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とある世界のこれまたとある国には、不思議な習慣が根付いていた。その国では、何かしてもらった時のお礼に女性から、男性に手作りのものをあげることが、昔からありそれが定着していた。

あとは、婚約者に手作りのものをあけたり、婚約したい人にあげたりする。それが、アンゼリカが生まれた国では当たり前だった。

侯爵家に生まれたアンゼリカ・クリットは、そんな国で生まれたこともあり、物心ついてから頑張ってきた。いつか、想いを告げたい相手にアピールできるようにと母や祖母、姉たちと一緒になってアンゼリカも、それとなく頑張ってきた。

その間に祖母や母がいかにして、祖父と父の胃袋を掴んだかの話を聞いて、姉たちとアンゼリカは目を輝かせた。アンゼリカも、まだ見ぬ旦那となる男性の胃袋を掴むためにと頑張った。

でも……。


「アンゼリカ。あなた、胃袋を掴むんじゃなくて……」
「壊そうとしているわ」
「っ、!?」


姉たちに言われて気づいた。アンゼリカは壊滅的にこの家で、お菓子作りには向いていないということに。

祖父と父は、優しいから末娘の作ったものだからと胃薬片手に食べてくれようとした。それを流石に仕事に差し障るとして祖母と母が止めていた。

そんな光景を見て、泣きたくなった。


「アンゼリカ。お菓子じゃなくて、他のにしましょうよ」
「そうよ。アンゼリカ。手作りものって言っても、色々あるもの」


姉たちは、泣きそうになるアンゼリカに慌ててそんなことを言ってくれた。


「そうしましょう。アンゼリカ」
「おいで。アンゼリカ。ばばが、刺繍や編み物を教えてやろう」


母と祖母も、一緒になってキッチンからアンゼリカを連れ出した。

でも、あまり上手にできなかったが、それでもお菓子の簡単なものだけは、マスターしたいと必死になっているのを見かねて、女性陣は使用人までも一緒になってアンゼリカが頑張るのを助けてくれた。

男性陣は、胃薬片手に食べていたのも、慣れたのか。薬がなくとも食べれるようにはなった。


「斬新な味じゃな」
「……」
「だが、癖になる味だ」
「え?」


祖父と父、使用人の男性陣は、そんなことを言い出した。女性たちは、中毒症状ではないかと祖母と母が、こっそりと医者と相談したりしたようだが、そんなことはなかった。


「これは、携帯食としてはいいですね」


おかしい。お菓子を作っていたはずが、仕事が忙しくて、食事が取れない人たちの補助食品のような扱いになっていた。

祖父と父の仕事場で高評価となってしまい、妙なことにそれを聞きつけた令嬢や妻たちから教えを乞われるまでにアンゼリカはなっていた。


「アンゼリカ様みたいには、中々ならないわ」
「とても、難しいわ」


なぜか、難しいらしい。アンゼリカでは、普通のお菓子の方が難しいが、周りではアンゼリカの作るものは難しいらしい。

美味しいお菓子とは程遠いが、食事もままならない忙しい時には、重宝されている。

他にも、編み物や刺繍を習ったが、てんでアンゼリカは向いてなかった。

その代わりにアンゼリカは……。


「この図案で作ったら、とても喜ばれたわ!」
「アンゼリカの考えてくれたで、作ると凄く好評でずっと使ってもらえるのよ」


それどころか。自慢さえされると姉たちは、大喜びしていた。それを聞きつけた若い令嬢たちは、こぞってアンゼリカに図案やらを聞きにきた。


「……」


おかしい。アンゼリカは、なりたかったものと違う方面に才能が開花してしまっていた。

そんな時にアンゼリカも、頑張って他の令嬢たちのようにアピールしていた時もあった。でも、うまくいかなくて、今は専ら裏方をしている。

それで、仲良くなれている令嬢も増えた。まぁ、中には馬鹿にして来るのも未だにいるが、そこは仕方がないと思っている。

どうあっても、美味しいお菓子を作るのはアンゼリカには難しすぎた。

そんなアンゼリカにも最近、婚約した。彼の名前はロディオン・サハロフ。彼は毎日、こんなことを言っていた。


「美味しい、美味しい」
「……」


そんなことを婚約者となったアンゼリカに言っていた。アンゼリカの目の前で食べている手作りのお菓子は、今の婚約者であるアンゼリカが作ったものではない。

どう見ても、アンゼリカの作れるものではなかった。そもそも、この婚約者にアンゼリカは、手作りのものを渡したことは一度もない。婚約する前も、したことがない。彼の好みではないものしかアンゼリカは作れないのだ。

そう、彼がアンゼリカの目の前で食べているのは、ロディオンの元婚約者のエリザヴェータ・アリエフという令嬢が作ったものだ。それをロディオンが、婚約者となったアンゼリカの目の前で平然と食べるのは、これが初めてではない。

アンゼリカと婚約してから、毎回のようにそれをアンゼリカの目の前で食べている。いや、アンゼリカといない時も、毎日食べているらしい。ご丁寧にそんなことを伝えてくれる人がいるせいで、婚約者が何をしているかをアンゼリカは把握せざる終えなかった。

それもこれも、エリザヴェータが毎日ロディオンにお菓子を渡すせいだ。そして、それをやめさせもせず、ロディオンは平然と貰って食べていた。どんだけお菓子が好きなのだろうかとアンゼリカは、婚約者を見ていた。

見た目からして、甘ったるそうなのをロディオンは食べていた。甘いものは嫌いではないアンゼリカだが、甘ったるいのを毎日食べているのを知って、アンゼリカはお菓子を食べる気がなくなり始めている。

そういうのが好みなのだろう。市販のものでは、ここまでのものをアンゼリカは見たことがない。甘い砂糖と塊のようなお菓子を見かけるたび、食べていた。


「あんなの毎日食べてるなんて、信じられないな」
「見てるだけで気分が悪くなる」


子息だけでなくて、令嬢もアンゼリカと同じ気持ちの者が多かった。

でも、そんなに好きなのになぜ、婚約を破棄したのかというとこのお菓子のせいだったりする。あまりにも甘い塊をエリザヴェータが作って渡すため、ロディオンの両親は息子の健康を気にしたようだ。

確かに以前まで、格好良くて有名だったはずだが、エリザヴェータと婚約してから酷くなった。でも、今はアンゼリカと婚約して更に酷くなっていた。食べる量が増したようだ。

だから、婚約破棄することになったはずなのだが、この2人は全く何事もなかったようにこれまでと同じようなことをしていた。そんなことになっていることをこの2人の両親は知らないのだろう。

アンゼリカは、お菓子を食べているだけなのにそれをあれこれ言うのも、どうかと思って放置していたら、ずっと続くことになり、それに呆れ返っていた。

最初に見た時にアンゼリカが何か言っていたら、違ったのかも知れないが、何か言う気にもなれなかったせいで、こんなことになってしまっていた。

これは、アンゼリカも悪いことになるのだろうか……?


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