、作るものは若い子息には好評ではないことを知っているのだろう。それを考えて、グッと唇を噛み締めた。

アンゼリカは、それを見せられて、いつまで耐え続けたら終わるのかと思っていた。それまで、ずっと耐え続けるしかないのだ。アンゼリカは、手作りもの、お菓子作りでは、手軽に食べるものは生み出せないのだ。日持ちして、仕事が立て込んでいて、食べられない時に食べる非常食だが、栄養のあるものしか作れない。

でも、それをわざわざ習いに来る者は後を絶たない。刺繍や編み物の図案に関しても、未だに考えてほしいと頼まれる。

そのため、アンゼリカが婚約者と元婚約者の2人にこんな目にあっているのを知って、周りが2人をあぁして怒ってくれるのだ。

だが、2人はアンゼリカの良さなんて微塵もわからないようで、そんなのと婚約させられたのが気に入らないから、こうしているかのようにしていた。そんなことをするなら、2人共、お互いの両親にもっと色々言えばよかったはずだが、この2人はあっさりと婚約破棄をした。

そこが、よくわからなかったが、これまで通りでいるつもりだったからかもしれない。アンゼリカが何かする気も失せるようなことをだからこうして、わざとしているのだろう。

そうなら、これは……。


「終わるわけないわよね」


婚約破棄しても、これまでと変わらない2人だ。いや、今まで以上に酷くなっているのは明らかだ。

そんな状態で、アンゼリカがロディオンと結婚しても、変わらないだろう。変わるわけがないのだ。

エリザヴェータが婚約しても、あのままのはずだ。……いや、この状態を見て、それでも婚約したいと思う子息が現れるのかと思うが、そんな2人が好き勝手にすることをずっと我慢し続けなければならないのは、アンゼリカだけになりそうだ。

そもそも、アンゼリカが、彼と婚約することを持ちかけられたのは、お菓子作りが物凄く下手くそだったからだった。それを知っていたわけではない。知っていたら、流石に婚約なんてしていなかった。

別の方面で評判になっていることをロディオンの母親は知らなかったようだ。そんなことで選ばれたことに何よりアンゼリカは腹が立って仕方がなかった。

アンゼリカが婚約したかったのは、別の人だった。その人にアンゼリカなりに頑張ったお菓子を渡した時は、喜んでくれた。


「ありがとう。凄く嬉しいよ」


そう言ってくれていたのに。彼は、アンゼリカのいないところで、他の子息に……。


「それは?」
「あぁ、ちょっと優しくしたら、お菓子をお礼にくれるようになったんだ」
「へぇ、よかったな」
「そうでもないさ。凄く不味いんだ」


そう言って食えたものじゃないとゴミ箱に捨てるのをアンゼリカは見て、どれほどのショックを受けたことか。

これまで、胃薬片手にでも、食べてくれる人たちしか知らないアンゼリカが、昔よりマシになったそれをあっさりと捨てるのを目撃した時は、頭の中が真っ白になった。

そんなことがあって、ロディオンの母親がアンゼリカがお菓子作りが物凄く下手くそだとどこかで聞いたらしく、それを知って息子と婚約させたのだ。

お菓子が物凄く好きな息子にお菓子作りが下手な令嬢のお菓子を食べさせたら、嫌いになると思ったようだ。

そんなことだとは知らずにアンゼリカは、あの人のしたことに腹が立ったこともあり、昔は素敵だったと言われる程度のよくわからない子息との縁談に食いついてしまったせいで、こんなことになってしまっていた。


「最悪すぎる」


アンゼリカは、そんなことがあったことを誰にも言えずにいた。

ただ、ロディオンが甘ったるいお菓子ばかりを毎日食べているせいで、体型が崩れ始めたことには気づいていた。まぁ、そうならないわけがない量の砂糖を摂取しているのだから、崩れても仕方がないと思うが。


「ちょっと、アンゼリカ」
「?」


ロディオンの母親に名前を呼ばれて、何事かと思った。


「あなた、お菓子作りが下手くそなのよね?」
「……そうですけど」


わざわざ、そんなことを確認することに眉を顰めたくなったが、表情を変えることなく答えた。


「もう、作らないで」
「え?」
「あの子は、優しいから婚約者の不味いお菓子を食べているせいで、体型が崩れ始めているのよ」
「……」


そこから、ロディオンの母親の愚痴は止まらなくなった。


「あら、アンゼリカは婚約者のためにはお菓子なんて作っていないはずよ。そうよね?」
「作ってません」


アンゼリカの母親が見かねて、そう言ってくれた。


「そんなわけないわ!」
「あら、それなら、元婚約者の令嬢のせいでしょ」
「え……?」
「そうね。学園でも、有名らしいわね。毎日、元婚約者の令嬢のお菓子を新しい婚約者の前で平然と食べているとか」
「なっ、そんなわけないわ!」


お茶会で、そんな話題となり、アンゼリカがそれに答えずにいるとエリザヴェータの母が現れた。


「ちょっと、エリザヴェータ! あなた、婚約破棄したのに息子に毎日お菓子を食べさせているって、本当なの!?」
「まさか、そんなこと……」
「婚約破棄? 何のことですか?」


エリザヴェータは、お菓子うんねんより、婚約破棄のことなど知らないかのようにしていた。


「何のことって、あなた、婚約破棄したじゃない」
「へ? あれは、お姉様の婚約でしょ?」
「なんで、そう思うのよ。あなたのことよ」


どうやら、エリザヴェータは甘ったるいお菓子を作っている気はなかったようだ。

ロディオンの方も、似たりよったりの勘違いをしていて、婚約破棄したとは思っていなかったのだ。


「な、何で、それを言わないのよ!」
「……」


ロディオンの母親は、アンゼリカを責め立てた。


「責める相手が違うのでは? アンゼリカ、可哀想に。言えなかったのね」


アンゼリカの母親も、他の令嬢やその母親も、アンゼリカに同情的だった。

エリザヴェータの母親は、アンゼリカたちに謝罪したが、エリザヴェータは……。


「何で、婚約破棄にならなきゃいけないのよ!! 私とロディオンは、相思相愛なのに」


彼女の作るお菓子のせいだと彼女が理解することはなかった。

そして、ロディオンの母親は、アンゼリカがある方面で有名な令嬢なのを知りもしなかった。


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