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クリストフォロスの耳にエウフェシアが話したことが耳に入ったのは、その日のうちだった。

それを耳にしたからといって、クリストフォロスが気に病むことになるとはエウフェシアは思ってはいなかった。それこそ、そういうものだと思っていたからだ。昔から、そうやって婚約者が決められてきたのだから、それで気に病むことになるとは思わなかったのだ。


(あんな試練を受けて、婚約者を決めて来ていたなら、気が変になった人が出てもおかしくない気がするけど、そんな話を聞いたことないのよね。……耳にしないだけで、本当は居たのかしらね)


エウフェシアは話をしてスッキリしたところがあったかというとそんなことにはならなかった。なぜか、重苦しい感覚に苛まれるようになったのだ。


(今日も眠れそうにないわ。全く眠れる気がしない。なんか、重苦しいし、風邪の引き始めかしら? それとも、今日のお茶会がやっと終わった疲れかしら?)


とりあえず、お茶会は今回で終わりそうだ。次は、暇を持て余した令嬢たちに何に誘われることになるやら。そんなことを思うとエウフェシアはげんなりしてならなかった。

マカリオス国にあと半月程で行けることになったが、それまでどう過ごすかでエウフェシアはあれやこれやと考えて、今日を眠らずにやり過ごそうと思い始めていた。

でも、そんなに辛い試練が行われていたとクリストフォロスだけでなくて、マカリオス国でも語り継がれそうな濃すぎる内容となっているとは、エウフェシアは知りもしなかった。

そのせいで、クリストフォロスが突然、エウフェシアのところにやって来たのだ。この日は、会う予定ではなかった。


「クリストフォロス様? どうかされましたか?」
「……」


何とも言えない顔をして、エウフェシアのところに彼はやって来た。そんな顔をしてエウフェシアのところに彼がやって来たことはなかった。


(何かあったのかしら?)


この時のエウフェシアは、なぜクリストフォロスが自分のところにやって来たのかが全くわからなかった。何やら思い詰めている表情をしている彼に首を傾げたくなってしまった。

エウフェシアとしては眠ろうとしても眠ることが中々できなくなっていることもあり、何か他のことで眠らずに済むのなら、それに越したことはなかった。

そのため、雛のことを思い出してからはクマが酷くなり始めているのを化粧で誤魔化していた。エウフェシアの側にいるメイドには、散々寝ていたから眠くないと言っているが、それも難しくなり始めていた。色々と気を遣うことが増えたからだと言ってはいられない。それで、誤魔化せることにも限度があった。

そんな時にお茶会で暴露してしまったのだが、それでクリストフォロスが心を痛めることになるとは思いもしなかった。


「あの」
「試練の内容を聞いた」
「……」


エウフェシアは、彼が悲痛な顔をしている理由が、それに関係していることがわかった。でも、試練とはそういうものではないのかとエウフェシアは、まだ思っていた。


「殿下。お茶を用意します。少し話をしませんか?」
「……聞かせてくれるのか?」
「お嫌でなければ」


エウフェシアの寮の部屋は、クリストフォロスの婚約者と正式に決まってから一段と広くなった。そこにエウフェシアのメイドとクリストフォロスの執事や近衛騎士がいた。


(同じ話をする気にはなれないけど、仕方がないわよね)


そんなことを思っていたのが顔に出ていたようだ。そんなつもりはエウフェシアにはなかったが、いい思い出は鳥以外には何もなかったのだ。

全てを覚えているわけではないが、ループの回数が増すごとにおかしな人たちが増えていき……。いや、はじめからおかしな人しかいなかった気がする。


(登場人物みんなが、あそこまでおかしかったのは、試練だったからなのよね……?)


エウフェシアは、ふとそんなことを考えてしまったが、その答えを模索するより、クリストフォロスの言葉で中断されることになった。


「そんなにループしたのか?」
「? えぇ、数えてませんが、両手の数十倍になるかくらいはループしました」


そういうものだと思っていたからエウフェシアは、ケロッと答えていた。そう、全てはそれが通常の試練の範疇なのだと思っていたからだ。


「……初めて聞いた」
「え?」


エウフェシアは、そんなことを言われて瞬きをしてしまった。一瞬、何を言われたのかがわからなかった。


(初めて聞いた……? 初めてって、何??)


意味がわからなくて、きょとんとしてしまった。だって、そういうものだと思っていたからだ。そうではないのだとしたら……。


(私は、試練を受けていたのよね……?)


エウフェシアは、何とも言えない顔をしていた。


「バシレイオス。ループは、数回のはずではないのか?」
「はい。私も、そう聞いています」
「数回……?」


クリストフォロスは、執事に声をかけて、執事のバシレイオスもそう答えた。次にクリストフォロスが、騎士を見た。騎士たちも、目配せして頷いていた。

エウフェシアは、わけがわからなくなって、頭の中が真っ白になって、何の話をしているのかがわからなくなりかけるほど混乱してしまった。


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